デジタルプラットフォーム(以下DPF)を介した売買や多種多様なサービスの提供は、利便性も高く、私たち消費者になくてはならない存在となりつつある。前編では、こうしたDPFをめぐり、どのような問題が生じているか、なかでも特に、プラットフォームを介した取引における消費者問題について法学部 川村尚子専任講師に話を聞いた。後編では、こうした状況を踏まえて、日本を含む各国にみられるDPF規制の動きについて話を伺っていきたい。
DPF事業者をめぐる法的規制の動きと消費者保護
世界的にDPF事業者に規制をかける動きが活発化している。こうした規制の多くは、個人情報の保護、違法コンテンツ対策、DPF上の取引の透明性の向上、または競争政策上の規制に焦点が当てられている。
日本でも、DPFを規制する法律が矢継ぎ早に制定された。2020年には、個人情報保護法が改正された他、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公平性の向上に関する法律(透明化法)」が成立した。また、今年の4月には「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律(デジプラ法)」が成立した。この他、公正取引委員会も、2020年に「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」を公表している。
「まず、個人情報保護法の改正では、事業者による情報の利活用の仕方について規制が強化されました。例えば、みなさんがWebサイトを開いた際、『Cookie(クッキー)の利用に同意しますか?』などのポップアップ表示を見たことはありませんか。Cookieとは、そのWebサイトへのログイン履歴を残す機能のことをいいます。Cookieの利用により、あるユーザーがどんなサイトをたどったかという属性情報を取得することができます。Cookie利用だけでは個人を特定する情報を取得できませんが、Cookie情報も、サイト運営企業が独自に収集した情報(例えば、会員情報等)と紐づけして個人を特定できるのであれば、個人情報となります。しかし、これまではこうした場合は規制対象とはなりませんでした。そこで、改正個人情報保護法では、Cookie情報の提供先企業が、第三者からCookie情報の提供を受けて個人を特定するために個人情報を取得する場合には、本人による事前の同意を得る義務が課されことになります。また、Cookie情報の提供元にも、提供先企業が同意を得ているか確認する義務が課されることになります。」
「また、透明化法では、DPFにおける取引の透明性と公正性の向上を目的として、巨大DPFに対して、利用者に対する取引条件や検索結果のランキングを決定する主要なパラメータなどの情報開示義務や、取引の公正さを確保するための手続と体制・紛争処理体制などを整備する義務が課されており、DPF事業者はこれらの運用状況のレポートを経産省に毎年提出しなければなりません。ただ、これらの義務が課されるのは、現在は、アマゾン・ジャパン、楽天グループ、ヤフー、アップル、グーグルに限られています。」
こうした規制は、消費者保護を直接の目的とはしないが、間接的に消費者の利益の保護につながるものだそうだ。
「今年制定されたデジプラ法は、消費者庁が所管する法律で、消費者保護を直接の目的とした法律です。デジプラ法では、前編で取り上げた出品者の特定ができないという問題に対処するために、モール型及びオークション型のDPFについては、そこで締結される利用者間契約がBtoC契約である場合には、消費者に、DPF事業者に対し出品者の情報開示を請求するする権利が認められることになりました。利用者間契約がCtoC契約の場合には情報開示請求権が認められていないなどまだまだ不十分な部分もありますが、大きな一歩だと思います。」
そして、世界的には、EUがDPF規制に積極的な姿勢をみせてきたという。
「DPF事業者に対する法的規制はもともと欧州連合(EU)が先行しました。EUは、まず個人情報保護や違法コンテンツ対策の観点からDPF規制を行いました。それが2016年に発効した『一般データ保護規則(GDPR)』(2020年施行)です。GDPRでは、DPF事業者が個人データを利用するには事前承諾を得る必要があり、利用を望まない利用者はそれを拒否できるなど、データ保護のための仕組みが作られました。利用者が知らないうちに、自分のデータがDPF事業者に渡るのを防ぐものです。
また、EUでは、2019年に、DPFを利用する中小企業に向けて、より公正で透明かつ予測可能なビジネス環境の整備を目指して、『ビジネス・ユーザーのためのオンライン仲介サービスの公正性及び透明性の促進に関する欧州議会及び理事会規則(P2B規則)』が発効しました(2020年施行)。P2B規則は、オンライン仲介サービス事業者が明確な理由や異議申立ての機会を与えずに利用企業のアカウントを一時停止したり解約したりすることを禁止しています。この他、DPF事業者にはDPF上の商品等のランキングを決定する主要なパラメータを開示する義務が課されています。これらの規則は、前述した日本の個人情報保護法の改正や透明化法の制定に大きな影響を及ぼしました。」
