特に注目されるのは、「臨床宗教師」といった新たな宗教者の活動、そして医療従事者やエッセンシャルワーカーといった人々の心をケアする「傾聴」といった試みだ。宗派を超えてできることの模索――その先に見えてくるのは、やがてコロナ禍が過ぎた後も宗教者が担うであろう役割だ。
ここからさらに東北大において、「臨床宗教師」を育成する研修プログラムが、平成24(2012)年10月に設置されました。「臨床宗教師」とは、「様々な信仰をもつ人々の宗教的ニーズにこたえることのできる」専門職。研修プログラムでは「公共空間で心のケアを行うことができる宗教者」の養成が目指されたのです。
日本での「臨床宗教師」をめぐる動きは、実は震災前から続いているものでした。欧米ではかねてより「チャプレン」と呼ばれる、病院やホスピスといった施設で活動する、主にキリスト教の宗教者たちがいた。彼らの活動の内容は布教のためではなく、自分の死、あるいは愛する人の死に直面している人々などに対して、話を聞くことでスピリチュアルケアを行う、といったものです。
日本にも徐々に同様の試みが、キリスト教のみならず仏教などの宗教者たちの協力のもとで進んでおりました。それが東日本大震災を契機に、避難所や仮設住宅で被災者の方々へのスピリチュアルケアを行おうという動きの中で、「臨床宗教師」として東北大を中心に養成が行われるようになっていったのです(平成30(2018)年以降、一般社団法人日本臨床宗教師会による「認定臨床宗教師」の資格制度が始まっています)。
こうした仙台を中心にした取り組みの一方で、宗教者たちの情報を交換するネットワークの構築へ向けて、平成23(2011)年4月には「宗教者災害支援連絡会」が発足しました。これは主に東京を拠点にしたもので、そこに仙台の取り組みが伝えられ、さらなる情報や取り組みの共有が進んでいった。宗教学の研究者として情報収集や発信を行ってきた私も、これらの動きに連携、協力していきました。
そもそも、なぜこうした連携や情報共有が進んでいったのかと言いますと、そこには震災後に見えてきた課題の存在があります。宗教者の方たちは、現地に駆けつけて支援を行ったり、遺体安置所などに赴いて供養を行ったり祈りを捧げたり、といった活動を行ったわけですが、やはり各宗教の個別の取り組みだけでは社会全体へ波及していかない。また、政教分離の問題があり、行政とのかかわりが難しいということもありました。
そこで宗教者、そして宗教研究者も含めて、きちんと連携し情報を共有する。さらには行政へ要請を行う、交渉するといった場合も、個別の宗教ではなく連携して対応していく、という動きになっていったのでした。
結果として、たとえば昨年に相次いだ風水害においても、宗教者たちによる支援、そして行政との連携などが行われていきました。
とはいえ一部では宗教間での連携も試みられていて、その中にスピリチュアルケアの一種、相手の気持ちに寄り添い話に耳を傾ける、「傾聴」という活動があります。
たとえば、前編でも触れた世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会が後援となっている「感染症と闘う医療従事者の話を聴く会」では、公認心理師や臨床心理士といった心理専門職、そして臨床宗教師を含む傾聴の有資格者の方々が、オンラインで医療従事者への傾聴を行っています。
医療従事者のみならず、エッセンシャルワーカー――今回のコロナ禍で皆が外出自粛をしている中でも、社会の機能を維持するために現場で働きつづけなければならない労働者、こうした方々の心が折れてしまわないように、きちんと研修を積み知識のある宗教者たちによる「傾聴」の活動は少しずつ広がりつつあります。
傾聴活動を行ってきた宗教者たちの中には、「臨床宗教師」が制度化される以前から、たとえば電話や手紙で自殺対策の相談を行ったり、希死念慮を持つ人々のSNSグループを作って自助的に呼びかけ合ったり、といった活動をしてきた方々がいます。そうした経験を活かしながら、心のケアに取り組んできたわけです。
もちろん、アフターコロナの社会においては“場”の共有は難しい。しかし、医療従事者やエッセンシャルワーカー、さらには自粛状況の中でDVなどの暴力にさらされている人たちをどう支えていくか――宗教者がどのように状況を受け止めてかかわっていくか、ということが問われている。
黒﨑 浩行
研究分野
宗教学、宗教社会学、地域社会と神社神道、宗教と情報・コミュニケーション
論文
災害後の集落再編過程に見られる祭礼文化の包摂性(2021/02/14)
超高齢社会の到来と神社に関する意識への影響(2018/06/30)