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福祉×デザインは世の中を変える

(つながるコトバ VOL.5_前編)

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一般社団法人シブヤフォント 共同代表 磯村 歩 さん

2022年11月14日更新

磯村歩さん。一般社団法人シブヤフォントのオフィスで。

 福祉✕デザインの分野で、注目を浴びているシブヤフォントプロジェクトのプロデューサー、磯村歩さん。もともとは大手メーカーのプロダクトデザイナーで、ユニバーサルデザインを担当して大きく人生が変わる——。

 磯村さんのお話をうかがうと、障がい者アートは世界をも変える可能性があると気付かされる。

 なぜ磯村さんはデザインと福祉の世界を結びつけることになったのか。障がい者アートにどんな力があるのか。コトバに様々な彩りを添えるフォントを作ることで何が起きるのか。2回にわたりお話をうかがった。

 

目の見えない人が「写ルンです」を使う理由

 「それまで、障がいのある人の不便さを解消するデザインが、ユニバーサルデザインだと思ってました。しかし逆に、福祉の現場で使われているものは一般化できると感じたことがあって、それが福祉✕デザインの世界に入っていくきっかけだったかもしれません」

 磯村さんは一般社団法人シブヤフォントの共同代表であり、また、障がい者アートを軸に障がい者支援を手掛ける株式会社フクフクプラスの共同代表でもある。シブヤフォントとは、障がいのある人が描いた文字をフォント化、あるいは絵をパターン化した渋谷区発のプロジェクトである。フォントやパターンはデータアーカイブされ、そのデータを企業の製品に使ってもらい使用料を売上として、経費以外を障がい者支援事業所に還元する仕組みとなっている。スタートした2016年から現在まで着実に広がり、フォントを採用する企業の増加に加えて、2019年度にはグッドデザイン賞を受賞した。

 

 プロジェクトのプロデューサーである磯村さんが、福祉✕デザインの世界に入っていったのは、富士フイルムに在籍していた十数年前にさかのぼる。

 

 「会社では、あらゆる領域のプロダクトデザインを手掛けていました。カメラ、ビデオ、医療用機器、印刷機器……。テーマパークの企画みたいなこともやりました。そして後半、ユニバーサルデザインや製品のユーザビリティについて統括するマネージャーになりました」

 自社製品の使いやすさを調査しているとき、「写ルンです」(レンズ付きフィルム)を視覚障がいのある人たちが使っているという話を聞いた。

 「見えないのにどうして写真を? と思ったんですが、理由を聞いて驚きました。フィルム巻取りは指でギザギザの部分を回すと『ギーギー』と音がして巻き取ったことが分かる。パンフォーカスなので、押せば近景から遠景までピントが合った写真が撮れる。フラッシュを使いたいときは小さな突起が本体から飛び出て、フラッシュ準備OKになったことがすぐ分かる……など、確かに視覚障がいがあっても使いやすいんです。彼らは、旅行から戻った後、家族に旅先での話をするためのコミュニケーションツールとして『写ルンです』を使っていたんです。これまで気がつかなかった可能性を教えてもらった思いでした。

 この経験が、福祉✕デザインという、その先のキャリアにつながっていったんです」

 これがきっかけとなり、磯村さんは障がい者支援の市民団体でボランティアをするようになった。こんな経験もした。ガラス窓の向こうで聴覚障がいのある人たちが手話で語り合っているのを見て「音が聞こえない場所だったら、手話は誰にとっても最適なコミュニケーションになるのでは」と、「写ルンです」のときに感じた衝撃をまた受けた。福祉の現場で使われているものは、視点を変えるとあらゆる人に使い勝手がいいものになるのではないか? 

 この頃、磯村さんは福祉先進国デンマークを旅行し、現地で得た見識を基に『感じるプレゼン』(UDジャパン)という本を著している。これは、障がいがある人にプレゼンテーションの内容を的確に伝えるにはどうすればよいかという内容で構成されている。

 よくある、パワーポイント頼みでただ立ってしゃべるだけのプレゼンテーションが、いかに障がいのある人に不親切か。ではどこをどうしていけば目が見えない人、耳が聞こえない人にも伝わるプレゼンテーションになるのか? たとえば書体はゴシック系、しゃべりながら顔は聴衆を見る、文字の強弱に合わせて声のトーンも変える、伝えたい思いをジェスチャーや声の大きさで表現する……などの手法が紹介されている。よく読めば、これらは一般のプレゼンでも、分かりやすく伝えるために必要な要素である。

 

 こうした経験を重ねて、ふと振り返ると会社でのキャリアは20年を迎えつつあった。

 

 「キャリア人生って定年までだいたい40年ですよね。その半分を過ごしてきて、大きな会社でいろんなことを一通りやらせてもらった。あとの20年はチャレンジしてもいいかなという気持ちでした」

 チャレンジ、その内容はやはり福祉✕デザインである。この分野の可能性を突き詰めてみたい。そう考えた磯村さんは、留学のため再度デンマークに赴いた。

 

退職後、福祉先進国デンマークに留学

 「デンマークには、“国民学校”と訳されるフォルケホイスコーレという学校があります。多くは大学あるいは社会に出る手前で入学しますが、世界中からも多世代の人たちが集まります。それぞれ異なるテーマで運営されていて、ほとんどが寄宿制で、学校内の人間は一緒に食事、寝泊まり、そして対話をするんです。私が行った当時は70校ぐらいあったでしょうか。私は2つのフォルケホイスコーレに行きました。

