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難局だからこそ國學院の精神を

院友師弟に聞く(上)

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金春流能楽師 山井綱雄さん(平8卒・104期文)

2021年1月22日更新

 新型コロナウイルスに世界中が翻弄される中で迎えた令和3年。難局に直面する伝統芸能の世界でも、「時代のツール」のSNSを活用した動画配信など従来にない手法が模索されています。30年近くの歴史を紡ぐ能楽サークル「國學院大學金春会」を立ち上げた金春流能楽師の山井綱雄さん(平8卒・104期文)と弟子の村岡聖美さん(平18卒・114期日文)も例にもれません。山井さんは「自然を支配しようという欧米的な思考ではなく、國學院の中枢である神道に即した共存を目指す考え方に切り替えてもいいのでは。能楽など日本古来のものがヒントになるはず」と熱く語ります。

金春流能楽師・山井綱雄さん(左)と弟子の村岡聖美さん

――能楽との出会いと金春会設立の経緯を

 能楽(※1)は幼いころから身近にありました。母方の祖父・梅村平史朗が金春流(※2)能楽師でしたので。私の恩師・金春流先々代79世宗家 金春信高先生からは「大学へ行かずに能楽修行に専念を」と言われましたが、能楽に繋がる学びに興味もありましたので國學院大學に入学しました。多くの人に能(※3)を知らしめたくて、「國學院大學観世会」などの先輩方にお世話になりながら準備を進め、大学1年生の平成5年1月に「國學院大學金春会」を設立しました。それまで人に教えたことなどなく、今考えると「ままごと」のような稽古でしたが、立ち上げで集まってくれた仲間たちと楽しく活動を始めました。

 設立から30年近く経ち、通常は発表会や若木祭で紋付袴姿の「仕舞」という形で発表しています。装束と面(おもて)を着けてもらい、能舞台の上で可能な限り能に近い形で演じてもらうのが活動の理想ですが。

 多くの学生にとって能楽は未知の領域ですが、村岡さんは異色の存在でした。未経験者ながら「高校時代に世阿弥の『風姿花伝』を読んだ」というのだから驚きでした。集大成として能「羽衣」のシテを務めた村岡さんが卒業1年後に弟子となったのは、私が「道成寺」の大役を演じた30歳過ぎのこと。能楽師は芸を伝承していくので後進を育てる事は覚悟していましたが、まさかこんなに早くにとは思いもしませんでした。

――能楽の未来と抱負は

 能楽の観客やアマチュア弟子の8割以上を女性が占めるという現実があります。能楽のマーケットを考えると、村岡さんら若い女性能楽師に芸を磨き魅力ある舞台を見せて、世の女性の憧れの存在になってもらいたいと思います。私が所属する金春流は早くから女性能楽師の育成に力を入れ、私の師匠である富山禮子(のりこ)先生も女性能楽師のパイオニアとして活躍した方です。「女性にしかできない表現がある」と富山先生はよく仰っていました。

 個人的には、今年の夏にヨーロッパでの大きな演劇祭でシェークスピア作品の主演をさせていただくことになっていて、大きなチャレンジをする年になります。ヨーロッパの演劇関係者で能楽を知らない人はいません。能楽師の可能性を示し、能楽の発展と新しい日本発の演劇様式の創造を通じて、混沌とした今を生き抜くヒントを提示できる作品を創り上げたいですね。

やまい・つなお 昭和48年生まれ、横浜市出身。國學院大學文学部文学科卒、(公社)能楽協会理事。79世金春信高、80世金春安明、富山禮子に師事し、12歳「経政」で初シテ。復曲や新作、他ジャンルとのコラボレーションにも積極的で、ロックバンド聖飢魔Ⅱのデーモン閣下とも共演。

――コロナ禍での能楽について

 4カ月も仕事が途絶えてしまいましたので、横浜の久良岐能舞台で「羽衣」を撮影し、「くらきSS能」と題してYouTubeで公開しています。能のセリフは難しいため、天女が舞う脇に「衣を返して~」と漫画風の吹き出しを入れたところ、学校の先生からは大反響。普及目的として使えることも分かってきました。

 今後は新型コロナによって大きく変わった新たな日常と能楽を取り巻く環境をどう考えるかも大切です。パソコンを起動させれば公演や講座を観たり聴いたりできる時代ですから、能舞台でやっている物とは違った工夫が必要です。今の状況はまさに過渡期。「能をここで終わらせない」という決意で、動画作品はあくまでライブでの舞台公演に繋げなくてはなりません。

 コロナで中断された挑戦にもリベンジします。国立能楽堂で「夕顔」を上演(4月10日午後1時~)するのですが、これは平成30年に金春流として400年ぶりに復曲したものです。復曲のきっかけは、大河ドラマ「真田丸」に能楽指導と能場面主演で関わらせていただいた際に「吉野の花見」で豊臣秀吉が「夕顔」を楽しんだという記録を知ったこと。先代 80世宗家金春安明先生にお話ししたら、400年前の書物を解読して現代の節付けにしてくださいました。それを平成30年に初演したところ、金春流としての正式レパートリーとなり、令和2年の4月に本田光洋先生がシテの夕顔役を舞うことになっていたのですが、コロナ禍で中止に追い込まれたのです。しかし、今年の4月10日に延期公演が開催されることになりました。私も地謡(じうたい)の一員として参加させてもらいますので楽しみです。


(※1)能楽 能と狂言からなる伝統芸能。起源は奈良時代にさかのぼるとされ、室町時代の観阿弥、世阿弥親子によって大成。「猿楽」と呼ばれた明治以前には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康ら時の権力者に愛され、江戸幕府の下では「武家の式楽」として重視された。国の重要無形文化財、ユネスコ無形文化遺産。

(※2)金春流 大和猿楽の流れをくむ能の流派。室町初期に金春禅竹が中興の祖となり、後に豊臣秀吉の庇護を受けて全盛期を迎えた。「四座一流」の中では最も古風な芸風を残す。現在の家元は81世金春憲和。

(※3)能 能楽を構成する歌舞劇。謡(歌・セリフ)と囃子(楽器)に合わせて演じられ、主役の「シテ」や相手役を務める「ワキ」などの演者に分かれる。現在は「四座一流」と呼ばれる観世、金春、金剛、宝生、喜多の5流派が活動。2000~3000曲の演目が作られてきたが、現行曲は200~300曲ほど。

※撮影協力:国立能楽堂

 

 

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