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「映える」聖地の「見えない」場所

メディアとの対峙で起こる宗教秩序の再編

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神道文化学部 助教 大道 晴香

2021年11月5日更新

 インスタグラムなどのSNSで「映える」スポットの一つに、宗教的な聖地がある。青森県むつ市の霊場恐山を撮影した写真がインターネット上にあふれているのは、その好例だ(令和3年10月現在、恐山での撮影は事前申請が必要となっている)。しかし、よく見ると、恐山にも、カメラというメディアの目を拒んでいる「見えない場所」がある。聖地における撮影禁止区域の設定や信仰対象を撮影することへの忌避感は、取り立てて論じる必要はない当たり前の事柄と見る向きもあるが、神道文化学部の大道晴香助教(専門:宗教学)は「『見えない場所』は、カメラやインターネットというメディアと『聖なるもの』との間で生じたコンフリクト(葛藤)の結果であり、新しい宗教的秩序の創造、もしくは再編が起こっている」と話す。

【後編】「ネット参拝」と「遥拝」新メディアが宗教世界との関わりを変える

―― 「宗教とメディア」を研究対象に選んだ動機は

 メディアを通じて、宗教的なものがどのように描かれるかに関心があった。メディアによって作られるイメージは、必ずしも物事の実態を忠実に映し出しているわけではない。例えば、恐山は仏教や民間信仰に基づく聖地だが、マスメディアで取り上げられるときには、インパクトの強い風景が切り取られ、「パワースポット」「心霊スポット」といった新しい意味が与えられる。メディアが作り出したイメージは、現実とはずれているが、そのイメージを抱いた人が現地に介入することで新たな現実を生み出し、世界を作っていくあり様は非常に興味深い。

―― 恐山はフォトスポットとしても有名だ

 「インスタ映え」のような、人々の目を引く写真を撮るにあたって、非日常性を感じさせる聖地は、格好の被写体だといえる。そういう意味では、自然が作り出した絶景が、地獄や極楽、死後の世界を表している様相の恐山は、「映える」写真を撮るには最適な土地である。

青森県むつ市にある霊場恐山

 しかし、興味深いことに、ネット上に視覚情報が氾濫する状態の恐山にも「見えない場所」が存在している。カメラの撮影が禁止されている宿坊および本尊を安置する本堂と地蔵殿、賽の河原の八角円堂(地蔵堂)である。メディアのまなざしを拒む力が発生する要因には、文化財保護やプライバシー保護等の観点に立つ合理性に依拠した理由と、信仰対象への崇敬の念、信者への配慮という宗教性に基づく理由が考えられる。

 とりわけ、地蔵菩薩を安置する八角円堂は、撮影禁止の文言は掲げられていないが、写真撮影がしづらい場所になっている。その理由は、故人の遺品を納める場所になっているからで、生前に故人が身に付けていた衣服や持ち物が、死者のリアリティと遺族の想いを実感させている。撮影に躊躇を覚える人は多いと思われ、内部を写した写真がネット上に皆無というわけではないが、それほど多くない。

 つまり、参詣者や寺院サイドが強く聖性を感じ「重要」とみなしている場所は「見えない」状態になっている。ここには、「聖なるものを撮影してはならない」という、聖なるものとカメラとの出会いによって生じた新たな宗教性が現われている。

 ネット上の「見えない」場所から浮かび上がってくるのは、近代メディアの登場によって生じた、聖地における宗教的秩序の再編という状況である。

―― 「見えない」ことが生み出す聖性とは

三輪山

 

 奈良盆地にある三輪山は、形の整った円錐形の山で、古来、大物主大神が鎮まる神の山として信仰され、禁足の山として入山が厳しく制限されてきた。現在では、所定のコースで登拝が許されているものの(新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、一時入山が禁止された)、それでも、入山の目的は「お参り」に限定されていて、カメラでの撮影は禁止されている。

 このため、三輪山の山内を写した画像はほとんど流通していない。だからこそ、そこには実際に訪れる価値が生じ、その場所で得られた経験は特別のものとなるのだ。同時に、ネットを通じて「見えない」という状況は、人々の想像力を刺激することで、聖地の神秘性や宗教的な価値を“創造的に”増幅させていく。三輪山が「不思議体験」の得られる「最強のパワースポット」として語られているのは、メディアを介して「見えない」ことが大きく作用しているといえよう。

 一方で、パワースポットにはマスメディアに取り上げられ、可視化されたことで、聖性を帯びるようになった場所も多い。テレビ番組をきっかけに急に聖地となった明治神宮御苑の清正井(きよまさのいど)などは、その最たる例だろう。そう考えると、メディアを介して「見える」と「見えない」の両面に、宗教性を創出する可能性が秘められているといえよう。

大道 晴香

論文

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