 1校目は障がい者と健常者がともに暮らす学校。160人中約60人が障がい者でした。デンマークには障がい者に対してパーソナルアシスタント制度というものがあります。障がい者は自立した生活を営むためにヘルパーを雇って生活していきます。18歳前後の障がい者が同級生をヘルパーとして雇って、就業管理や自分がどう暮らしたいかを考えるために、自分と、ヘルパーになる同級生とともに訓練するんです。

 ヘルパーの学生には給料が支払われます。将来ソーシャルセクターを目指している学生には訓練にもなるしお金ももらえる。そんな学校でした」

 そのほかに磯村さんが在籍したのは、国際紛争を解決するためのダイアログ(対話)を行う多国籍な学生が集う学校、また0歳から90歳までの多世代が160人ほど共生する、エコビレッジだった。いずれもが、新たな視点を与えてくれた。

フォルケホイスコーレ在学中の磯村さん(赤い服)。講師の自宅にて、同級生と談笑。

 「帰国してから起業しました。それが現在の株式会社フクフクプラス(注:当時の商号グラディエから変更)です。福祉関連の事業をいくつか手掛け、そのなかの世田谷区内の福祉施設との連携で、施設が作ったお菓子を詰め合わせてギフトボックスにして販売するという事業を中心にしていくことにしたときに、渋谷区の方からあるプロジェクトに関わってほしいと声がかかったんです」

起業当初の磯村さん。

 それがシブヤフォントにつながる「渋谷みやげ開発プロジェクト」だった。平成28(2016)年、渋谷区の長谷部区長の発案で始まったこのプロジェクトは、障がい者福祉課が手を挙げ、専門学校桑沢デザイン研究所(渋谷区にある。以下、桑沢と表記)と福祉施設で新たな渋谷みやげを開発することになった。その商品開発から販売に至るまでのコーディネーターとして、磯村さんに白羽の矢が立ったのだ。

 「桑沢で講師をしていたし、福祉関係の仕事をしているということで渋谷区内の福祉施設の方が区に僕を紹介してくれたんです。区としては、産官学福(祉)という4つの連動で新しいものを作りたいという思いがあったので、どうやってその4者をつないでいくか、コーディネートの部分を担当することになりました」

 磯村さんが、受け持っていた桑沢の学生9人にプロジェクトの説明をしたところ、さまざまなものづくりのアイディアが出た。しかし、モノを作って販売するとリスクもある。売上の予測が立てにくく、在庫管理の手間もある。また、福祉施設では、イベントなどでの急な増産には対応できない可能性もある。

 

シブヤフォントの誕生

 そんな中、学生の一人から、「障がいのある人の文字がおもしろい。これをフォントにするのはどうか」というアイディアが生まれた。

 「フォントならばデジタルデータをアーカイブすれば良い。福祉施設も、新しい商品を作るとなるとかなりの工程が増えて忙しくなってしまうけど、フォントの元となる文字を書くのだったら手間ではない。製品化はフォントを使用する企業が行えばよく、使用料を売上とすれば良い。これは渋谷みやげに最適かもと思いました。

 文字だけではなく絵も魅力的なものが多かったので、学生がデザイン化してパターンとしてこちらもデータ化すればよいのでは? という意見も出ました。最終的には、選考会で紙漉きや裂き織りなどいくつか出たアイディアの中からフォントが選ばれて、正式にシブヤフォントがスタートすることになったのです」

 シブヤフォント事業としては平成29(2017)年から始まり、現在までに400以上のフォントとパターンがアーカイブされている。

https://www.shibuyafont.jp/free_downloard.html

 

 当初は渋谷区役所職員の名刺にフォントが使われたり、区役所内のサインボードに使用されたりと区での使用から始まった。その後、2019年には、渋谷ヒカリエでポップアップショップを2週間展開し、1日10万円以上を売り上げ、多くのメディアで取材もされた。

渋谷区役所の新庁舎内にある、シブヤフォントの文字やパターンを使用したサインボード(左)。 渋谷区役所1Fのフリースペースに展示されたシブヤフォントのパターン(右)。

 渋谷のランドマークである渋谷スクランブルスクエアでの常設販売も開始された。加えて地道な販促活動によって、いままで渋谷区内の企業を始め、大手中小50社以上がシブヤフォントの文字やパターンを使って製品を製造販売するようになった。コロナ禍前の令和元(2019)年にはシブヤフォントを採用した商品の売上が2,000万円超えとなり、シブヤフォントに関わっている障がい者支援事業所8か所に278万円を還元した。

シブヤフォントのオフィスにはギャラリーがあり、ユニークで鮮やかな色や形が印象的なシブヤフォント、パターンを用いた製品を見ることができる。一部販売もしている。

 もちろん、プロデューサーとしての磯村さんの手腕あってのことだが、そもそも障がい者アートに魅力がなければここまで広がっていかないだろう。その魅力、障がい者アートが持つ力とはどんなものなのだろうか。それがなぜ、社会を変える可能性を持っているのか、続きは後編で。

シブヤフォント

株式会社フクフクプラス

 

 

磯村歩(いそむら・あゆむ)

1966年愛知県生まれ。富士フイルム㈱でプロダクトデザイン、ユニバーサルデザインなどデザイン全般に関わったのち、2009年退社。デンマークのフォルケホイスコーレ(エグモントホイスコーレンとクロゴップホイスコーレン)に留学。帰国後、㈱フクフクプラス設立。障がい者アートを用いた対話型アート鑑賞やアートレンタルを企業や団体に向けて開催。2021年に一般社団法人シブヤフォント共同代表を兼任。ソーシャルプロダクツアワード2021大賞、IAUD国際デザイン賞金賞、内閣府オープンイノベーション大賞ほか、数々の受賞歴がある。

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

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シブヤフォントが実際どのようにして作られているか、なぜ障がいのある人の描く文字や絵が人の心を動かすのか

 

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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