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学芸員は心を救うエッセンシャルワーカー

奈良から世界へ。文化の未来を問う(前編)

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奈良国立博物館 館長 井上洋一さん(昭60修・93期博後史ほか)

2022年1月20日更新

 國學院大學の卒業生で、令和3(2021)年4月に奈良国立博物館館長に就任した井上洋一さん(昭60修・93期博後史ほか)。新型コロナウイルスの感染拡大への対応の中で、人類の記憶が凝縮された文化遺産を守り、それを後世へと伝えるという博物館の責務を強く感じている。「私たち博物館で働く者は、文化の力で人の心を救うエッセンシャルワーカーである」と話す井上さんが、コロナ禍での戦いやコロナ後の社会について語った。

【後編】文化財を守るには教育しかない

――奈良国立博物館(奈良博)館長就任の初年度を振り返って

 コロナ禍での就任となり、着任早々、特別展「聖徳太子と法隆寺」を開催するかどうかの判断に迫られた。これは、東京国立博物館(東博)と奈良博の共同の企画であり、東博の副館長として、企画に携わった思い入れの強い展覧会だった。多方面の関係者に相談し、さまざまな状況を勘案しながら、悩む日々が続いた。

 その時、1年前の出来事を思い出していた。特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」を開催することができなかったつらい経験だ。この展覧会は、法隆寺(奈良県斑鳩町)の第129世住職・聖徳宗第6代管長で、令和2年10月に亡くなった大野玄妙さんの大英断によって、23年ぶりに、東博での百済観音(国宝)の公開が許されたのだが、コロナでそれは幻の展覧会となってしまった。「聖徳太子と法隆寺」は大野管長の願いを叶える再チャレンジの展覧会であり、再び幻にはしたくなかった。悩んだ末に開催することができ、皆さんからは「開催してくれてよかった」という声がたくさん寄せられた。

――館長就任後、印象に残った経験は

 奈良の秋の風物詩であり、およそ1300年も伝統を守り伝えられてきた正倉院宝物を展示する「正倉院展」の準備に立ち会えたことだ。奈良博の館長になると、正倉院宝庫の中に入れてもらえる。年に1度、天皇の勅使が臨席し、宝庫の扉を開ける儀式「開封の儀」に立ち会った。帝室博物館(東京、京都、奈良国立博物館の前身)総長を務めた森鷗外も、正倉院の勅封に立ち会っていて、その時のことを歌に詠んでいる。

勅封(ちよくふう)の笋(たかんな)の皮切りほどく鋏(はさみ)の音の寒きあかつき

 笋(たかんな)は筍のことで、今まさに天皇の署名入りの封が切られ、正倉院の扉が開けられる情景を詠んだものだが、自分もその場に立ち会い、その歌を思い出した。作品を点検するときには、これまでガラス越しにしか見ることができなかった正倉院宝物をじっくりと見ることができ、感動を覚えた。

――コロナ後の社会にとって、博物館、文化財、文化の持つ役割とは

 コロナは、人と人との接触を奪った。大学の新入生にとっては、入学はしたけれども、新しい良き仲間と知りあうことも触れ合うこともできない。新社会人にとっても、テレワークを強いられ、飲み会もなくなってしまった。本当に大切な人との最期の別れもできないような状況だ。入院している友人を見舞うことすらできない。

 私たちはこうした経験をしたことで、隣人の存在、家族の存在、大切な人の存在というものを強く意識するようになり、人と人との絆の大切さを思い知ったと思う。自分自身を見つめ、他者を見つめ、他者を認めることの大切さを多くの人が認識した。他者を思う心は本当に大切で、その心を大きく育てていくことが、コロナ後の博物館に課せられた大きな役割の一つだ。

――そのためには、どのような博物館であるべきなのか

 博物館は市民に開かれた施設でなければいけない。研究員たちとは、「誰のための展覧会なのか」「誰のために解説を書くのか」「誰のための博物館なのか」を常に意識し、一緒に考えるようにしている。最近、博物館の世界でも社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)という言葉が使われるが、市民一人ひとりを分け隔てなく、誰も取り残さないことを心がけている。

 博物館は単なる金食い虫ではない。政府は数年前から、博物館を観光資源の一つとして捉え、さまざまな政策を打ち出している。その考えは決して間違いではない。ルーブル美術館を見るために、パリに行く人は多い。それは多くの経済効果を生み出すが、それにとどまらず、ルーブルの作品を見ることによって、来館者が心豊かになる。それが重要だ。同じように、奈良博を見るために、奈良に行きたいと思ってもらえるような施設を目指したい。


いのうえ・よういち 國學院大學文学部卒業後、同大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得。昭和60(1985)年、東京国立博物館(東博)に入り、九州国立博物館学芸部長、東博学芸企画部長、東博副館長などを歴任。令和3年4月、奈良国立博物館長に就任。日本考古学が専門で、日本の青銅器文化の研究などを行っている。日本ユネスコ国内委員会委員、ICOM日本委員会理事として、文化財保護や博物館活動に参画している。本学大学院兼任講師。神奈川県相模原市出身。

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