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コロナ収束後も、病の根本と向き合って

人文科学で考える人類と疫病

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文学部 教授 木原 志乃

2021年6月29日更新

 医学の祖と呼ばれるヒッポクラテスが残した疫病についての「語り」から、今のコロナ禍への教訓を見出そうとしている文学部哲学科の木原志乃教授(古代ギリシア哲学・医学思想史)は「新型コロナウイルスのパンデミックがワクチン接種を通して収束を迎えた後も、乗り越えられた過去にしてはいけない」と語る。

ヒッポクラテスが生まれたコス島のアスクレピオス神殿跡。ここには古代ギリシャの医療と治癒の神が祀られていた(木原教授提供)

―― 古代ギリシャの時代の医者はどうだったのか

 2014年、海外派遣研究でギリシャやイギリスに1年間滞在、多くの学会に出席し、資料にも目を通した。すでに古代にも、多くの町医者がいたが、魔術師や祈禱師のような人たちもいて、医療と呼べないような怪しい行為をしていた。これらと区別するために、医者のアイデンティティーや医術の根拠づけが極めて重要だった。医者たちは論争的で、ソフィスト(詭弁家)的な討論も盛んに行われた。古代の医者たちは、「語り」の問題を強く意識していたと言える。身体部位を象った奉納物は興味深く、今でも医学の神様が街のあちらこちらに残っている。宗教的な祈りを捧げて治癒されることが医療行為だった時代から、宗教と医学が一体化しながらも、次第に分かれていく、まさにその時代が古代ギリシアであった。その中で、医学の祖であるヒッポクラテスの流れを引き継ぐヒッポクラテス派(コス派)が、大きな役目を果たしていた。

―― ヒッポクラテスとはどういう存在だったのか

 ヒッポクラテスの出発点として、「自然の中に生きる人間」という考え方がある。ヒッポクラテスは病を超自然的な外部からくる脅威とは捉えずに、自然の一部であると考えた。人間も自然という全体的システムの中で生きていて、その中で釣り合いを取っているわけで、たとえ病に罹ったとしても、バランスが一部乱れた状態であると考える。ここで言う「ピュシス(physis、自然)」とは、物質的自然という見方が生まれる前の初期ギリシアの哲学者が思索した自然のことを言うが、それは生命の源とも考えられ、万物はそこから生まれ、そこへ没するとされていた。病は身体の内部だけでなく、外部との釣り合いも含めた全体から見ないと測れないと言う発想はとても面白い。「病とは何か」の定義が簡単ではないという現実にもつながってくる。だから、「病と戦って、やっつける」とか、「病が収まったら、コロナ禍も全て終わり」というものではない。ワクチン接種が進み、コロナ禍がとりあえず収束したとしても、「病とは何か」という根本問題と向き合い続けなければならない。コロナ禍を契機に、そのことを改めて考えさせられた。

―― 病とはどう向き合うべきなのか

 超高齢社会に直面した現代、コロナ禍が起きる前から、病についての問題は非常に重要で、研究がなされるべき分野であると思っていた。「生とは何か」「死とは何か」については、ギリシア哲学で深く考察されているが、「病とは何か」について哲学テキストと医学テキストとの連携の中で、探っていくのが面白い。その中で、古代ギリシアのヒッポクラテス派の医者たちの語りを中心に、彼らが何を記録しどう伝えているのかの研究を深めていこうと考えている。そこから病をどう捉え、どう対処していくべきかについての深い英知が導き出されるのではないか。「病とは何か」の定義は、「生き難さ」が中心にあると思うが、必ずしも本人が「生き難い」と思っていなくても、その人を病として治療すべきだという考え方もある。病とは、何かを数値化することによって、病と病でないものを線引きをするものではないからだ。「病とは何か」を探っていくうえでは、医者と患者のコミュニケーションの中で、病を癒していくという考えが重要になる。患者の「語り」にしっかりと耳を傾けるという倫理的な側面を自覚的に語っていたのがヒッポクラテス医学である。ここから古代ギリシアで何が語られてきたのかを解きほぐし、発信したい。

研究分野

西洋古代哲学、古代ギリシア医学思想史

論文

「古代ギリシア哲学・医学思想における安楽死と脳死─魂と「よき死」の決定について」(2020/11/01)

「ヒッポクラテス医学におけるパイデイア」(2020/03/31)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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