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アジアに学ぶ歴史的環境保全とまちづくり【後編】

地域や社会の中での歴史・文化の位置づけを考える

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観光まちづくり学部 准教授 藤岡 麻理子

2022年4月15日更新

 人口増加と経済発展が続く東南アジア諸国では、近代的な都市開発が行われる一方、長い歴史を育む町並みものこっています。歴史的環境を損ねない都市発展、変化とともにある保全。そのカギになるのは何なのでしょうか。

 共同研究者とともにアジアの複数の地域を対象に研究を行ってきた観光まちづくり学部の藤岡麻理子准教授(専門:文化遺産学、歴史的環境保全)は、「地域で合意し、実践していくプロセスや経験は個別性の高いものですが、保全はまちづくり全般において重要なことで、異なる国や地域の間で学び合えるはず」と話します。

【前編】社会経済発展と変わりゆく文化・変わらない文化

ベトナム・ハノイの旧市街(藤岡准教授提供)

―― 都市の発展と歴史的環境の保全はどう両立するのか

 ベトナムの首都・ハノイの旧市街は、1000年以上にわたって続く職人のまちで、通りごとの同業種の集積が特徴です。古い建物が建ち並ぶまちで文化遺産や都市計画のルールはあるものの必ずしも守られてはいません。建物の改変が進み、内部構造や外観はどんどん変わっています。しかし、同業者が集積する地区の特徴は残っていて、それが地区と通りのアイデンティティになっています。

 商業のまちとして確立されたアイデンティティが広く知られていることは、地域の持続性につながっています。商業者にとって、そこで商売をすることがステータスになり、店を出したいと惹きつけられる人たちがうまれているのです。そうすると店舗の入れ替わりは多くても賑わいは衰えません。

 他方、タイの場合、歴史地区は文化遺産の制度でも都市計画の制度でも保全の対象になっていません。そうした中で、歴史的環境の保全を重視して地域活性化の活動が進められたり、旧市街保全が環境保全の一環として取り組まれていたりしています。バンコクにある古くからの歴史的な商業地区では、保全を進めるにあたり、何世代にもわたるコミュニティをまもることを特に重視していました。

 「古い建物を残し町並みを維持する」「古くからのコミュニティをまもる」「産業の伝統を維持する」。そのまちが大切にしたいプライオリティの置き方は、都市や地域ごとに異なり時代の中でも変わっていきます。その地域にとって、核になるものを見つけ出し、地域で合意し、実践していくプロセスや経験は個別性の高いものではありますが、保全はもちろんまちづくり全般において重要なことで、異なる国や地域の間で学び合えるはずです。

―― 都市の歴史的環境の保全という考え方は実は古いと聞く

 文化遺産保護は、個別の記念物や建造物を指定して保存していくところから始まりました。1970年代、日本や欧州諸国では歴史地区や歴史的環境といった広がりのある空間を対象とする面的保全へ拡大します。1990年代以降になると、景観や社会的営みといった固定的形態を有さないものも保全すべき対象として国際的な規範文書に書き込まれるようになりました。

 今日では、人間の営みとともにあり、本質的に変化するものである景観や都市などの文化遺産を「生きている」文化遺産と捉える考え方も広まっています。そうした中では暮らしながら守る、あるいは、変化しながら保全していくという動態的な保全が今日的課題のひとつになっています。

―― まちづくりや観光と歴史文化遺産の関係は
 アジアの中でも韓国や台湾を例に挙げると、建築物を文化財指定するとその周辺は文化財の建物を守るために重要なエリアと位置付けられて、都市計画の法律に基づき建築行為や建築物の高さなどに制限がかかります。

 文化財行政と都市計画行政が連動していて、文化財指定が都市計画に影響を及ぼすことが国の制度として成立しているのです。もちろん実践は簡単ではなく、多くの歴史的な建物が取り壊されているのも事実です。それでも、市の都市部局の職員も文化財部局の職員も「文化財の法律は都市計画法の上位法だ」とも話していました。

 それを聞いて思うのは、文化や歴史が都市や社会にとってどのような位置づけにあるのかという認識がしっかりしていないと全体的な制度体系は揺らぐし、その時々の流行やわかりやすい効果に左右されやすいということです。日本は文化国家と言われることはありますが、今なお文化の位置づけがとても弱いと感じざるを得ない状況がままみられます。

 歴史的建造物に限らず、戦後の日本はスクラップ・アンド・ビルドで都市づくりが進んでいましたが、昨今はストックを重視する方向に変わりつつあります。そんな社会全体の意識の変化が歴史文化の保全にもよい形で影響してほしいと思います。歴史的、文化的なものはその地域の基層をなすもので、必ずしも非日常ではなく、日常としてそこにあるものです。そうした蓄積を大切にすることは、「観光まちづくり」でも不可欠です。

 

 

 

藤岡 麻理子

研究分野

文化遺産学、歴史的環境保全

論文

1954年ハーグ条約の定める軍隊の組織, 規則, 命令等に関する規定の履行状況 : 「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」の履行状況とその課題 その2(2008/07/30)

1954年ハーグ条約に基づく履行状況報告書とその内容 : 「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」の履行状況とその課題 その1(2008/04/30)

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