こうした規制の背景にはDPF事業者が大量のデータを保有することへの懸念があるという。DPF事業者は利用者から収集したビッグデータをAIで解析し、個人の嗜好や売れ筋商品などの分析をしている。その結果はビジネスに利用され、一方で個人の嗜好に合うような過激な情報が個人に提供されたり、ターゲティング広告が行われ、他方で、出品者と競合するような形でDPF事業者自らが商品提供を行うなどの現象が発生しているのだという。
さらに、EUでは、2020年12月に、より包括的なDPF規制を目指した「デジタルサービス法(DSA)」と「デジタル市場法(DMA)」という2つの新法案が提出された。
「DSAには、デジタルサービスの全ての利用者の基本的権利が保護される安全なデジタル環境の創設と、イノベーション、成長及び競争を促す公平な競争の場の確立を目的として、DPF事業者の義務や責任の明確化、規制の執行を確保するためのルールなどが盛り込まれています。特徴的なのは、ユーザー規模が大きくなるほどDPF事業者が負う義務も段階的に加重される点です。」
DMAは、DPFを利用する出店者から得たデータを、DPF事業者自らが販売者として競争する際に使用することや、ランキングなどでの自社製品の優遇、同意を得ない消費者の個人データの利用などを禁じ、DPF事業者の市場への影響力を抑制するものだ。
また、規制に対して消極的であったアメリカでも、規制に向けた議論が行われており、Google自身がユーザーのネット履歴データの取り扱いを見直す方針を表明している。まさに今、DPFのあり方は「大きな過渡期に突入している」という。
「法によるDPF事業者への規制を通じ、DPF市場の透明性や安全性、公正な競争などを担保することで間接的に消費者の利益を守ることにもつながります。ただ、これらの規制はいわば消費者被害が起きないような“入り口”を整えようというもの。本来、競争法はあくまで市場競争の公平性を担保するためのものであり、消費者の保護はあくまで派生的な目的になります。」
「特に、消費者の民事救済については理論的にも乗り越えるハードルが多い。現在の法規制はDPFを介した取引において消費者被害が発生した場合に情報開示請求が認められるようにはなりましたが、消費者に対してDPF事業者自身が責任を負うことがあるというところまでは至っていません。これについては判例法理に委ねられているのが現状です。DPF事業者に対する規制とは別に、消費者保護についてしっかり論じていく必要があります。」
DPFを利用する私たち消費者が持つべき意識とは
世界でも進み始めた市場を安全、公平にするためのDPF事業者への規制。消費者被害が発生した際の救済にはまだまだ議論が必要な状況であることも見えてきた。だが、私たちにとってDPFサービスは必要不可欠ともいえるものになっている。その中で、消費者はどのようにDPFと付き合っていくべきなのだろうか。
「DPF事業者が提供するサービスは便利で魅力的です。こうした技術革新は促進されるべきですが、同時に問題や危険性も孕んでいます。」
「例えば、DPFを介した売買でのトラブルは誰にでも起こりえます。また、私たちは、知らない間に、個人情報などのデータをDPF事業者に提供し、そのデータが彼らのサービスに利用されている可能性があることを理解する必要があります。AI技術によるデータ駆動型ビジネスでは、データをもとに、AIが個人の主張や興味を類推し商品の広告や動画などの情報が提供されます。これは、日常的に触れる情報が、自分の主張や興味に合うものに偏重する可能性が高いということです。さらにはAIによりプロファイリングされた自己を本当の自分だと思い込み、本当は欲しくない物を欲しいと思わされたり、自身の視野を狭くし、主張や行動を先鋭化させる危険性すらあります。」
現在のDPFの事業モデルでは、利用者をいかにサイトやアプリにとどまらせることができるかが重視される。そのことを意識しなければ「ずっと画面に依存してしまい、離れられなくなる」という可能性も指摘する。
「DPFをより安全な環境にするには、私たち消費者側のリテラシーを高めることも重要です。私たちの欲望が現在のシステムを作ってしまっている面もあります。安いから、便利だからというだけで行動するのではなく、例えば、広告ビジネスを行っていないサイトや、利用者のデータ追跡を行っていない検索エンジンを利用するなど、冷静にDPFのサービスについて考える必要があります。」
そして、消費者としての意思表示することがDPFを健全なものに変えていくためには重要だという。
「消費者はサービスを利用する、しないという形で意思表示をすることができます。DPF事業者は消費者がサービスから離れると、利用者が利用者を呼ぶネットワーク効果が働かなくなり、独占・寡占状態を維持できなくなります。そのため、DPF事業者は私たち消費者の意思や態度決定を重視します。一人一人の選択が変わり、大きな流れができれば、DPF事業者が消費者に利用してもらえるようなサービスへと変えていくことにつながり得ると思います」
DPFサービスが便利かつ魅力的なことは間違いない。しかし、その裏側にはさまざまな問題が起きていることを忘れてはならない。そして、川村氏が最後に語った消費者の意識や選択の重要性について、今こそ一人一人が考えるべきなのかもしれない。
川村 尚子
研究分野
民法、消費者法
論文
デジタルサービス法(DSA)規則提案にみるデジタルプラットフォーム規制(2023/09/30)
「売主の追完利益の保障に関する一考察――ドイツ法における議論を素材として――」(2014/03/01)