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「知ることで心に何かが湧き上がる」経済学部長が考える、学びの核心

大切なのは、自分らしさを伸ばすこと。これからは主体的な人が成功する

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國學院大學 経済学部学部長 橋元秀一

2017年5月15日更新

バブル崩壊ののち、長きにわたって停滞し続けている日本経済。「失われた10年」が「失われた20年」に変わり、さらに年月を経過したいまでも、不況が終わる気配はありません。では、この不況を終わらせるために大学、特に経済学部ができることとは何でしょうか? これからの社会を担う若者には、どんなことが求められているのでしょうか。「國學院生ならではの主体性が、将来の日本経済を支える」と予想している橋元秀一学部長に、経済の未来や人材育成の大切さについてお聞きしました。

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大学の授業により、有為な人材を養成できる。それを証明するのが私たちの役目だと思う

―不景気と言われるようになって久しい日本ですが、経済学部の学部長という立場から、いまの社会をどのように見ていますか?

橋元秀一学部長(以下、橋元):日本は1980年ごろに経済大国になり、世界トップレベルの経済力をもつ国に急激に成長しました。江戸時代末期に黒船が来て以来、日本は120年ほどかけてずっと欧米の姿を追ってきました。そのあいだは欧米に「追いつけ追い越せ」の精神で発展することができたのです。

いわば、真似てアレンジして、その結果としてクリエイティブなものをつくるのが、日本のやり方です。もっとさかのぼれば京都も、かつての中国の都市・長安をそっくり真似たものでした。それが1000年の時を経て、日本を象徴する都市の一つとして知られるようになったのです。

しかし1980年代終わりからグローバル化が進み、今度は日本が主体的に「日本という国はどうあるべきか」を世界に提案する必要が生じてきました。そのときに一番やるべきことは、「人材への投資」だったはずです。にもかかわらず、同時期に株や土地の値段が上昇していくバブル経済が過熱し、政府はそれを経済大国の証だと勘違いしてしまったのですね。

結局この25年ほど、日本は世界を引っ張っていくような企業や人材を輩出できていません。これだけ不況が長くなってくると、親世代が貧困であるために子ども世代も貧困にならざるをえないという、「貧困の再生産」が始まってきます。これは深刻な問題です。

―つまり貧困が構造化されているということですね。國學院がこうした状況に対してできるのは、どのようなことだと考えていますか?

橋元:日本が優れた人材を輩出できていない要因の一つは、大学が学生の変化に応じた「人材養成」のあり方を真剣に議論し工夫できていなかったからだと私は考えています。企業はいまや、人材養成をする新たな戦略や方針をもっていません。内定者に、大学の授業があろうと卒論研究があろうと、構わずに卒業前の時間を使い、企業の研修を受けさせているのが実情です。「大学で学んだことを社会で活かす」という、広い視野や長期的視点での考えがないのですね。

そして文部科学省が大学に出す補助金も年々減っていき、多くの私立大学は授業料を主な収入源にせざるをえなくなりました。しかし学生たちも、そんなにお金があるわけではありません。不況が続き、家計所得が大きく低下しているなかで、学生たちは奨学金を借り、アルバイトをしながら就学している。それがいまの状況です。そのなかで、学びの意味や魅力を語り、学びの手法を発展させ、「大学の授業は有為な人材の養成に役立つ」ということを証明するのが、私たちのするべきことだと思っています。

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経済の基礎を理解する授業「日本の経済」で判断力を磨く

―國學院の経済学部のカリキュラムには、どのような特徴があるのでしょうか?

橋元:本学の経済学部には3つの学科がありますが、どの学科に入った人でも、まずは『日本の経済』という國學院オリジナルのテキストを用いて、経済と経済学の基礎を学んでもらっています。このテキストは、基礎の教科書であると同時に、経済学のメニュー表でもあります。すなわち、「経済学の分野にはこんなにいろいろなものがある」ということを示したうえで、心の動いたものを選んでもらうという流れになっているのですね。

―本屋に置いてあるような、いわゆる入門書は使わないのですか?

