「英語を学ぶ意義」はもはや、大学や教員の側が決めるものではない。そんなメッセージを発するのは、自身が英語教育システムの開発に腐心してきた土肥充・教育開発推進機構教授。学生たちの英語力育成への熱い思いをもっているからこそ、学生たちをとりまく環境、すなわち多様な学びをサポートするシステムへと注力しているのだ。
令和3(2021)年4月から刷新される國學院大學の共通教育における英語教育について概観したインタビュー前編を経て、後編で語っていくのは、自身と英語の“二人三脚”の日々。英語によって目が開かれ、その先の世界で見つけたものを、英語教育システムへと還元する。学びの幸福なるリレーの姿が、ここにはある。
学習者それぞれのレベルや目標に対応したシステムを構築する。今の実践につながる英語教育のビジョンは、私自身の歩みと密接にかかわっています。ただ、英語教育を専門としているからといって、私が初めから英語が得意であったというわけではありません。
帰国子女でもなんでもなく、私は幼い時期の多くを過ごした三重の山奥で、未知の響きを持つ英語に魅せられた、ひとりの少年に過ぎませんでした。外国文化の薫りはほとんどしない土地だったわけですが、そこでNHKラジオの英語講座や、文化放送の名番組『百万人の英語』を夢中になって聞き、FENといったネイティブ用のラジオ放送にも耳をそばだてる。そんな日々をおくっていたんです。 特に好きだったのは、学校の授業などで使用されるテープレコーダーの発音をマネることでした。ほとんどモノマネに近いのですが、周囲の友人から「似てる!」「発音、上手だね!」なんて褒められると、得意になっていたものです(笑)。そのまま英語の学習を続け、大学では英語音声学を学びました。その後、英語で手に職をつけるということを考えながら千葉大学大学院へと進学する際、実用的な英語教育の道へと進んでいったんです。
そこで出会った指導教授の先生が、英語教育にあたっては総合的・科学的なシステムが必要だ、という信念をお持ちの方。私にとってはとても新鮮な世界でした。さらにその先生はコンピューターがお好きだったこともあって、コンピューターを用いた英語教育システムの開発を志していらっしゃいました。
今でこそ英語学習にコンピューターを用いることは珍しくなくなりましたが、当時はWindows 3.1が世に出る前のこと。私自身がコンピューターを学び始めた際も、用いていたのはMS-DOSというOSのコンピューターでした。ここで開発されていったのが、インタビュー前編で触れたCALL(Computer-Assisted Language Learning)システムなのです。
企業のご支援を得ながら英語教員が協力し合ってCD-ROMを用いたスタンドアロン型のシステムを構築した後は、コンピューターのネットワークが広がるにつれ、そのデータをサーバーに置いてオンラインで活用できるように……と、段々とシステムを刷新していきました。動画を用いた教育というのも黎明期でしたから、既存の映像を用いる際は権利関係をクリアできる教材開発のやり方を考え、その後は教員自ら海外にインタビュー取材に行って動画教材をつくっていくようになり、現在に至ります。 今では全国の大学、場合によっては中学や高校でも使用されるようになっています。私自身、平成31(2019)年に國學院に着任し、この4月から本学でもCALLシステムが活用されていきます。この新たなスタートは同時に、指導教員や先輩・同僚たちの、四半世紀の積み重ねの上にあるものなのです。
このインタビューを通じて私は、学生のレベルや目標に応じて学びを提供できる英語教育システムの必要性について述べてきました。 これは表現を変えれば、「今の時代はもはや、大学や教員が『英語を学ぶ意義』を決める時代ではない」ということでもあります。
たとえば明治時代、文明開化がさけばれたころであれば、一握りのエリートが海外の文明を学ばなければならない、非常に限定的で、しかし切実な「英語を学ぶ意義」があったことでしょう。こうした日本社会における「英語を学ぶ意義」は、徐々に変わっていったはずです。 やがて迎える戦後において、それこそ日本の製品を海外に向けて売っていった高度経済成長期や、バブル期といった時期、それぞれに意義は異なったことでしょう。
ただ、インタビュー前編で触れたように、現在の学生たちの「英語を学ぶ意義」はそこまで一様なものではありません。私個人にとっての「英語を学ぶ意義」は、未知なる新しい世界を、英語を通じて知る、というやや教養主義的なものと外国人と英語で話してみたいという実用的なものがあり、今の学生の中にもそうした意識を持っている人はいると思うのですが、それがすべてではない。「英語を学ぶ意義」は、もはや千差万別です。だからこそ、本学は英語教育を刷新して、学生たちを全面的にサポートしていきます。留学のためにTOEIC・TOEFLを受けたいから勉強法を知りたいという学生もいれば、フライト・アテンダントになりたいという学生もいる。一方で英語が苦手だという学生も当然います。そうした学生みんなに対応していきたい。
考えてみれば、これは英語教育に限った話ではないかもしれません。日本社会における大学の意義自体が変わってきている中で、目標もレベルもまったく違う学生たちに向けて、カスタマイズされていく大学――そんな姿を私は思い浮かべながら、「学ぶ意義」の多様性を、実践的にサポートしていきたいのです。
土肥 充
研究分野
英語教育、CALL、教育工学
論文
國學院大學における TOEIC L&R IP のスコア分析(2022/03/01)
MoodleとCALLシステムによるオンデマンド英語授業の実践—受講者による印象評価の量的・質的分析—(2021/03/20)