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“今”があふれる新世代ミステリー
大ヒットを生み出した“結城流の仕掛け”とは?

(つながるコトバ VOL.7_前編)

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ミステリー作家 結城 真一郎 さん

2023年1月23日更新

 YouTuber、パパ活、リモート飲み……。令和4(2022)年の“今”を切り取ったような事象をテーマに、繰り返すどんでん返しで読者の度肝を抜くミステリーが大ヒットしている。作者は結城真一郎さん。わずか3か月で12万部(6か月経った現在は13万部)のベストセラーとなった『#真相をお話しします』で、今大注目されている。

 大ヒットの裏には、本を読まない人にも手に取ってもらうためのさまざまな工夫があった。 “ミステリー界の新星”結城さんに、小説制作のバックグラウンドについてお話をうかがった。

 

作品の力と同時に工夫した“読まれる仕掛け”

 結城さんの4作目『#真相をお話しします』(新潮社)は、発売直後から話題騒然、書店でもネットでも売れ続け、メガヒットとなった。

結城真一郎著「#真相をお話しします」(新潮社、2022年) 太田侑子さんの印象的なイラストも作品世界の期待を盛り上げる。単行本では、カバーを取ると違うバージョンのイラスト(写真右)が登場する。

 この本は5つの短編から成っており、それぞれに“ヤリモク”や“パパ活”、“YouTuber”“マッチングアプリ”“リモート飲み”など、令和4(2022)年のこの瞬間の空気感を切り取った事象がテーマになっている。5篇ともどんでん返し、伏線の回収がみごとで、読みながら「こういう着地点だろうな」とオチを予想してもそんな読みは簡単に裏切られてしまう。読者はただ「やられた!」と思うばかりだ。

 作品の力と同時に、読ませてしまうというか、読者が読まざるを得ないとさえいえる吸引力は、数々の技法によっても強化されている。

 たとえば、テーマの選択。

 「自分が書きたいことを書いて、普段、本を読まない人にいかに手に取ってもらうか。その部分をかなり意識しました」

 そう語る結城真一郎さん。

 「とくに若い人たちが日常的に触れているものを扱うことで、『内容はどんなもんか分からないけど、身近なものを扱ってるみたいだしちょっと読んでみようか』と思ってもらえるかなという見込みはありました。だから、ターゲットとしてはマッチングアプリもパパ活もYouTuberも説明しなくても分かる人たちで、もっと広く読んでもらおうと思ったら『YouTuberとは……パパ活というのは……』という説明を入れるべきなんですが、そこはもう割り切って、捨てた。スピード感よく読めるようにしました」

「売れてほしいと思っていろいろ仕掛けを考えましたが、正直、ここまで売れるというのは自分でも想定外」と結城さん。

 確かに、どの短編も最初の1行を読むと否応なく「何が起きるんだ?」という期待感でページをめくらずにはいられない引力がある。

 「いちばん意識したのは、『何も起こっていないシーンを設けない』ことですね。海外の長編ミステリーとかは、冒頭から100ページ経っても舞台となる村や町の情景が描かれ続け、登場人物たちが順番に登場して……というものも少なくない。でも、『#真相をお話しします』では、最初のひと見開きでもう何かが起こっています。次のページも、また次のページも何かしら起こって、読んでいる人が『なんなんだ、これは!』と思うような構成を考えたんです」

 作者の思惑通り、引き込まれた読者はもう引き返せない。読み終わるまで、ページをめくり続けるのだ。

 「最初の一行、ひと見開きでグッとつかまれるような世界を構築できなければ読み進んでもらえない。そう思って、書き出しにはそうとう力を使っています。いかに印象的な始まり方ができるか。その一行どころか一文字に悩んで、1〜2週間筆が止まることはしょっちゅうです。

 そこからどう抜け出るか、ですか? 僕の場合、机にしがみついていても絶対にいい案は出てこないので、そういうときは散歩しますね。2〜3時間ぐらい歩いています。『こんな冒頭どうだろう』『こういうストーリーラインはどうかな』『こういうシーンから始めてみたらいいかも』などとりとめもなく考え続けるんですが、そのうち靴ずれはできるし、足は疲れるし……で、家に帰って出てきたアイディアと向き合って煮詰める感じですね」

 ときには1か月かかっても、最初の一行が浮かばないこともあるという。『#真相をお話しします』に収録されている、どの作品がそんな産みの苦しみを経てきたのかとうかがうと、あっさりと

