微生物の力で、あるものが別のものに生まれ変わる発酵技術との出会いが1人の女性の人生を変えた。ファーメンステーションを起業した酒井里奈社長は、岩手県奥州市で発酵技術を駆使して、循環型社会の構築に取り組む。大手企業との共創によって、循環社会の輪を広げ、ムーブメントを大きく発展させている。
― 全日空商事と持続可能な社会に向けた未利用資源の再生・循環パートナーシップを結んだ
持続可能な社会に向けたサーキュラエコノミー(循環型経済)の実現を目指し、全日空商事のグループ会社、ANAフーズがエクアドルから輸入・販売している「田辺農園バナナ」の規格外バナナとファーメンステーションが手掛ける休耕田で栽培したオーガニック米を原料に、発酵アルコール(エタノール)を精製し、天然由来成分99%の「お米とバナナの除菌ウエットティッシュ」を開発した。汚れや痛みなどで規格外になったバナナは、家畜の飼料などとしてリサイクルされてきたが、ファーメンステーションが持つ独自のエタノール精製技術を用いれば、規格外バナナとコメから高品質のエタノールを精製することできる。エタノール精製後にできる「発酵粕」は、肥育牛の飼料として利用されており、将来的には、この肥育牛をレストランなどでの活用を検討する。
2018年にJR東日本スタートアッププログラムに採択されたのが縁で、SDGsを目指す大企業とのコラボレーションが本格化している。JR東日本グループとアサヒグループとの共創で、りんごのお酒「シードル」の製造工程から発生する副産物であるりんごの搾り残渣を原料として、りんごエタノールを精製し、ウエットティッシュなどの商品に展開したケースが最初で、大企業のブランド力や発信力を借りて、循環型経済を目指す取り組みの輪を広げている。
―― 農業が直面する課題の解決にも取り組んでいる
ファーメンステーションは、岩手県奥州市の休耕田で栽培された無農薬・無化学肥料のオーガニック米を発酵・蒸留してエタノールを製造している。残った発酵粕も化粧品の原材料に使用するほか、鶏や牛の餌に活用し、さらにその鶏糞や牛糞は畑や田んぼの肥料にするなど、ごみを出さない循環型でサステナブルな取り組みを実践している。
世界的に見るとコメは貴重な作物だが、日本では、時代とともに消費量が減り、休耕田が増加している。休耕田は病害虫の発生源となってしまうため、まわりの田畑に悪影響を与えてしまう。そこで、休耕田を復活させ、そこで栽培されたオーガニック米を活用できないかという循環プロジェクトに取り組んだ。奥州市の事業として、地元の農家、町役場の人たちとで多収穫米の作付けを行い、小規模なプラントでの実証実験が始まった。ファーメンステーションは、エタノール製造プラントの運営、コンサルティングを担当し、2013年4月よりプロジェクトを奥州市より引き継いだ。本プロジェクトを通じて、奥州市の田んぼを復活させて米を栽培し、美しい田園風景を取り戻しながら新たな産業へ繋げることを目指している。
農業は大きな課題を抱えていて、私たちの力ですべてを解決するのは難しいが、問題解決の糸口になればと思っている。農業の問題は机上の空論ではダメで、農家の人たちと一緒に汗を流して、実績を積み上げていきたい。最近は大企業とのコラボなどで、事業が拡大しているので、コメの増産をお願いすることができた。
―― 持続可能なビジネスへの手ごたえは
構想から16年でようやく本格的に走り始めた。最初は、投資家などから「事業の意味が分からない」「市場性が見えない」「収益を上げようと思っているように見えない」と厳しいコメントを頂いた。最近は、社会がSDGsの重要性に気付き始め、事業に理解をしていただけるようになってきた。この流れはもう後戻りしない。気候変動などの大きな課題と私たちの生活が結びついているという考え方も増えてきたし、ビジネスのあり方も限りある資源を大事にしなければならいという方向に進んでいる。サーキュラーエコノミーは、これから「常識」になると思う。私たちがこれまで培ってきた技術を、「今、活かさなければどうする」と思いだ。
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