橋元:『日本の経済』は國學院大學の学生のためだけに、本学部の6人の教員が10年間の授業をふまえ、学生が理解しにくいと感じていることをわかりやすく説明することを強く意識して執筆しました。このテキストの最初の「オリエンテーション」の部分で、私は「選択するためには知らなければならない」ということを強調しています。経済学がどのようなものかを知らなければ、経済学部で何を勉強するのかを選ぶことはできません。逆に言えば、知ることで心に何かの思いが湧き上がり、自然と判断できるようになるということです。それを大事にしたほうがいいと私は思うのです。

―「知識だけじゃだめだよ、自分で考えなきゃ」とよく言われますが、逆に、「ちゃんと知ることで自然と判断できるはずだよ」というのは新鮮ですね。

橋元:そういったことに学生に気づいてもらうために、さまざまな取り組みをしています。たとえば経済学部は、國學院のなかでも真っ先に、ネイティブスピーカーだけによる英語授業を「学内留学」と称して行ってきました。これは1、2年生の必修授業で、基本的なコミュニケーションスキルを習得することを目的としたものです。講師はもちろん生徒も、授業中はすべて英語で話すというルールになっています

―授業中は英語しか話せないとなると、英会話力が必然的に磨かれそうですね。

橋元:はい。さらに、3年生からは実践スキルを習得できます。希望者は経済英語・ビジネス英語を身につけて、人前でプレゼンできるレベルにまで英語力を育てていこうという趣旨のカリキュラムです。まさに実践で使える英語を学ぼうという目的で行っているので、私は「受験生のときの英語の良し悪しは全部忘れなさい」と言っています。これはみなさんが学校で勉強してきた「英語」とは異なり、社会で実際に役立てられることを明確に見据えた科目なのです。

経済学の修得にあたって、情報処理の機器操作も重視している

経済学の修得にあたって、情報処理の機器操作も重視している

企業など外部組織と連携して「プレゼン大会」を実施。グループワークで主体的に学ぶ

―ほかにも何か、経済学部ならではの取り組みはありますか?

橋元:1年生の必修科目に、「基礎演習」というグループワーク型の授業があります。1クラスあたり20名程度の少人数制です。各クラスに担当教員が1人つき、さらに学生FA(ファシリテーター&アドバイザー)として2年生が1人つきます。20名を指導するだけでも少人数教育ですが、そのなかで1年先輩のFAがさらにサポートするというわけです。

―それはかなり手厚いですね。どのようなグループワークをしているのですか?

橋元:前期には、各クラスでテーマを決め、グループで研究し、発表する機会が設けられます。たとえば「國學院大學の学食の改善提案」をテーマに設定し、経営者や食堂の部長にインタビューしたりして、発表するということを行いました。

そして後期には、外部組織から提起される課題を統一テーマとし、全23クラスがグループワークを重ねて、プレゼン大会を実施します。一昨年はぐるなび、昨年はポッカサッポロにご協力いただきました。昨年のテーマは、「ポッカレモンの消費を拡大するためにはどうするか?」。このお題をもとに、学生たちがグループで協力して調べ、アイデアを出し合い、企業にマーケティングの提案をするのです。昨年のケースは、ポッカサッポロのマーケティング部門の方々が若い人の意見を聞きたいということで始まった企画でした。國學院で一番大きな教室に全グループが集まり、企業の方が実際に審査員として出席されました。

―では、本当の現場の視線に学生のアイデアがさらされるということですね。そういう機会を在学中に得られるのは貴重ですね。

橋元:そうですね。こうした課題発見・提案型授業を必修科目として実施している大学は、なかなかありません。自分の好きな先生のゼミに入り、自分の好きなことに絞って徹底的に研究するのもいいのですが、このように与えられたテーマについて模索しながら考えるということは、社会に出て必ず役に立つはずです。ですから1年生の段階で必修授業としてこのような経験を積んでもらい、人材育成に向けた底上げを図っているのです。

学生にとって身近な学食が、経済の演習のテーマとなることも

学生にとって身近な学食が、経済の演習のテーマとなることも

「押しつけられる勉強」は高校で終わり。就活で成功する学生の特徴とは?

―経済学部というと金融のイメージがありますが、卒業生の就職先で多いのは、どういった企業でしょうか?

橋元:サービス・流通の分野が一番多いですね。次いでメーカーと金融です。これはいまの労働市場の需要におおむね沿っていますね。ただ、やはりいまの若い人は社会にどのような企業があるのかをあまり知らないのかな、という印象があります。どこの大学でも、授業は授業、就活は就活と分けて考えている学生が多いようです。

そのため私は普段の授業でも、実在するさまざまな企業をできるだけ挙げて、日本経済についての解説を行っています。とりわけBtoB企業について取り上げることが多いですね。日本の経済のほとんどはBtoB企業が支えていますし、求人が圧倒的に多いのもこうした企業群です。そのことを知ってほしい。そして、授業で学んだことを、就職活動や卒業後の社会生活において存分に活かしてほしいです。