 「あ、ほとんどそうですね。いきなりスラスラ書き出せたものはありません」

 文体もまた、引っ掛かりや小難しさを感じさせず、ストレスなく読み続けられる平易さがある。これももちろん、計算の上。

 「格調とか文学性とかは一切無視です。文法的におかしいかもと思っても、普段会話で使われているならアリにしています。そうですね、自分の普段の話し言葉に近いかもしれません。つまり、読んでいる人は話の主人公から物語を聞かされているような感じですかね」

 

SNSでの拡散で話題になるための仕組み

 こうした作品の構成とともに、もう一つ結城さんが意識していたことがある。

 「SNSでいかに拡散されるかってことですね。タイトルに#(ハッシュタグ)がついてますよね。書籍のタイトルでハッシュタグをつけるなんて、あまりないと思いますが、これは誰かがTwitterとかで#をつけて『こんな小説を読んだ』と投稿すると、当然のことながら#真相をお話ししますの部分が青くなって、目を引きます。クリックすると、同じハッシュタグをつけた投稿がズラッと一覧で見られて、他の読者の感想も見られるんです。数が多ければ『なんか話題になってるぞ』という意識を喚起することもできる。

 そして考えたのが、読者が140字という制約があるTwitterで感想を書くときにいやおうなしに“パパ活”とか“YouTuber”とか“ヤリモク”とかの、いわばパワーワードが入れば、まだ読んでない人が『なんだろう、この小説は』と感じて本を手に取る……という連鎖が起きる、ということでした」

「読み始めから『なんだろう、何かが起こりそう』という空気感をプンプンにおわせて、各ページ『何かおかしい』『なんなんだこれは』と思ってもらえるような構成を考えました」

 本作に収録されている短編は、月刊誌に掲載されたもの。将来的に1冊にまとめるつもりで、「旬のテーマを選ぶ」という統一性をもたせた。これらの狙いが1つずつパーンとハマり、見事に大ヒットに結びついたのである。

 「といっても、作者ができる仕掛けはこの程度です。出版社のプロモーションや仕掛けがあったおかげで、広く世の中に認知されました」

 新潮社も「この小説はハネる」と見込んで、さまざまなプロモーションを仕掛けた。担当編集である新潮社の村上龍人さんは、結城さんの新潮ミステリー大賞の応募作を読み「この人を担当させてください」と手を挙げた人である。

 その理由を村上さんは、

 「読んでみて、この人は伸びると確信しました。1つには若いこと(当時結城さんは27歳)。そして、文章に変なエグみがなかったことですね」

 と語る。

 社では、プロモーションを担当している営業部とタッグを組んで、日本推理作家協会賞を受賞した『#拡散希望』を全文無料公開したり、人気の書評コーナーがあるテレビ番組で紹介してもらうよう働きかけたり、発行の半年前から数々の販促活動を展開したという。

もちろん、営業部は「これは人気が出る」と確信しなければ動かない。この本を人々に読んでほしい、と思わせる力が作品にあったのだ。

その結果は見ての通り。発行から半年たった今も、Twitter上で『#真相をお話しします』のハッシュタグが賑わっている。

 作品は文句なしにおもしろい。さらに作品中での「現代性」とともに、SNSでの拡散など、現代ならではの仕掛けを加えたことで、ここまでの大ヒットとなった(とはいえ、ここまでハネるとは結城さん本人も出版社も思っていなかったそうだが)。

 しかし、ただ「現代性」のテーマをチョイスしただけではここまでのヒットにはならない。実際、現代ならではの事象をテーマにしたミステリーはいくつもあるからだ。その事象をどういう角度でとらえ、登場人物たちをどうからめて何を語らせるか、それがキモになるといえる。

 後編では、現代ならではの事象について、それが結城さんの作品テーマになるか、ならないかを一問一答で答えていただいた。結城さんが世の中のどんな部分に触発され着想するかということと、結城流の仕上げ方についてお話をうかがう。

 

 

結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)

1991年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。2018年『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞、同作で2019年デビュー。2作目『プロジェクト・インソムニア』を経て、2021年に『#拡散希望』で日本推理作家協会賞短編部門受賞、同年3作目の長編『救国ゲーム』を上梓し本格ミステリ大賞候補作となる。2022年6月に出版された『#拡散希望』を収めた短編集『#真相をお話しします』が発売数か月で13万部の大ヒットとなる。まさにミステリー界の新星。

結城真一郎 Twitterアカウント @ShinichiroYuki

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

 

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