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地域に根差した“日常”の一杯
今だからこそ、カフェのあるべき姿を見つめなおす
(みんなのアナログ VOL.11)

バリスタ 西谷恭兵さん

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バリスタ 西谷恭兵さん

2020年8月12日更新

 渋谷界隈で活躍する皆さんに、ご自身が大切にする「アナログなもの」についてうかがう「みんなのアナログ」。
 今回は、「コーヒーハウス ニシヤ」のオーナーバリスタ西谷恭兵さんです。「コーヒーハウス ニシヤ」は、平成25(2013)年にオープンしたカフェ。対面式のスタンディングカウンターやカウンター席は、イタリアのカフェ様式「イタリアンバール」にならったもの。
 注文を受けて1分足らずでエスプレッソを提供するのが本場の流儀です。「もっと素早く提供できますよ」と、西谷さん。たくさんのリピーターを生んだお店の「こだわり」をうかがうと、意外な答えが返ってきました。
 

 

――西谷さんは、どのような経緯でバリスタの道に進んだのでしょうか?

 幼少時代は、パティシエになるのが夢だったんですよ。高校卒業後に調理師学校へ進んだあと、念願かなってパティシエになることができました。就職先は、東京・自由が丘にある老舗の洋菓子店。ところが、喜んだのもつかの間で、アレルギーの関係から辞めざるをえなくなってしまったのです。
 その後、イタリアンレストランのコックを経て、フレンチカフェのギャルソンとして働くことになりました。そこではじめて、コーヒーを淹れる職人「バリスタ」の存在を知ったんです。一切の無駄がない流れるような所作で、エスプレッソマシンを使いこなすバリスタがとにかくかっこよくて。憧れの存在になりました。
 本格的にバリスタを志したのは平成15(2003)年から。東京の学芸大学駅や北青山にあるイタリアンバールで腕を磨きました。
 

――「コーヒー好きが高じてバリスタに」というわけではないのですね。

 そうですね。ほかのバリスタと比べたら、異色な存在かもしれません。じつは「コーヒーがすごく好き!」というわけでもないんです。缶コーヒーやコンビニコーヒーもよく飲みますしね。ニシヤのお客さんには、私よりコーヒーが好きな方もいらっしゃいます。
 紆余曲折しながら、職場を転々としてきましたが、飲食業界で働きたい気持ちはずっと変わらなかったのです。ひとつの偶然からバリスタの道に進みましたが、場合によっては今ごろ寿司を握っていたかもしれません。

 
目にもとまらぬ早さでエスプレッソを淹れる西谷さん。所作の美しさにも注目。
 
 
――とはいえ平成16(2004)年には「ジャパン バリスタチャンピオンシップ」(エスプレッソの質や淹れるときの所作などを競うバリスタの全国大会)で入賞しています。技術習得のスピードが驚異的です。
 
 業界に入って間もなく、10年後に自分の店を持つと決めていました。だから、ストイックに修業に打ちこんだつもりです。けれど、血のにじむような努力をした、というとちょっと大げさかな。もともとハマるとのめりこんじゃうタイプなんです。
 
抽出前にコーヒーパウダーを押し固めるための「タンパー」(左)とラテアートに使う「ミルクジャグ」(右)。
 
 
――現在の場所にお店を構えた理由を教えてください。
 
 物件のオーナーが修業していたお店の常連でした。私はまだまだ若手でしたが「もしお店を開くなら、使ってほしい物件がある」と、強くすすめてくれて。すぐに独立できる状況ではなかったので、結局2年半もお返事を待たせてしまいました。あとになって聞くと、私のために物件をずっと空けててくれたみたいで。その思いの強さにおどろかされました。
 
――物件周辺の環境について、どう思われましたか?
 
 北青山に勤務していたころは通勤路だったので、なんとなく馴染みはありました。ただ、駅チカとも言い難いし、正直なところお店を開くのはちょっと厳しそうだな、と。
 けれど、あたりを散策すると、街の知られざる表情が見えてくる。周辺はオフィスワーカーばかりだと思っていたのですが、文教地区ということもあり学生も多い。住宅街も近いため、ファミリー層もよく見かけました。華やかな渋谷駅周辺にはない、どこか庶民的な雰囲気にグっときたんです。
 


通りで目を引く、ネイビーの看板。涼しい日は、外のテラス席も人気。

 
 
 
――お店のコンセプトは、開業前から固まっていたのですか?
 
