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変化する農村を調査するようになるまで

生活者の目線を意識した地域社会研究 ー前編ー

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観光まちづくり学部 准教授 松本 貴文

2023年3月15日更新

 生活者の目線で、地域社会を研究する。文字にすると簡単なようだが、外部から切り取ったり覗き見たりするのではない、しかも地域づくりにもポジティブな影響を与えていけるような研究のあり方は、常に試行錯誤のなかにある。松本貴文・観光まちづくり学部准教授もまた、そうしたトライを重ねるひとり。地域社会研究に目覚めたきっかけを踏まえながら、「生活者のリアリティ」について語ってもらった。

 できるだけ、そこで暮らしている人たちの現実感覚にそった研究をしていきたい――。そう願いながら、社会学の視点から農村の地域社会を研究しています。

 地域のことについて考える際、大局的な議論はもちろん大変重要なのですが、ときに生活者の目線とずれてしまうこともあります。私は農村における伝統だけでなく、変化にも着目しているのですが、そうした変化にもまた、現場に足を運ばないと見えてこない所があります。農村の地域社会における変化というものは、統計に表れるような高齢化や人口減少だけでなく、町内会・自治会など住民自治組織の役員の選び方から、その会費の徴収の仕方、活動の内容、さらには家族や近隣との関係など、多岐にわたります。

 しかも、現代の地域社会の変化を捉えるためには、空間的な集落の範囲を超えた関係性にも目を向ける必要があります。

 福岡県柳川市における「掘割」の保全を研究していますので、それに関する例を挙げてみましょう。柳川市内は元来、真水を確保するのが大変困難な地域で、水を効率よくいきわたらせ利用する仕組みとして掘割が整備されてきました。掘割はその他にも災害を防いだり地下水を涵養したりするなど、様々な機能を果たしています。しかし、高度経済成長後、その掘割が汚染・荒廃してしまいます。現在は、市民と行政の共同による再生を経て、その保全活動が継続されています。

 興味深いのは、柳川市外まで広がる、多様な主体が参加するネットワーク型の組織の存在です。こうした組織を通して、掘割と矢部川流域や筑後地方一円といった周辺の地域への関心とが結びついていくだけでなく、ネットワークを通して市外の人たちや団体が、地域社会の単位で行っている掘割の保全活動に参加するという場合もみられます。

 こうした例は、至る地域で枚挙にいとまがないと思います。集落のお祭りなどの地域活動に、集落を離れて暮らしているけれども、担い手として手伝いに来る若い世代の人々がいる、という話は珍しくないですし、集落外から通っているという農業後継者の方からお話を聞いたこともあります。ただ、国や地方自治体がおこなう統計調査だけでは、こうした細かな移動や人間関係を捉えることは難しいため、このような地域の変化をすくいとりづらい、という面があります。そこで、私たちは現場に足を運んで、こうした具体的な生活のなかでの変化を、地域の人たちからお話を聞きながら考えていこうとしています。

 なぜこうした視点からの研究を行うようになったかといいますと、まず私の出身地に関係があります。生まれたのは熊本県南部、球磨川流域の農村でした。小学校に入る前に熊本市内に引っ越したのですが、夏休みなどに長期で帰省していたこともあり、生まれた土地はずっと、自分の原風景となって心に刻まれていました。祖母の手伝いで茶摘みや田植え、稲刈りなどもしていました。

 ただ、大学に入ってすぐに農村や地域社会のことを研究しようと思ったわけではありませんでした。そのころは、特に明確な意識をもつでもなく、しばらくは思想・哲学などに興味をもったりしていましたが、次第に現代社会のことについて考えてみたいと思うようになり、社会学を専攻することにしたのでした。

 そこで社会調査の実習授業を履修することになり、天草の農村・漁村調査に参加しました。数日間、同級生たちと一緒に現地に泊まって家々を訪問しながら、アンケート調査をしていきました。これが、本当に面白かったんです。時には、海で釣りなどもしながら……(笑)。社会調査の楽しさというものを知りました。

 その後、卒業論文を執筆するため、熊本県球磨郡にあった須恵村――「平成の大合併」によって2003年、あさぎり町に合併された――を調査することにしました。ジョン・エンブリーとその妻のエラが、1935年から翌年にかけて調査を行なったことで知られる村です。たまたま授業で、エンブリーの『須恵村』が、外国人研究者による戦前の日本農村研究として名高いものだということを知ったのですが、須恵村は私の生まれ故郷からもほど近く、名前も知っている地域でしたから、とても親近感がわき、調査をしてみたいと思いました。そこで、須恵村がエンブリー夫妻の調査後どう変わったのかを、卒論のテーマに決めたんです。

 それでひとりで、あさぎり町の役場を訪ねました。卒業論文を書くために調査をしたいんですが……と切り出すと、応対してくださった職員の方に、「それで、どこに泊まるの?」と聞かれました。学生でお金もあまりなかったので、現地でキャンプでもしながら調査しようと思っていますと答えると、なんと「寒いから、うちに泊まればいいよ」とその職員さんがおっしゃってくださったんですね。

 それで本当に、職員さんのお宅にご厄介になることに。その方のご両親が案内役をしてくださり、村のほうぼうに連れて行っていただいたり、知り合いにつなげていただいたりしました。いまではその職員の方は既にご退職されているですが、それでもご縁はつづいています。こうした関係性が築かれていくということもまた、農村や地域社会について研究する面白さに目覚めていくひとつのきっかけとなりました。

 学部・大学院と指導をしてくださった先生は、学問としての社会学を学ぶだけではなく、しっかり現場を見て考えるようにと指導してくださいました。それで、様々な地域に実際に足を運びながら、調査の経験を積んでいきました。その過程で現実の社会を分析する、そこから地域づくりにつながっていく、そんな意義のある研究ができたらと考えていくようになり、現在に至ります。

 私が研究をつづけてきた期間は、「限界集落」や「地方消滅」といった言葉が注目を集めるようになった時期と重なります。ただ私自身は、こうした言葉だけでは、必ずしも農村の生活のリアリティや地域の抱える課題を表現しきれていないのではないかと考えています。冒頭に触れた「生活者の目線」に立ち戻りつつ、後編でお話ししていきましょう。

地域のリアリティにもう一歩踏み込んでいく後編「農村社会がもつサステイナブルな価値とは」はこちらをタップして進んで下さい

 

 

 

松本 貴文

研究分野

環境、農村

論文

再生可能エネルギーと農村経済の発展戦略 : ドイツ・バイエルン州の現地調査と日本への示唆(2020/10/)

村研アーカイヴス : 調査と方法 エンブリーの須恵村研究の今日的意義(2019/10/)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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