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観光地域づくり法人(DMO)の最前線で地域を動かす【前編】

地域の観光発展には、まず自分が汗をかく

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一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社 井上正幸さん(平3年卒・99期文)

2022年9月5日更新

 一般社団法人秩父地域おもてなし観光公社(以下 公社)で、事務局長として公社運営を切り盛りし、1市4町や民間企業などの関係者をつなぐキーパーソン・井上正幸さん(平3年卒・99期文)は行政職員だ。観光を活用した地域創生分野の第一人者で、全国で講演する井上さんは「利害関係者に協力してもらうには、この指とまれ方式は通用しない。自分が足を動かして、汗をかくことで、初めて信頼してもらえる」と話す。公社は、ちちぶ定住自立圏を形成する、埼玉県秩父市、横瀬町、長瀞町、皆野町、小鹿野町の1市4町の観光情報の発信や地域のPRを手掛けており、第一期の観光地域づくり法人(DMO)にも認定された。行政職にありながら、民間企業も交えた連携事業を推進する井上さんに、観光からのアプローチで地元と共に歩む現況や今後について話を聞いた。

 

――観光の仕事に就いたのはいつ?

 秩父市役所に入庁して最初の仕事は滞納者徴収係だった。税金を支払ってもらうように滞納者を訪問して回る仕事を5年間続けた後、観光課へ異動になった。大学生の時は、市役所に観光の仕事があることすら知らず、公務員になってからも観光に携わりたいと思ったこともないなのに、なぜか当時の人事課長から「あなたが希望した部署になったから」と声をかけられたことがはじまり。今となっては観光がライフワークのようになっているので、人事課長や周りの人たちが、観光の仕事に向いていると評価してくれたのだと思っている。

 

――観光課で印象に残っている仕事

 毎年12月2日、3日に行われる「秩父夜祭」をはじめとするさまざまな祭りの仕事を担当したことだ。「秩父夜祭」は、秩父神社の例大祭として、江戸時代中期頃から続いており、京都の「祇園祭」、岐阜の「高山祭」と並んで日本三大曳山祭に数えられ、毎年大勢の観光客でにぎわう。地元には、秩父夜祭のために1年間過ごしている人がたくさんいる。私自身は秩父神社の周囲にある屋台町で育ち、祭りに携わっているのは知り合いばかり。子供の頃は祭りが大好きというわけではなかったが、大人になって、秩父夜祭のスケールの大きさがわかり、地元を誇らしく思うようになっていった。

 

観光分野を軸に1市4町が連携

――秩父地域おもてなし観光公社を立ち上げた経緯

 全国の地方自治体で「平成の大合併」が行われていた時、秩父地域の1市4町も合併に動いたが、うまくいかなかった。1市4町の皆さんの思いが一つであっても、「総論賛成・各論反対」になったからだ。その頃、総務省が「定住自立圏構想」を打ち出した。中心市の都市機能と近隣市町村の農林水産業や自然環境、歴史、文化など、それぞれの魅力を活用して、NPOや企業といった民間の担い手を含め、相互に役割分担し、連携・協力することによって、地方圏への人口定住の促進を目指す政策だ。平成21年度から、秩父圏域の1市4町も、定住自立圏構想に取り組んでいて、市役所の職員として私が担当者の一人だった。「合併はしないけど、やりやすい部分で一緒に取り組む」ことができるのが特徴で、協定によって「ちちぶ定住自立圏」を形成し、医療や産業振興、公共交通などで共通となる事業を展開している。ある時、首長たちから「観光でも一緒にできないか」と相談を受け、「秩父地域おもてなし観光公社」のアイデアを進言した。

 

――観光公社の仕事の難しさ

 どれだけ市や町の皆さんと苦労を共有できるか、汗をかくかということが大事だ。コンサルタントのような知識を持っている人は山ほどいるけど、足を使って動いて、プロジェクトとして形にできる人は少ない。観光は地方政治と関係が深い。首長や地方議員の間を上手く立ち回われるような嗅覚と土地勘を持った行政職員のスキルが欠かせない。広域の観光プロジェクトでは、それぞれの団体が「頭」を取りたがる。だから、観光に携わる関係団体の人たちは「行政の人は言うだけで、動いてくれない」「少しだけ携わって、役所で出世したいだけだ」などと疑いの目で見られがちだ。信頼してもらうには時間はかかる。あるプロジェクトで、最初の会議で出席者から「行政が仕切るつもりか」と怒鳴られたことがあったけど、3年後には「井上さんの言った通りだった。やって良かった」と言ってもらえた。

 

――公務員の仕事との違いに戸惑いはなかった

 平成13年に「道の駅」の立ち上げを任されたことが貴重な経験となった。当時は30歳を過ぎたころで、経営のことは何も知らない。決済をするとき、釣銭をいくら用意していいのかもわからず、近所のパチンコ店を回って、小銭をかき集めたこともある。その時に分かったのは、チャレンジすれば、できないことはないということだ。役所で前例踏襲主義に従っていたら、楽だったかもしれないが、成長する機会を失っていたかもしれない。自らが一歩踏み出せば、自分自身の可能性は大きく広がる。失敗を恐れず、また、失敗しても、前に進むということを、愚直に繰り返すことが大事だ。

 

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地元を愛し、走り続けた10年・・・挑戦は続く

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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