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誰のためのスポーツツーリズムか
想像力のあるインナー&アウター政策を

スポーツとビジネスを“契約”と“観光”の視点から考える 「結果を出せばいい」で終わってはいけない Part.2

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人間開発学部健康体育学科 准教授 備前嘉文

2020年6月23日更新

 スポーツツーリズムという考え方が脚光を浴びつつある。
 例えば、日本各地で行われるマラソンイベント。地域の特性を活かし、国内外からの参加者を増やすことで、インバウンド対策、健康対策、地域活性化対策など、スポーツをエンジンにしてさまざまな波及効果をもたらそうという狙いがある。
 地方都市はスポーツツーリズムを利用して、地域に横たわる課題を解決しようと試みているが、本当にスポーツは地方の救世主となりうるのか ──。
  「その地域のためとなる地域資産形成型の政策、インナー政策をおろそかにしないこと。地域外から人を呼び込むアウター政策ばかりに気を取られていると、スポーツツーリズムの成功は難しい」とは、 人間開発学部 健康体育学科の備前嘉文准教授の言葉だ。スポーツとビジネスの関係性を“契約”と“観光”の視点から考える当企画。後編は、“観光”の視点からスポーツの可能性を探る。
 
 
 
 
 スポーツツーリズムという横文字だけを目にすると、あたかも昨今登場した方策のように見えるが、実は昔からこういった考え方は定着していると、備前先生は説明する。
 「スポーツツーリズムは、スポーツを通じた観光を意味します。スポーツには、“する”“見る”“支える”という三つの側面がありますが、それぞれが観光的要素を持っています。例えば、プロ野球の春キャンプを見に行くために九州に行くとします。当然、旅行費や食費など、旅先で多くのお金を使うため、その地域にお金が落ちますよね。あるいは、学生たちが合宿でその地を訪れるケース。冬はスキー客でにぎわう反面、グリーンシーズンはなかなか集客が見込めませんが、そういった合宿を誘致することができれば大きなプラスになります。こういった取り組みもスポーツツーリズムと言えますから、スポーツと観光というのはとても相性がいいんですね」
 
 
 
 
 観光立国を目指していた日本は、平成23(2011)年、「スポーツツーリズム推進基本方針」を策定。現在、日本はインバウンド(訪日外国人)に対して、「2020年に4000万人を突破」することを掲げているが、その一翼としてスポーツツーリズムに力を注ぎ始めた背景を持つ。平成24(2012)年には、各自治体がスポーツツーリズムに取り組みやすくするための窓口、一般社団法人日本スポーツツーリズム推進機構が設立されているほどだ。
 スポーツで一体どれだけの効果を生み出すことができるのか? そんな風に眉をひそめてしまう人もいるに違いない。ところが、定着しようものなら、その効果はばかにならない。
 「毎年12月に行われているホノルルマラソンの参加者は、2万5000人ほどですが、実はその半分は日本人です。渡航費、滞在費、食費などを考えれば、とてつもないお金がハワイに回ることになります」
 それだけの人数を滞在させることができる宿泊施設の数にも圧倒されるが、「参加したくなる」という心理を鑑みた設計を知ると、さらに膝を打ってしまう。
 「ホノルルマラソンは、ゴールの制限タイムがありません。極端な話、42.195 kmを歩いてもゴールできてしまう(笑)。ですから、マラソン初心者にとっては非常にハードルが低く、参加しやすい。さらには、リゾート地・ハワイでマラソンを完走する、ホノルルマラソン協会から証明書をもらえる、といった達成感も得られる。“あこがれのマラソン大会”としての環境条件づくりが整えられているわけです。スポーツツーリズムならではの、妙と言えるでしょう」
 
 
二次、三次的な波及効果をもたらすスポーツツーリズム
 
 応援していた野球選手やサッカー選手の海外移籍に伴い、日本人が海外へ応援ツアーに訪れることもスポーツツーリズムだ。日本人が欧米に行くケースに加え、昨今はアジアの外国人が、日本で活躍する自国選手を応援するために訪日するケースも目立ち始めている。
 「Jリーグ・北海道コンサドーレ札幌に移籍したタイ人のスタープレーヤー、チャナティップ・ソングラシン選手を見るために、多くのタイ人が北海道へ訪れるようになりました。現在、Jリーグはアジア(特に東南アジア)で高い人気を誇り、多くの人がテレビやネットを通じてJリーグを見ています。アジア進出を考えている、アジアでビジネスを手掛けている企業にとって、彼らの応援する選手が所属するチームのスポンサーになることは、大きなメリットがあります。スポーツツーリズムは、こういった波及効果も生み出すことができる」
 アイス「ガリガリ君」で知られる赤城乳業はコンサドーレ札幌と提携し、タイにおける同商品の広告に、チャナティップ選手を起用したほど。また、ニセコ(北海道)や白馬村(長野県)などは、世界でも屈指のパウダースノーという性質を活かし、積極的にプロモーションを展開。世界中からスノースポーツファンが訪れるまでに成長し、今なお進化を続けている。
 「利潤を生み出すことができれば、先行投資が可能になります」と教えるように、スポーツツーリズムが集客エンジンとなるだけでなく、収益エンジンにもなることで、地域の活性化につながるというわけだ。
 一方で気になるのは、「何もない地域はどうすればいいのか?」ということ。目玉となる自然環境があるわけでも、地域を代表するチームがない場合は、スポーツツーリズムの算段はつかないのではないか? だが、「アイデア次第」、そう備前先生は朗笑する。
 「例えば、武道。外国人は、日本=侍というイメージを持つ方が少なくない。
 福島県は剣道が盛んな地域ということもあって武道ツーリズムを展開しています。自分たちの伝統や文化を発信できるかが大事であって、スポーツ性に特化する必要はないんですね」
 “ない”ではなく、“あるものをどう活かすか”──。なんでも大阪では、「大阪城トライアスロン」なる大会があるそう。驚くことに、スイムは大阪城の濠で行われ、「大阪城を仰望しながら、濠で泳いでみたい」と国内外から大きな注目を集めているという。
 
