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シブヤフォントをきっかけに ダイバーシティ&インクルージョンの世界をつくりたい

(つながるコトバ VOL.5_後編)

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一般社団法人シブヤフォント 共同代表 磯村 歩 さん

2022年11月14日更新

 障がいのある人が描いた文字や絵をデータ化し、企業や個人に使ってもらい世の中に広めていくシブヤフォントプロジェクト。そのプロデューサーとして事業を牽引している磯村歩さんの活動についてうかがうと、福祉✕デザインという分野は社会のあり方を変える可能性を持っていると感じる。

 その可能性の根源はどこにあるのか? 後編では、シブヤフォントが実際どのようにして作られているか、なぜ障がいのある人の描く文字や絵が人の心を動かすのかについて磯村さんにうかがった。

 

なぜ、人は障がい者アートの前で本音を語るのか

 シブヤフォントの認知度が上がり、世の中に広まっている理由の1つに、フォントそのものの魅力がある。そこにはどんな魅力があるのだろうか。

 磯村さんによると、「見方によってはバランスがとれていなかったり、歪んでいたり色の選び方が独特でも、そこになにか人を引きつける味やあたたかみがある。不思議な魅力がある」ことで、人が対話する糸口になるという。

 磯村さんは、株式会社フクフクプラスで障がい者アートを軸にした“対話型アート鑑賞”を行っている。対話型アート鑑賞とは、解説やタイトル、作者などが記されていないアートを見ながら、グループで決められたテーマで自由に感想を述べ合うというもの。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された鑑賞スタイルで、全体の進行を、ファシリテーターが仕切りながら進めていく。

「対話型アート鑑賞」でファシリテーションする磯村さん。

 ここで誰もが見たことがある名画が鑑賞対象になると、アートを知る参加者が「これは青の時代のピカソが描いた何年の作品で……」と語り始めたりする。すると、ほかの参加者は自由な感想を言いづらくなってしまう。それが障がい者アートであれば、作者の匿名性があり、線の歪みやビビッドな色使いが自由さを感じさせ、また描かれているテーマも動物や食べ物など身近なものが多く、誰もが素直な感想を言いやすい。

 フクフクプラスでは、企業研修に対話型アート鑑賞を取り入れている。名画だと参加者は「なにか知的なことを言わなければ」という雰囲気になりがちだが、障がい者アートを使うと、いつも会議では上司の顔色を見てから発言する若手が素直でストレートな感想を出しやすくなるのだという。

「障がい者アートを用いた対話型アート鑑賞は、上下関係などから解き放たれて、本質的な対話が成り立つんです」

 企業の会議では若手は「上司がどう思っているか」を忖度して発言することが多く、意外性のある意見はなかなか出てこない。上司も「いまここで自分に求められているのはマネージャーとしての高い視点での意見だから、えーと」という立場を配慮した発言をしがち。ところが障がい者アートを使うと自由な意見が飛び交い、上司も日頃発言しない若手の意見を聞いて刺激を受けたりして、チームビルディングには有効だというのだ。

 つまり、障がい者アートには人の心を開放するような力があるといえるだろう。

 それは、昨今世の中に求められている「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様な人それぞれの違いを認め、それぞれの能力を発揮できるようにすること)において、ものすごく重要な要素だと磯村さんは言う。

 「障がい者アートが評価されるということは、絵を通して、その障がいのある人の可能性が見いだされ、社会とつながっていくことなのだと思います。これは、障がい者に限らず、生きにくさ、働きにくさを抱えているすべての人々――たとえば育児や介護などで忙しくしている人が、その環境を『個性』ととらえ、制約がある中でも個性を活かせる場所を探し、できることを見つけ実現し、社会につながっていくプロセスと共通していると思います。そのプロセスはまさに、ダイバーシティ&インクルージョンそのものだと思うんです」

世界を目指すシブヤフォント

 シブヤフォントに話を戻そう。

 「文字」であるシブヤフォントも、障がい者アートと同じように、人の心を響かせる要素を持っている。それはフォントがどうやって作られるかに関係している。

 シブヤフォントプロジェクトに参加している障がい者支援事業所は現在11施設。その施設利用者(障がい者)と専門学校桑沢デザイン研究所の学生が共同して、フォントやパターンになりそうなアートワークを制作し、それをデザイン化してデータとしてアーカイブしていく。ただ、じつはフォントは、紙やペンなどの筆記用具で書かれたものばかりではない。

 「たとえば、障がいのある人がぐるぐる模様を描くのが好きだったとします。描き終わったタイミングで『今度このペンで書いてみましょう』と手渡したペンのペン先には、カッターで切り込みを入れてあって、その人の力加減で描くと、ぐるぐるが筆で書いたようなちょうどいい感じになる。描き終わったときにすかさず新しい紙をすっと手元に入れ替えると、また次の絵が描かれていく。

 あるいは、なにかを並べるのが好きな人がいる。『〇〇さん、石を並べてみましょうか』と話しかけて、石で並べて文字にしてもらう。また、針金や粘土、ロープを渡して文字を作ってもらったり、利用者さんと刺繍をしている施設では刺繍をモチーフにフォントを作ったり……。そんな風にしてフォントができていくんです。このフォント(3D rock font)は、障がいのある人が見た、立体化した文字なんです。立体なんだけど平面になっている、これは僕には描けない文字です」

 

 

「3D rock font」AKAZUKI

 

 フォントづくり自体がアート活動的なのだ。もちろん、これは障がいのある人だけではなく、一緒にフォントづくりをしている桑沢の学生あってこそ、なし得ること。とはいえ、最初からこのような連携が取れたわけではない。

 

