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先生が働き過ぎて疲弊し切っていたら、子供たちの教育はどうなる(前編)

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経済学部 助教 辻 和洋

2022年10月3日更新

 小・中学校の教員不足が深刻化している。文部科学省が今年1月に行った実態調査によると、令和3年度の始業日時点での教師不足の人数は2086人で不足率は0.35%だった。組織開発が専門で、横浜市教育委員会と教職員の働き方について共同研究を進めてきた経済学部経営学科の辻和洋助教は「平成25年ころから受験者数が年々減っており、令和3年度の小学校採用倍率が過去最低の2.6倍になるなど、教師を目指す若者が減少している。その要因の一つとして、教師の過酷な労働実態があるのでは」と話す。予算や制度、組織マネジメントの課題と子供たちへの教育に対する教師の使命感の強さが相まって、先生の働き方のアップデートができないでいる小・中学校の実態が浮き彫りになっている。

 

―― 立教大学経営学部の中原淳教授らと共同で、『データから考える教師の働き方入門』(毎日新聞出版)を出版した

 この本は、横浜市との共同研究で平成29年に実施した「教員の『働き方』や『意識』に関する質問紙調査」のデータなどをもとに、教師の働き方の実態と、その解決策を考察した。学校現場の実態を知るために、小学校で、朝の出勤から退勤まで先生の1日を見学させて頂いた。まず驚いたのが、先生たちの朝の始動時間の早さだ。民間企業では午前9時~10時の出社が多いが、学校の先生は午前7時~8時に登校するので、午前4時、5時に起きるのも珍しくないと聞く。退勤時間は、午後7時、8時という状況になっている先生が多いので、そう考えると、12時間労働という計算になり、すでに長時間労働になってしまっている。横浜市の小中学校の先生を対象に行った調査では、直近の3日間平均の在校時間が12時間以上だった先生は42%だった。

図1 出典 横浜市教育委員会・東京大学中原淳研究室 平成30年「教員の「働き方」や「意識」に関する質問紙調査」の結果から

 

―― 長時間労働になってしまう原因は何か

 「小中学校の先生たちの仕事は何ですか?」と尋ねると、多くの人から「生徒たちに授業をすること」という回答が返ってくるが、実はそれは先生の業務のごく一部に過ぎない。先生たちは学校の通学路の点検や地域行事のあいさつ回り、夏祭りの見回りなどの業務まで担っている。中学校の場合は、部活動にまで幅が広がる。諸外国には、ここまで広い業務範囲を先生に負わせている国は見当たらない。日本の先生たちは、教材研究など自分のために使う時間はほとんどなく、ランチもゆっくり食べられない。放課後までの授業時間帯で言えば、児童の安全管理が求められる小学校の先生はかなり深刻だ。児童から目を離せないので、トイレに行く時間すらなく、膀胱炎や腎機能の障害に伴う病気になる先生も少なからずいるという。日本では、地域住民や保護者の先生に対する期待が大きいという現状がある。「通学路で学生がたむろしている」「ハチの巣が落ちているから除去してほしい」など、様々な困りごとをとりあえず学校に電話するようなケースもあると聞く。その結果、先生たちは授業準備や教材研究の時間が十分に取れなくなり、児童たちの学びの質が落ちていくという状況に陥っている。

 

図2 出典 横浜市教員委員会・東京大学中原淳研究室 平成30年「教員の『働き方』や『意識』に関する質問紙調査」の結果から

―― 働き方改革について、民間企業との考え方の違いは

 教育界でも働き方改革を進めようとしている。産業界ではコストを強く意識するが、教育界ではコスト意識がほとんどない。民間企業には所定の労働時間があり、それを超える時間は残業であり、残業代が上乗せされる。経営側は、残業が増えると、コスト増の要因になることを認識している。管理職は、部下たちの残業時間を把握し、残業が多いと人件費が上昇するという意識を持つことが求められる。これに対し、学校ではこうした意識が乏しく働き放題になっている。背景には、「給特法(公立学校の教員を対象に、労働基準法とは異なる時間外勤務に関する特殊ルールを定めた法律)」の存在が原因であると指摘されている。もう一つは、先生たちの使命感だ。未来の子供の将来を担っているという職業倫理があり、自分の心身の健康のために、効率的に働こうという意識が働きにくい。使命感が強いほど、惜しみなく子供たちに手をかけたいという気持ちが強くなる。教育にかける時間が長いほど、質も高まっていくという比例関係が成り立つと思い、犠牲心が働きやすい。

図3 出典 横浜市教員委員会・東京大学中原淳研究室 平成30年「教員の『働き方』や『意識』に関する質問紙調査」の結果から

―― 教員の働き方改革はなぜ、喫緊の課題なのか

 長時間労働によって、先生たちの心身の健康が失われれば、子供たちに良い教育ができなくなる恐れもある。先生たちが使命感をもって、一生懸命教育に取り組むことは大切なことだが、それは持続可能な範囲でなければならない。長時間労働で先生が体を壊したり、メンタルを壊したりしたら、子供たちに良い影響を与えることはできない。無尽蔵に働いて、疲れている先生たちに教わった子供たちが、「大人になったらこういう働き方をしなければいけないのか」「長時間働くことが美徳なのか」と働き方自体の価値観に与える影響も、少なからずあると思っている。人生100年時代となり、仕事だけに没頭することは持続可能なのかを問う必要がある。人員を増やし、先生の負担を軽減させていくことはもちろんだが、先生たちも中長期的な視点に立って働き方に関する考え方や意識を変えることによって、長時間労働を当たり前とする価値観の継承を断ち切らなくてはならない。

 

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家庭、地域、学校が同じ船に乗り、対話を

 

 

 

辻 和洋

研究分野

人的資源開発、組織開発、ジャーナリズム

論文

組織開発の歴史的変遷と研究動向(2024/03/30)

新聞社の調査報道成立過程におけるジャーナリストの資源動員に関する研究ー組織内プロフェッションとしての役割に着目してー(2022//)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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