―そうした授業を受けた学生さんは、納得のいく就職活動をされることが多いのでしょうか。

橋元:そうですね。私のゼミ出身の卒業生に、大手広告会社に就職した人がいます。彼はゼミのときに、私を論争で打ち負かすということを目標に頑張っていました(笑)。彼自身の本音と違ってもいいから、とにかく私の言うことと反対の主張をするのですね。そんなふうにいつも挑戦してきたのですが、ことごとく私に言い負かされ、それでも毎回頑張っていました。そういうアグレッシブな姿勢を貫いていたから、就職活動も希望通りにいったのではないでしょうか。

ほかには、人材派遣会社を経て、中堅企業の人事担当になったゼミ生も印象的でしたね。彼も私に論争を仕掛けるタイプでした。いま、彼は本学のゲスト講師をして学生へのアドバイスをしてくれるなど、本学とのつき合いが現在でも続いています。人事担当なので新卒採用の面接官の経験が多く、実践的なアドバイスが聞けると学生からの評判も良いです。

―そういった成功する人に類似する特徴があるとすれば、どういうところだと思いますか?

橋元:結局、しっかり基礎を学んで、自分が疑問に思ったことを口にすることができるかどうか。その一歩の差だと思います。もっているものはみんな良いのです。もっているものを内側に隠さず、ちゃんと外に発信できるかどうか。その差ではないでしょうか。あらゆる学びは主体的なものですからね。「押しつけられる勉強」は高校で終わりです。受動的な態度は楽かもしれません。一部の学生から「カリキュラムを自分で選ぶのは大変だからある程度決めてほしい」という声が上がっているのも現実です。

―主体的にみずから動くより受動的な態度でいるほうが、たしかに楽でしょうね。

橋元:はい。そうした受動的な態度を続けてきた結果が、バブル崩壊後の日本です。しかし、それではもうだめなのです。もう中国や韓国、東南アジアの一部の国が、日本と同じレベルに近づいてきています。そのような社会状況だからこそ、主体的に学び、自分らしさを探求する意欲のある学生は成功するのではないでしょうか。

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國學院生ならではの主体性が経済を支える。トヨタ・レクサスに見る「現場力」の価値

―経済学部の特長をいろいろとお話しいただきましたが、國學院らしい価値はどのようなところにあると思いますか?

橋元:本学は決して大規模大学ではありません。そのため大規模の大学の中だと埋もれてしまいそうな才能をもった人でも、國學院であれば輝くことができると思います。「國學院の人は真面目でおとなしい」とよく企業の方に言われるのですが、そのような人にとっては学びやすいと思います。

―先ほど挙げていただいた人以外に、卒業生たちはどのように活躍していますか?

橋元:地道にこつこつと真面目に仕事をし、堅実と評価されるような仕事ぶりの人が多いと言われます。本学の伝統を鑑みても、日本文化を非常に重んじつつ、流行りに流されず、人との関係を大事にする卒業生が多いので、現場のなかで信頼感を得るタイプの仕事をしていますね。

―おとなしい人ならではの主体性を獲得しているということでしょうか。

橋元:そうですね。それこそ、日本の強みである現場主義的な主体性を学んでいると思いますね。その典型的な例が、トヨタです。トヨタの車が売れているのは、デザインや経営が優れているという以上に、現場が優れているからというのが大きいと思います。

トヨタの車として代表的な、「レクサス」というブランドがありますよね。レクサスが完成したとき、最後はひずみや傷がないか、プロが手でボディーを直に触って確かめるといいます。しかも1ミリ単位のひずみさえ気づくほどの精度だそうです。こうした現場の強さが、トヨタという大企業を支えていると言っても過言ではないでしょう。國學院の卒業生も、まさにこのような現場力となって日本経済を支えていると思いますね。

―現場主義を体現することで、社会の一翼を担っているのですね。

橋元:そんなふうに世の中で役に立つには、まず自分に何が向いているかを見つけることが必要だと思います。大学生活というのは、自分の人生を準備するための期間です。どのような選択肢も否定されるべきではありません。もし途中で何か違うと思ったら、別の道に行くのもいいでしょう。そこにはきっと面白いものが待っている。私は人生とはそういうものだと思うのです。より良い選択をするために、「知ること」を大事にし、そして自分らしさにこだわり、自分に合った道を見つけて、社会で力を発揮できる人材が増えることを願っています。

橋元 秀一

研究分野

労働経済学、社会政策、労務管理論、日本経済論

論文

書評 青木宏之 著『日本の経営・労働システム─鉄鋼業における歴史的展開』(2022/12/25)

組合員の個別賃金決定に労働組合はどう関わっているのか(2020/09/01)

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