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ブーム再来へ浪曲の面白さ伝えたい

浪曲・若手曲師の「先輩に聴く」

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曲師 沢村美舟さん(平27修・123期博前文、平25卒・121期日文)

2021年12月21日更新

 三味線の音色に乗せ、特徴的な声と節(ふし)で物語を語る浪曲。浪花節とも呼ばれ、落語、講談とともに日本三大話芸の一つに数えられる。沢村美舟さん(平27修・123期博前文、平25卒・121期日文)は、浪曲師と呼吸を合わせて三味線を弾き、合いの手を入れる浪曲には不可欠な曲師(きょくし)の若手注目株だ。國學院大學で民俗学を学んだ後に飛び込んだ厳しくも楽しいプロの世界とは。

――大学在学中から伝統芸能に興味を持っていたようですね

 高校生のときに民俗学者で本学教授でもあった折口信夫先生の『日本藝能史六講』を読んで共感し、大学入学後は日本の古典文学を学ぶ傍らで歌舞伎や文楽などの伝統芸能をよく観に行っていました。でも演じる側として舞台に立とうという気は、まったくなかったですね。

 大学院に進み、伝承文学コースを専攻して、フィールドワークや研究に没頭しました。この頃には文楽の太棹三味線の響きにも魅了され、「同じ楽器なのに弾く人によってこうも音が違うものか」と思うようになりました。そこで色んな三味線を聞きたくなり、浪曲の寄席である東京・浅草の木馬亭に出かけ、曲師の大御所、沢村豊子師匠と衝撃的な出会いをしました。師匠の三味線にしかない音の良さに圧倒されたのですが、師匠の音を聞くと、とにかく「体が喜ぶ」としか表現できません。

 そんなこともあり日本浪曲協会が主催する三味線教室を経て師匠に弟子入りを願い出て、何とか受け入れてもらうことができました。弟子ですから師匠の公演にずっとついて回り、公演が終われば家にお送りするという毎日です。豊子師匠と四六時中行動をともにするなかで、浪曲の面白さを改めて知り、平成28年には初舞台を踏むことができました。

 

――浪曲師との掛け合いのなかで演奏する難しさや面白さは

 「一人一節」の言葉が示すように浪曲の節まわしは、同じ演目でも浪曲師によって異なり、さらに、その日の客席の雰囲気などに応じて節や啖呵(たんか)を自在に変えます。これに上手に掛け合いをすることが難しい点でもあり、面白いところでもあります。「ああ、今日はこう来るのか」「今度はこう来たか…」ということの繰り返しです。

 浪曲師の背中を押すとでも言ったらいいのでしょうか、次に高い声が出やすいように三味線の音と掛け声で盛り上げていくのですが、重要なことは、浪曲師がどういう方向にもって行こうとしているかを瞬時にくみ取り、浪曲師が描きたい世界観を協力して作り上げることなのです。これが感動を生み出す浪曲の奥深さでもあります。息の合った舞台ができなくては浪曲師から曲師に指名してもらうことができません。だから日頃から研鑽の気持ちを忘れないように過ごしています。

 浪曲は伝統芸能というよりは大衆芸能であり、言葉使いも内容も平易で実に俗っぽいところが面白さの一つです。このことで大衆の根強い支持を得てきました。浪曲師は昭和初期の最盛期には約3000人もいたのです。こうした浪曲の面白さを多くの人に知ってもらい、再びブームを巻き起こすことができればと願っています。

 

――先行き不透明感に包まれるなか、どう活路を見いだして行けばいいのでしょうか

 私の座右の銘は「行雲流水(こううんりゅうすい)」です。行く雲や流れる水のように自然の成り行きに任せて行動するという意味です。今、学生の皆さんが大変な状況にあることは容易に想像がつきます。先行きが見通せない時代だからこそ、自分が掲げた目標に縛られることなく、目の前で起こる事象に真剣に向き合うのも一つの考え方だと思います。直面することに真剣に向き合い、努力を重ねれば新たな可能性が開かれると信じています。


さわむら・みふね 國學院大學文学部日本文学科卒業、同大大学院文学研究科博士前期課程修了。日本浪曲協会主催の三味線教室で学んだのち、沢村豊子師匠に師事、平成28年に東京・浅草「木馬亭」で初舞台。現在は木馬亭をはじめ全国で浪曲公演の舞台に立つ。

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