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デジタルプラットフォームと消費者問題
利便性の裏にひそむ消費者トラブルとは?

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法学部専任講師 川村 尚子

2021年9月10日更新

私たちの日常生活にも大きく関わっている、デジタルプラットフォーム(以下DPF)。インターネットなどの情報通信技術や、ビッグデータを用いて、特定のニーズを持った人同士のマッチングを行う「場」のことだ。 

その場は、検索エンジン、オンラインショッピングモールやオークションサイト、予約サイト、シェアリングサービス、SNSなどのソーシャルメディアなど多岐に渡る。これらのサービスを提供する事業者はデジタルプラットフォーマー(以下DPF事業者)と言われ、GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)などに代表される存在だ。

だが、その便利なサービスには、消費者に関わるリスクもあるのだという。デジタルプラットフォームの利用による消費者のリスクについて、消費者法や消費者保護について研究する法学部 川村尚子専任講師に前編・後編にわたって話を伺った。まず、前編では、DPFをめぐりどのような問題が生じているかを、後編では、そうした状況を踏まえどのような法規制の動きが出ているのかについて話をうかがっていくことにする。

リアル店舗では起きなかった、デジタルプラットフォームを介した取引の問題点とは?

DPFのサービスは、今から20年ほど前の1990年代から2000年代初頭に登場している。その後、インターネットやスマホの普及によりDPFの利用者は急速に増え、成長著しい分野となっている。これらの成長を生んだのは、DPF事業者が提供するサービスが人々に利便性を提供し、受け入れられたからに他ならない。

しかし、川村氏は「DPFから起きている問題も多い」と指摘する。たとえば、DPFをめぐっては、DPF事業者により収集された個人情報の取り扱いやプライバシーの保護といった個人情報保護法の問題、動画サイトやSNSでの名誉棄損や著作権侵害などの違法コンテンツの問題、配車アプリやフードデリバリーアプリを利用する運転手や配達員の労働に関する労働法上の問題など、さまざまな問題が生じている。また、コロナ禍で多くの人が以前より利用する機会が増えたであろうDPF事業者が運営するオンラインモール等でも問題が生じている。

DPFのオンラインモールやオークションサイトに、偽物や粗悪品が出品される、あるいは購入した商品が届かないなど、詐欺的行為はいまだに数多く存在している。しかも、商品が購入された直後に販売者がアカウントを抹消してしまい、被害者(購入者)が販売者に連絡を取れずに泣き寝入りしてしまうケースも多く発生している。

川村氏は「アメリカで起きた事例ですが、ある女性がAmazonに出品している事業者から犬の首輪を購入しました。しかし、その首輪には欠陥があり、女性はそれを知らずに首輪を伸縮型のリードにつけて犬と散歩していたところ、突然首輪が外れ、リードが女性の眼鏡に直撃しました。このために女性は片目を失明してしまったのです。女性は販売者を訴えようとしましたが、すでにアカウントを消しており、連絡を取るすべがありませんでした。Amazon側も販売者の連絡先や所在を把握できず、購入者は苦肉の策としてDPF事業者であるAmazonを訴えました」と消費者に起きた実例を挙げる。

「購入した商品に欠陥があったり、さらにそれにより利用者がケガを負うケースは、DPFを介した売買に限ったことではありません。実店舗で購入した商品でも起きることです。DPFを介した売買の特殊性は、実店舗を持つよりも低コストで容易に事業者が市場に参入することができるため、悪質業者が出店しやすく、また、そうした悪質な販売者がDPFを隠れ蓑にして、責任の追及から逃れることができてしまう点にあります。」

DPF事業者に求められる「“市場”の提供者」としての責任?

さらに、DPFを介した取引においてトラブルが発生した場合の責任について、「民法では、DPF上で利用者同士により締結された売買契約に基づく責任は契約の当事者間でしか生じません。この場合なら出品者と購入者です。つまり、DPF事業者は、基本的に利用者間契約に基づく義務を負いません。購入者と販売者間で問題が生じた場合には、原則として、購入者は、販売者と交渉し問題を解決していく必要があります。このとき、購入者が消費者であり、販売者が事業者であれば、消費者契約法や特定商取引法といった消費者保護に関する法令を適用して問題を解決していくことができます。しかし、例えば、オークションサイトやフリマアプリでは、販売者も消費者であるということが多々あります。この場合には、販売者と購入者間の契約には、消費者保護関連の法律を適用することができません。」と話す。

消費者被害が生じたとしても、現状の法律ではDPF事業者に責任はない。だが、「世界中の人々が利用するDPFの運営者として、市場を安全にするために、それ以上の責任を負担すべき場合もあるのではないか」と川村氏は疑問を投げかける。

「DPF事業者は『市場』を提供し、そこでしか出会えない人々を結び付け、そこで売買が行われることで利益を得ています。であれば、その市場を安全にするプラットフォーマーの義務もあるはずです。また、出品者がDPFを隠れ蓑に逃げられてしまうと、被害者は訴える先がありません。こういったトラブルの責任をDPF事業者も負うべきではないか、という議論は他の国々でも出はじめています」

利用者間の売買を成り立たせる「市場」提供者としての責任。議論だけにはとどまらず、実際の判例では、DPF事業者の責任を認める動きもでているという。

「Amazonで購入した犬の首輪の欠陥により、片目を失明した人のケースでは、販売者が見つからず、被害者は苦肉の策でAmazonを訴えました。アメリカのペンシルベニア州の連邦控訴裁判所は『Amazonも責任を負うべき』という判断を下しました。その後、この判決は取り消され、ペンシルベニア州の最高裁判所がその審査を行う予定になっていましたが、当事者間での和解が成立したため、これ以上の判断はされませんでした。しかし、今までのDPF事業者の責任のあり方を変える可能性が示されたものだとみることができます」

この下級審のケースでは、Amazonが設定したルールにより商品流通がされた点やAmazonを通じてしか消費者は販売者とコンタクトを取れない点などから、「販売者に近い存在」として判断されたのだという。

「日本の裁判例では、下級審レベルではありますが、オークションサイトで詐欺被害にあった原告らが、同サイトの運営事業者に対し、詐欺の被害を生じさせないオークションシステムを構築すべき注意義務を怠ったとして、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めたという事案において、DPF事業者は、利用規約における信義則上の義務として、『欠陥のないシステムを構築してサービスを提供すべき義務』を負うと判断したものがあります。しかし、その事案では、結論としては、DPF事業者の義務違反は認められませんでした。」

現在はDPF事業者の責任を認めるケース、認めないケースが分かれ「DPF事業者の責任について判断が揺れ動いている過渡期の状態にある」のだという。

後編では、世界的なDPFに対する規制や、サービスに対し消費者がどのように考えていくことが必要なのかを伺っていきたい。

 

 

 

研究分野

民法、消費者法

論文

デジタルサービス法(DSA)規則提案にみるデジタルプラットフォーム規制(2023/09/30)

「売主の追完利益の保障に関する一考察――ドイツ法における議論を素材として――」(2014/03/01)

このページに対するお問い合せ先: 総合企画部広報課

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