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メジャーリーグから学ぶ指導者の資質【前編】

院友・産経新聞社サンケイスポーツ営業局長 田代学さんに聞く

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産経新聞社サンケイスポーツ営業局長 田代学さん(平3卒・99期法)

2022年9月15日更新

 優れた指導者の条件とは何か。スポーツの世界では優れた指導者によって選手やチームに変革が起き、強豪となるケースも多い。國學院大學の院友で、サンケイスポーツ営業局長の田代学さん(平3卒・99期法)は、平成13(2001)年から13年間、米大リーグの担当記者キャップとして歴代の名監督を取材してきた。日本の記者では初めて全米野球記者協会(BBWAA)の理事も務めた田代さんに日米の指導者の役割の違いやビジネスの場でも共通する指導者像について聞いた。

 

「大リーグの取材をしたい」憧れのスポーツ記者へ

――スポーツ紙の記者を目指したきっかけは何だったのでしょうか。

 子どもの時から大リーグなど米国のスポーツが好きでした。初めて留学したのは大学4年生の時。アルバイトで貯めたお金で、1年間休学して米ピッツバーグの大学に語学留学しました。ピッツバーグは野球やアメフト、バスケットボールなどスポーツが盛んな都市で、スポーツ観戦に夢中になりました。

 いつか記者になって大リーグの取材をしたいという夢はずっと持ち続けていました。幸運にもサンケイスポーツから内定をもらい、平成3(1991)年に入社しました。当時は野茂英雄・元投手が大リーグに行く前だったのに、面接ではMLB特集のアイデアばかり話していました。よく採用されたと思います。

――入社後はどんなキャリアを積みましたか。

 新聞記者の振り出しは、地方支局に配属されることが一般的です。私は埼玉県の浦和支局に半年ほど在籍し、その後、東京本社でプロ野球担当になりました。最初の担当はヤクルトで、「ID野球」で知られる故野村克也監督がチームを率いていた時でした。

 初めてヤクルト担当になった平成4(1992)年にヤクルトがリーグ優勝、平成5(1993)年には日本一になりました。連日サンスポの紙面の2、3ページをヤクルトで作っていました。新人だったのでなかなかうまく書けませんでしたが、めったにない経験ができて本当に恵まれていたと思います。

 

30歳で再び留学 きっかけは他社のスクープ

――記者として脂がのった30歳の時に休職し、再び米国に留学します。何があったのですか。

 英語力不足を痛感した出来事がきっかけです。当時、私はヤクルトから巨人に移籍したジャック・ハウエル選手と家族ぐるみの付き合いをして親しくしていました。ところがある日「ハウエル選手が巨人を退団する」という特ダネを他社に抜かれてしまったんです。実は以前から、ハウエル選手は私に退団を決意する出来事についてそれとなく話し、ヒントを教えてくれようとしていました。しかし私の英語力では微妙なニュアンスが理解できなかったのです。ショックでした。

 これが2度目の留学を決めた理由です。1年半休職して妻と米国のオハイオ大学に自費留学しました。今振り返ると、この決断が人生にとって非常に大きなターニングポイントでした。

――オハイオ大学では何を専攻したのでしょうか。その後の仕事にどう役立っていますか。

 ジャーナリズムを専攻する予定でしたが、入学時に教員から「あなたはジャーナリストだからジャーナリズムを学ぶよりも、記者の仕事に役立つコミュニケーションを勉強したらいい」と助言されました。そこで「インターパーソナルコミュニケーション(対人コミュニケーションの心理学)」を専攻したので、大リーグで取材する時にとても役立ちました。

 米国で生活したことで、差別的な扱いをされた時や反論する時などにはっきり主張できるようになりました。日本だとなあなあで進むことも、米国ではイエスとノーを明確に示さないと変わりません。

 

大リーグの監督が求められるマネジメント力

――平成12(2000)年のシドニー五輪取材を経て、平成13(2001)年に大リーグ担当記者として渡米します。以来、名だたる指導者を取材していますが、日米で大きく違う点は何でしょうか。

監督にはマネジメント力が求められる。写真はヤンキースのトーリ監督(当時)を取材する田代さん

 一番驚いたのが、監督が選手の目線に立つことです。今は変わってきていますが、当時の日本の球界では、選手は監督に質問できない雰囲気でした。メジャーでは監督室のドアが開いていれば入っていいというサインです。選手は最近自分が起用されない理由や、前日の試合で監督が出したサインの理由など采配に関することも含めて何でも聞いてもいいのです。

 野球の監督は英語で「managerマネジャー」ですが、その名の通りマネジメント力が求められます。国籍や文化など多様なバックグラウンドがある選手たちで構成されるチームなので、命令を出すだけではやっていけません。大リーグの監督は個々の選手に合わせて説明の方法や指導、指示といったアプローチを変えながら、チームをまとめていく技術を持っていて、これが日本の監督と大きく異なる点だと思っています。

 

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後編では日米の監督のキャリアの違いや女性の登用について聞いた

 

 

 

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