桑沢の学生が、障がい者支援事業所の支援員と創作方針について対話している様子。

 「学生には担当施設を決めて、施設に訪問しながら制作を進めていきます。ただ最初は学生たちもなにをしていいか分からないわけです。授業で学生たちは、一人でデザイン制作を進めるわけですが、人と一緒になにかを作るという経験をほとんどしていないので。そこをつないでいるのが、シブヤフォントのアートディレクター、ライラ・カセムです。ライラは『まず(障がいのある人と)お友だちになりましょう。寄り添いましょう』と学生たちに伝え、関わり方を教えました」

シブヤフォントのアートディレクターであるライラ・カセムさん(左)は、グラフィックデザイナーとしても活動しながら、シブヤフォントプロジェクトで障がい者と学生が協働する仕組みづくりにも尽力している。

 

 学生たちはここで、「協働創造」というクリエイターにとって必須のスキルも身につけるわけだ。こうして作られたフォントは、現在約400種類にのぼる。

 

広く、狭く深く、そして世界平和へ!?

 これからシブヤフォントは、どんな方向を目指すのだろう。磯村さんにうかがってみると、

「広く拡大することと、狭く深く入り込むこと、両方を目指しています」

 という。“広く”の方はどういうことかと言うと、シブヤフォントの全国拡大だ。

 渋谷区の事業として始まったプロジェクトではあるが、未来永劫シブヤフォントがあり続けるために一般社団法人シブヤフォントを立ち上げた。続けるためには、ちゃんと自分たちの給料を稼がなくてはならない。そのために始めたチャレンジが「ご当地フォントモデル事業」。公益財団法人日本財団からの助成を受けて、いままでシブヤフォントで培ってきたスキームを、ライセンス契約するなどして全国に広げていくのだ。

 「以前から『うちの地域でもやりたい』という声をとても多くいただいていたので、ならば第2、第3のシブヤフォントを全国で展開してみようかと思ったのです。各地で○○フォントができて全国展開するとなって、その発祥がシブヤフォントとなれば、いま関わっている人たちに誇りと自信も生まれるはずです。シブヤフォントは全国区のブランドになっていくでしょう。すでに大分県、富山県、滋賀県、広島県、江戸川区の5か所で展開しており、今もなお問い合わせは途絶えません。そして、このムーブメントを渋谷発、日本発、いずれ世界中に広げていきたいと思っています」

 

 “狭く”の方は、もっとよりいっそう、地域に入っていくということ。障がい者アートだけではなく、それを描いた障がいのある人と地域と福祉施設がもっと地域に溶け込んでつながっていくことだ。

 「シブヤフォントに関わっている障がい者支援事業所や障がいのある人が、シブヤフォントを触媒にして地域に知られていく仕組みを作りたいんです。そのためにいま、シブヤフォントのパターンを使った対話型アート鑑賞を渋谷で行うという試みをしていて、ファシリテーター養成もしているんです。ファシリテーターが『この絵を描いたのは、○○施設の○○○さんですよ』と解説して、鑑賞者が『へえー』と、施設や障がい者を身近に思う。

 もっと言えば、描いた人そのものを知ってもらう。そうしたら、その人が街のどこかのお店で訝しげな目で見られてしまうようなことをしていても『あ、あの施設の人だよ、あの絵を描いた人だよ』という風に、地域住民の理解が進み、地域の中で空気のように溶け込んでいくような、そういう社会を作りたいと思っています。

 そのためには、シブヤフォントに参加している障がい者支援事業所での販売会とか、イベントとかを渋谷区内で進めていきたいです。そのときに販売や運営などを行い、来場者とシブヤフォントと福祉施設、そして障がい者をつなげるような役割をする学生ボランティアももっと増やしていきたいと思っています。学生は福祉施設とつながり、福祉の現状を知ることもできるし、イベント運営にも関わることができます。いま、慶応義塾大学や早稲田大学、青山学院大学の学生がスタッフで入ってくれていますが、もし興味がある学生さんがいたら参加してもらいたいですね。

 

 さらには、ダイバーシティ&インクルージョンの理念の具現化。人はみんな、オールマイティではないけど、それぞれの得意分野、そのリソースを持ち寄れば新しい価値が生まれます。シブヤフォント自体が、学生も、障がいのある人も、それぞれ足りてない部分もあるけどそれぞれの力を合わせて生まれたものです。障がいのある人だけではなく、働きにくさ、生きにくさを抱えている人みんなの恩恵になるような事業に育てることで、ダイバーシティ&インクルージョンの理念に還流していける。それがなににつながるか? 世界平和ですよ!」

 

 ちょっと広げすぎかな? と笑いながら磯村さんは言う。でも、その目は真剣だった。渋谷という東京の一部から生まれた試みは、いつか世界に広がる日が来るに違いない。

 

シブヤフォント

株式会社フクフクプラス

 

 

磯村歩(いそむら・あゆむ)

1966年愛知県生まれ。富士フイルム㈱でプロダクトデザイン、ユニバーサルデザインなどデザイン全般に関わったのち、2009年退社。デンマークのフォルケホイスコーレ(エグモントホイスコーレンとクロゴップホイスコーレン)に留学。帰国後、㈱フクフクプラス設立。障がい者アートを用いた対話型アート鑑賞やアートレンタルを企業や団体に向けて開催。2021年に一般社団法人シブヤフォント共同代表を兼任。ソーシャルプロダクツアワード2021大賞、IAUD国際デザイン賞金賞、内閣府オープンイノベーション大賞ほか、数々の受賞歴がある。

 

 

取材・文:有川美紀子 撮影:庄司直人 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

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なぜ磯村さんはデザインと福祉の世界を結びつけることになったのか。障がい者アートにどんな力があるのか。コトバに様々な彩りを添えるフォントを作ることで何が起きるのか。

 

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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