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従来の民俗学定義で測れない疫病差別

人文科学で考える人類と疫病

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神道文化学部 助教 柏木 亨介

2021年7月9日更新

 日本民俗学が専門の柏木亨介・神道文化学部助教は疫病に直面した日本人がどのような対処法を取ってきたかの研究を進める。疫病習俗を対処法ごとに「防御」など4つの種別に分類した柏木助教は、「差別」を伴う「絶縁」に注目し、コロナ禍でも後を絶たない偏見・差別との共通性を指摘する。

疫病習俗で危機に向き合った日本人(前編)

――「絶縁」という疫病習俗とは

 日本における疫病習俗を4つの種別(表参照)に分類し、さらに14の対処法を病態・病因・内容・実施主体によって分析したところ、急性感染症と慢性感染症では対処法が異なることが分かった。病因を除去する点では共通するが、悪霊などを原因と考えられていた急性疾患に対しては社会全体の安全を図るような「鎮送」「防御」が国家祭祀やムラなどの集団での儀礼のような形が取られ、慢性疾患や性感染症、精神疾患に対しては個人をターゲットとした「絶縁」が適用される傾向が強くなるのだ。 「絶縁」には、鎌倉時代の『春日権現験記』(※)に描かれるような患者を屋外の小屋に寝かせる「隔離」も含まれる。患者と接すると感染しやすいことを、昔の人々は経験則として知っていたので、急性疾患が蔓延(まんえん)した際に「隔離」という対処法も取られたのだろう。一方、個人や家族の「業(ごう)」が病因と考えられた慢性疾患などの場合、「村八分」や居住地を追われたことによる「遍路」といった差別を伴う対処法が取られる。

遍路(イメージ)

 古代では病気に関する医学的知識がないため予防策も迷信めいていて、宗教的な教えに背いたことに対しての「業」とか「罰」といった表現で患者本人や家族の行動に問題があったことを糾弾して追放した。「自業自得」と「自己責任」、表現こそ違うが、発想の根幹自体はここ1500年ほどの日本の歴史を振り返ってもあまり変化はない。

 「絶縁」という疫病習俗には感染予防の面で理にかなった部分もあるとはいえ、バランスを欠くと偏見・差別といった悲劇を生み出す恐れがある。これはコロナ禍にも共通することで、「3密を避ける」「マスク着用の徹底」といった専門家の指摘は医学的に正しいにしても、拡大解釈してしまえば「自粛警察」や感染者の行動を過剰に批判する誹謗(ひぼう)中傷といったことが起こるわけだ。

 差別の根底には「ケガレ」()が関わってくる。従来の民俗学的な解釈では、毎日同じように繰り返される生活で溜まったケガレは定期的な儀礼で取り除かれるとされてきた。しかし、病気へのケガレ感については、コロナ禍での医療従事者や回復者の例を見て分かるように差別が止むことはない。今までの学説では差別が続く理由の説明がつかないという問題提起が必要だろう。

――疫病習俗から分かることは

 病気に対するアプローチにはどういった種類があって、社会問題となっている部分が具体的にどの辺りなのか知ることができる。患者の行動履歴に責任を負わせる部分だ。そこは近代医学でも解決できない文化の領域で、それで困っているのであれば、その領域について別の方法、つまり学問のさまざまな方法論を使って問題の本質を突き詰めるべきだ。民俗学や歴史学といった人文系の学問には、積み重ねられてきた痕跡やデータから見つけ出した物事の本質を提示することが求められている。テクニカルな部分はもっと適した社会科学や理工系にバトンタッチすればいいのだ。

 歴史系の学問では、過去にあった事例を覚えること自体が目的となってはならないと考える。歴史の学び方は、過去100年とか1000年のスパンだけではなく、今後の5年、10年、50年といった時間の深みの中で、過去と未来を同時に考えるスケール感を持つべきだ。我々の先祖が何を解決できなかったかを理解し、その隘路(あいろ)を突き止めたうえで解決策の方向性を探り出して次の世代に伝えることが人文系の仕事といえる。


『春日権現験記(かすがごんげんげんき)』 鎌倉時代末期の延慶2(1309)年に描かれ、春日大社に奉納された大和絵による社寺縁起絵巻の代表作。日本中世を知る重要な資料とみなされている。絹本著色、巻子装、全20巻(目録含む)。

ケガレ(穢れ) 死・病気・犯罪などによって生じた不浄な状態を指す。日常的な状態である「ケ(褻)」が「枯れ」た状態であるとして、祭祀などによって祓ったり水などで洗浄する(=禊)ことで正常に復するとされる。記紀においても、伊邪那岐尊(いざなきのみこと)が黄泉(よみ)から帰還した際に日向国の阿波岐原(あわきはら、現在の宮崎市)の池で禊を行ったとの記述がある。

 

 

 

 

柏木 亨介

研究分野

民俗学・文化人類学

論文

戦後神道研究における民俗学の位置−民俗学的神道研究の展望−(2022/12/15)

真宗門徒の死者供養にみる民俗的心意−愛媛県今治市大三島町野々江のイハイを背負う盆踊り−(2022/09/15)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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