 はい。修業先の影響もあり、イタリアンバールでいこうと。そうは言っても、「イタリア色」を出したいわけではなく、あくまでも対面カウンターや立ち飲みといった「スタイル」を取り入れたかった。
 ドリンクは、本場にならってエスプレッソドリンクをメインにしていますが、軽食やスイーツは欧米寄り。各国の文化背景を取り入れてお店づくりをしています。
 
――あえて「イタリア色」を前面に出さなかったのですね。
 
 そうですね。マニアが集まる店になってしまうと、客層に偏りが生まれます。客層で店のカラーが決まってしまうと、一見さんは寄りつかなくなってしまうので、それだけは避けたかった。メディアが求めがちな飲食店の「こだわり」は、必ずしもお客さんのためにはならないのです。
 だから、私は「こだわりをもたない」のがこだわり。店の看板にも「イタリアンバール」と書いていませんよね。それは、先入観をもたずに老若男女が利用できるお店にしたいから。コーヒーが苦手な人のことも考えて、ココアやレモネード、ホットオレンジなども取り揃えています。
 
 
 
――メニューのラインナップも工夫しているのですね。
 
 メニュー表に並べたときの見栄えも意識しています。エスプレッソドリンクだけでは、全体的にトーンが暗めになってしまいますが、そこへレモネードのグリーンやレモンスカッシュのイエローが加わるとどうでしょうか。パっと華やかになりますよね? するとお客さんの期待値も上がるわけです。
 こうした視覚的なバランスにはかなり気を配っていて、メニュー表の差し色にするために取り扱っているメニューもあるほど。これだけ洗練されている店は、ほかにないと自負しています。
 カフェは、コーヒーを味わうことだけが楽しみではありません。料理の見映えやバリスタの無駄のない所作、さらにはエスプレッソマシンの操作音まで、視覚と聴覚でも心地よい空間を演出できるのです。
 
エスプレッソに砂糖とシェーク状の氷を加えた「エスプレッソ シェケラート」。
 
 
――昔ながらの喫茶店で出てきそうな「プレミアムプリン」も人気ですね。
 
 注目を集めはじめたのは、平成27(2015)年ごろでしょうか。SNSでたびたび写真が投稿されるようになり、若者を中心に情報が広がっていきました。そのとき初めて「バズる」という言葉を覚えましたよ。当時は、プリン目当てのお客さんが店の前に行列をつくることも珍しくありませんでした。なかには、海外からの旅行者も並んでいて、SNSの威力には驚かされました。
 角地の店舗に行列ができるものだから、遠くからでもよく目立つんです。昔から街を知っているお客さんやお店の人からは「景観が明るくなった」という声も聞こえてきます。
 
対面式のスタンディングカウンターは、イタリアンバールの特徴のひとつ。
 
 
――店を切り盛りするにあたって、周辺の飲食店との「共存共栄」をモットーにしているそうですね。
 
 店の目の前を通っている八幡通りは、喫茶店やイタリアン、寿司屋など飲食店が多いのですが、どこも業態が被っていないのがおもしろいところ。お客さんを取り合うこともありません。なんなら「食事のあとはニシヤさんに立ち寄ってみては?」といった具合に、お店同士で紹介しあうくらいです。私が近所の飲食店を利用することも多く、公私ともに仲良くさせてもらっています。
 こういった姿勢は、埼玉でスナックを営んでいる両親から学んだものですね。両親は商店街の中心人物で、同業者からの信頼も厚い。常連客の困りごとにも親身になって対応します。そうやって地域に根差すことこそ、飲食店のあるべき姿なのだと思います。
 
――しばらく続いている外出自粛ムードで、飲食店は苦しい状況にありますね。
 
 これまでは、多いときで一日150人近い来店がありました。そのうちの9割がインターネットや口コミを通じてお店を知った一見さんです。
 しかし、2月ごろから状況はガラリと変わりました。一見さんがまったく来なくなり、残った一割の常連さんたちに支えてもらっている状況です。
 当然ながら売り上げは落ちていて、苦境に立たされています。今後の見通しも不透明です。しかし、忙しさにかまけて見失いかけていた「原点」を見つめ直すこともできました。
 
――近隣の人にとっても、「ニシヤ」はありがたい存在なのでは?
 
 そもそもカフェって「日常」のなかにあるべき存在なんです。多くの一見さんに助けられてきた私がいうのもなんですが、わざわざ遠出してカフェに行くのは、もはや「特別」なことですよね。果たしてそれでいいのだろうかと、ちょっと違和感を覚えていたところに、今回の自粛ムードが起こりました。
 今はだれもが「特別」を手放さなくてはならず、危機感とも隣り合わせ。そんななか、バリスタの私にできるのは周辺の方々にホっと一息つける「日常」を提供すること。こういうときだからこそ、地域に深く根を張りたいですね。
 
 
 
<経歴>
西谷恭兵 にしや・きょうへい
 埼玉県出身。パティシエ、コック、ギャルソンを経て、コーヒーを注ぐ職人「バリスタ」を志す。平成15(2003)年、東京・学芸大学前駅近くのイタリアンバールに務め、バリスタの技術を磨く。平成16(2004)年、ジャパンバリスタチャンピオンシップで準優勝を果たす。平成25(2013)年に独立し、渋谷に「コーヒーハウス ニシヤ」をオープンする。
 
 
 
 
取材・文:名嘉山直哉 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學
 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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