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ウクライナ侵攻、歴史的背景や国際社会への影響は(後編)

法学部の宮内教授、佐藤准教授が特別講義

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法学部教授 宮内 靖彦 ・ 法学部准教授 佐藤 俊輔 

2022年5月23日更新

 ロシアによるウクライナ侵攻について学生に深く考えてもらおうと、國學院大學法学会は4月18日、特別企画「ウクライナ情勢を考える」を開いた。法学部の宮内靖彦教授(国際法)と、佐藤俊輔准教授(国際政治)が、ロシアによるウクライナ侵攻に至った経緯と背景、国際社会と国際法への影響などを専門分野から論じた。詳報の後編は、国際法上から見たウクライナ侵攻について宮内教授の解説を紹介する。(この記事は講義が開かれた4月18日時点の情勢です)

 

【国際法上の論点】

武力不行使原則と国連体制への常任理事国による挑戦の危険性

 宮内教授は今回のウクライナ侵攻に対する国際法の論点を、安全保障の国際法と国際人道法の2つの枠組みに分けて考える必要があると説明する。

 

論点1 国際人道法    

 国際人道法上の論点としては、国際刑事裁判所(ICC)(注1)の対象犯罪のうち、戦争犯罪、ジェノサイド、人道に対する犯罪が問題となっている。ウクライナは、既にICCの管轄権を受け入れているので、40ヶ国以上の提訴を受けて、捜査が開始されている。

 

国際刑事裁判所におけるウクライナ侵攻をめぐる、3月7日の審理。ロシアは出廷を拒否した。(UN Photo/Frank van Beek)

 

論点2 武力行使の合法性

 安全保障上の論点としては、(1)武力行使の合法性と(2)集団安全保障の問題がある。ロシアは今回のウクライナ侵攻を国連憲章51条(注2)の「自衛権」に基づくと主張し、根拠としてNATOの東方拡大、ドンバス地域でのウクライナによるジェノサイドなどをあげるが、いずれも説得力はなく、国際紛争解決のための武力行使そのものであり、武力不行使原則(国連憲章2条4項)のあからさまな違反である。

 

論点3 国連の集団安保の状況

 国連の集団安全保障体制も危機に曝されている。2月に国連安全保障理事会はロシア非難決議案を審議したが、ロシアが拒否権を行使したので、3月に国連総会は緊急特別会合を開き、ロシア非難決議を採択した。ロシアの「特別軍事作戦」の宣言を最も強い言葉で遺憾とし、停戦と撤兵を要求し、ドネツクとルハンスクの国家承認もウクライナの領土保全の侵害に当たると非難した。加盟国もロシアに経済制裁をかけている。

 

国連総会は3月2日に緊急特別会合において、ロシア軍の完全撤退などを要求する非難決議を採択した(UN Photo/Loey Felipe)

 

論点4 ウクライナの安全保障

 戦後はウクライナの安全保障が問題となるであろうが、「永世中立」は安全保障方式として一考の余地がある。ただし、その際、ドンバス地域を含むウクライナの領土保全が条件でなくてはならない。

 

 宮内教授は、総会と加盟国による集団安保体制を補完する努力がなされているが、今回の事態によって、国連の集団安全保障体制の有効性に2つのレベルの問題が生じているという。1つ目は常任理事国が正面から武力不行使原則に違反した初の事例である点、2つ目は常任理事国が自国の国益のために拒否権を行使して安保理が機能麻痺した点である。拒否権を廃止すれば済む問題ではなく、また、国連なくして、どのように武力不行使原則を遵守させるかが問われかねないと指摘する。

 

◆◆◆◆◆

「国際法が戦争の抑止力持つためには」学生から質問

 講義の後半には質疑応答も行われ、多くの質問が上がった。一部を紹介する。

 

――ウクライナで民間人が戦闘に参加し、捕虜になった場合は国際法上で捕虜と認められるか。また、ロシアがウクライナ人を強制的に移動させたとの報道もあるが、それは合法と認められるのか。違法だった場合は国際社会からどんな制裁を受けることが考えられるのか。

 

宮内 文民が戦闘員と認められるには、組織だった行動かどうかや、上官がいるか等の4つの条件を満たしたり、群民蜂起の場合は戦闘員(捕虜)として認められる。2つ目の質問については、まず文民を狙ってはいけないのが大前提だし、占領軍は占領下の文民の生活を確保する責任がある。それにもかかわらず連行された場合は違法となる可能性がある。ウクライナが賠償請求したり、裁判に訴えたりすることなどが可能だ。

 

――仏大統領選でルペン候補がロシア寄りの発言を繰り返した。欧州の安全保障に影響は出るのか。

 

佐藤 影響が出ることは確かだ。ルペン氏はEUやNATOに対しても批判を続けた。欧州の結束の在り方も変えるだろう。

※仏大統領選挙は4月24日に決選投票が行われ、現職のマクロン大統領がルペン候補をやぶり、再選を果たしている。

 

――最近見たテレビドラマで主人公が言った「殺人事件そのものを止める法律はなく、罰する法律はある」という言葉が印象に残った。今回のウクライナ侵攻でも、武力侵攻を抑止する法律はないということが証明されたと感じている。国際法が抑止力を持つためにはどう改善したらいいのか。

 

宮内 武力行使を論じる時に必ず出る質問だ。国際社会は各国が権力を分有している分権社会である。他国にまで自国の権力を及ぼそうとする時に戦争が起こる。各国の権力闘争を抑えるためには何が必要かとなると、例えば「世界連邦」など強大な権力が必要になるという主張もあるが、実際には難しい。これが国際社会だ。

 抑止できないことを嘆くよりも、いかに抑えるか、その手段を考えることが必要だと思う。各国が自国の思惑で動くのは国民の幸福のためだが、国益の実現もさることながら、自分のこととして国際社会全体をどのように運営するのかという視点から考える必要がある。

 

 

注1)国際刑事裁判所(International Criminal Court)

国際法違反の犯罪である「集団殺害犯罪」「人道に対する犯罪」「戦争犯罪」「侵略犯罪」を犯した個人を国際法に基づき訴追・処罰するための国際機関。所在地はオランダのハーグ。

 

注2)国連憲章第51条

国連加盟国への武力による攻撃が発生した場合、安全保障理事会が必要な措置を取るまでの間、個別的または集団的自衛権の行使を認める条項。

 

 

 

 

宮内 靖彦

研究分野

国際法、国際組織法、安全保障

論文

伝統的国際法における在外自国民保護のための武力行使の機能(2019/07/30)

武力不行使原則の分権的執行に関する一考察(2015/03/10)

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