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家庭、地域、学校が同じ船に乗り、対話を(後編)

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経済学部 助教 辻 和洋

2022年10月3日更新

 小中学校の先生の働き方を改善する方法として、行事の精選などにより業務を削減する「カット」、定時退勤日を設けるなど勤務時間の上限を設ける「キャップ」、先生同士で教材や情報を共有することなどによって実現する「効率化」がある。組織開発が専門で、横浜市教育委員会と教職員の働き方について共同研究を進めてきた経済学部経営学科の辻和洋助教は「この3つの方法に加え、対話によって職場の雰囲気を変える漢方的な方法を合わせて行うと効果的だ。チームマネジメントの考え方を用いて、学校の教職員をひとつのチームとして捉え、メンバーの思いを語り合うことによって、職場の全体最適を図り、健全な職場環境をつくっていくことができる」と話す。

 

―― 教師の働き方改革を進める方法は

 「カット」とは、行事の精選など業務自体をやめることで、これはやればやるほど効果が高まる。合唱コンクールや合宿など、今の学校行事は膨らみがちになっている。先生たちはそれぞれ思いを込めている行事が違っていて、良い学びになっていると感じている先生もいれば、そう感じていない先生もいる。すり合わせるのは難しいが、前例踏襲のまま続けるのではなく、議論の俎上に載せて、教職員みんなで対話してみることが大事だ。「キャップ」は時間を制限すること。例えば、会議は事前に終了時間を決めてから行うと、だらだらと続くことを防げる。ただ、時間に制限をかけることは比較的効果が高いが、業務量を全く変えずに時間を制限してしまうと、教師にストレスがかかる。定時退勤日を決めても、業務量が減らないのであれば、結局は仕事の持ち帰りが多くなる。時間を制限するなら、業務も精選しなければならない。「カット」と「キャップ」の組み合わせを考えながら改善していくことが大事だ。

図4 出典 データから考える教師の働き方入門(辻和洋・町支大祐 編著 中原淳 監修 毎日新聞出版社 2019)

―― その他にはどのような方法があるのか

 3つの目の方法である「効率化」は、「カット」や「キャップ」と比べると取り組みやすい。学校の先生は、それぞれのクラスを持っていて、どうしても一国一城主としての働き方になり、教材や情報を共有しないケースが多い。子供たちの学びの質が落ちないと思えるところは、先生同士での情報共有を積極的に行いながら、効率化を進めていくことが大事だ。また、細かい部分になるが、机の上を整理整頓することやデジタル化を進めることなど、作業しやすい仕掛けを作っていくと、生産性が上がる。例えばこれまで10分かかった作業が9分になる。細かい作業の効率化による1分短縮の積み重ねが、意外と大きな時間になる。この3つの方法のほかに、漢方薬による体質改善のように、職場の雰囲気を変えていくことも重要だ。まずは、教職員が働き方について職場で対話してみると良い。民間企業がプロジェクトに取り組む際のチームマネジメントの考え方と同じだ。多くの組織では、成果に対して振り返る機会を持つが、チームの状態がどうなのかを話す機会はほとんどない。教職員の職場の状態がどうなっているのか、若手の先生だけに業務が偏っていないか、ベテランの先生だけが意見を述べてはいないか、校長先生のトップダウンだけで物事が決まっていないかなど、メンバーの問題意識や意思決定のプロセスについて忌憚のない意見を交換する。客観的なデータを用いながら話すと対話が深まる。職場の状態に意識を向けていくことで、結束力の強い職場のチームを作り上げることができる。

図5 出典 データから考える教師の働き方入門(辻和洋・町支大祐 編著 中原淳 監修 毎日新聞出版社 2019)

 例えば、他の先生に頼み事をしやすくなったり、子育て世代の先生たちは自分の子供のお迎えなどのために早く帰りやすくなったりすることもある。この対話の取り組みを行った小学校の先生の一人が「学校での働く意識が変わって時間が生まれ、土日のどちらかは美味しいものを食べに行けるようになった」と話していたのが印象的だった。文部科学省や教育委員会による予算措置や制度改正は重要だが、大事なのは先生たちの働き方は先生たちが決めていくこと。現場の先生たちが腹落ちして、同じ方向を向いて進まないと、働き方改革は形がい化するものだ。

 

―― 教師の意識を変えるほかに、何が必要か

 子供の教育は、学校だけではできない。家庭、地域、学校が同じ船に乗り、子供を支えていくという意識を共有しなければならない。保護者は生活を安定させるために、働くことに懸命になっている状況は理解できる。しかし、子供の教育に関心を向けず、学校に全て任せてしまっては、先生たちの働き方は改善せず、結果として子供たちへ良い教育が提供できなくなることにつながる。先生も忙しいし、保護者も忙しい。その中で、お互いがどう歩み寄れるのか。対話の場を持つことがその第一歩となる。互いの状況を理解し、家庭、地域、学校が三位一体となって取り組むべきもとのという意識を持ってベストな状態を作り上げていくことが大事だ。互いの立場や主張だけがぶつかり合うことがないように、客観的なデータを見ながら、子供たちの教育にとっての最適解を一緒に導き出していくような場にすると良い。

 

―― 学校の先生になろうと考えている大学生にメッセージを

 子供たちに対する教育に、やりがいを持っている先生は多い。子どもたちの成長の瞬間に立ち会えることができ、教師冥利に尽きる。ただ、今、教師は、やりがいの追求に価値を置き過ぎて、自分の健康や私生活が疎かになっている。働き方を見直すべき転換点にある中で、これから教師になる世代は、ひとつの組織における仕事に従事するだけではなく、地域活動、ボランティア、プライベートなどのワークライフバランスにも意識を向けて、新しい時代の教師像を作り上げていって欲しい。決して、これまでの教師の働き方を否定するのではなく、アップデートするということだ。自分の生活を犠牲にし、高度成長期の日本の教育を支えてこられたベテランの先生たちに対するリスペクトを忘れずに、世代を超えて、互いの意見に耳を傾け、一緒に新しい働き方を模索し、教育界を盛り上げる主役になってもらいたい。

 

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先生が働き過ぎて疲弊し切っていたら、子供たちの教育はどうなる

 

 

 

辻 和洋

研究分野

人的資源開発、組織開発、ジャーナリズム

論文

組織開発の歴史的変遷と研究動向(2024/03/30)

新聞社の調査報道成立過程におけるジャーナリストの資源動員に関する研究ー組織内プロフェッションとしての役割に着目してー(2022//)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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