 
旅行が多様化するからこそオリジナリティが問われる
 
 昨今、インバウンドは団体旅行だけではなく、FITと呼ばれる個人旅行数も急増している。観光庁「訪日外国人消費動向調査」によれば、爆買いを筆頭にかつては団体客のイメージが強い中国からのインバウンドも今やFITが逆転。平成24(2012)年、全体に対する個人手配旅行比率は28.5%だったが、平成29(2017)俊には60%に達しているほど。それだけ旅行の楽しみ方は、多様化していることがうかがえる。
 
 
(中国観光客の個人手配(観光庁「訪日外国人消費動向調査」より)
 
 
 「15000人ほど参加されるのですが、台湾や香港からも200人くらいのランナーが参加します」とは、奈良県の奈良市・天理市で開催される大規模な市民参加型マラソン「奈良マラソン」で毎年ランナー調査を実施している備前先生の証言。かつてのように物見遊山型の旅行ばかりが求められる時代ではなくなった。
 「もちろん、何もしなかったわけではありません。奈良マラソンの実行委員会が、台湾で開催されているマラソン大会とタイアップして現地でプロモーション活動を行ったことが、今につながっています。前編で、アスリート自身が価値を高めるための魅力を発信していかなければいけない──、とお話しましたが、スポーツコンテンツも同じです。参加することによってどんな体験が得られるのか、そういったことをリレーションシップを築きながら発信していかなければいけません」
 
 マラソンに参加したランナーたちが周辺にもお金を落とすことで、奈良マラソンの経済効果は13億円という数字に上る。開催にかかる費用は約3億円。実に、リターンとして3~4倍の価値を生み出していることになる。
 
 
提供:奈良マラソン実行委員会事務局
 
 これだけ聞くと、何やらおいしいこと尽くめのスポーツツーリズムだが、もちろんそんなに甘くはない。「マラソンのように、何か特別なものがなくても人を惹きつけるスポーツツーリズムはできます。その一方で、“流行っているからうちも真似する”といったマインドでは成功はあり得ない」と指摘するように、その地域の文化や魅力と向き合い、いかにしてその地域だけのオリジナリティを作るかを探らなければいけない。
 「スポーツツーリズムは行政が中心となって行うことが多いのですが、中期的、長期的なビジョンをきちんと持つことができるかどうか。どうしても行政は、年間予算で考えるところがあるので、短期的な計画やリターンに重きを置いてしまう」
 
 
インナーとアウターの両輪あっての地域活性化
 
 加えて、利潤が出てから投資をするという考え方も根強い。一例を挙げれば、トイレ。たくさんの人が来て予算に余裕が生まれてから設置すればいい……などと考えそうなものだが、訪れた観光客が不便さを感じてしまえばリピーターにはならない。中期、長期のために先行投資をするといった発想も必要となる。
 「マーケティングの思考力が欠かせません。女性やインバウンドが何を求めているのか、どんなケースが起こりうるか。そういったことを思考すれば、自ずと必要なものが見えてきますよね」
 その上で、「地域外から人を呼び込むアウター政策ばかりに気を取られていると足元をすくわれる」と釘を刺す。
 「スポーツツーリズムの問題の一つとして、 地域住民との関係性があります。観光客は増えたかもしれない。しかし、地域のルールを無視するような外からのお客さんも増えてしまえば、そこに暮らす人々はたまったものではありません。スポーツツーリズムを通じて地域を盛り上げることを考えたとき、地域は誰のためにあるのか? と思案することを忘れてはいけません」
 その地域のためとなる地域資産形成型の政策、インナー政策をおろそかにしないこと。そう備前先生は力説する。
 「地域の住民たちの生活をいかに幸福にしていくか、がインナー政策です。地域外から人を呼び込むアウター政策、観光対策ばかり考えて、インナー政策を置き去りにすると、必ず齟齬が生じます。人が増えすぎて不便になったため引っ越しました……そういった地域の人が増えてしまえば、地域そのものの存続が危ぶまれます。アウター政策によって潤ったお金を、教育や福祉など地域のために還元する、気持ちよく地元の方々も参加できる、そういった仕組みを作らなければ一体感は生まれません」
 
 
 
 
 
 せっかく訪れたのに、町の雰囲気が悪ければ魅力は半減してしまう。スポーツツーリズムは、インナーとアウターの両輪が機能して、はじめて前に進むことができる。
 「地域が豊かだから、外から来た人はその地域に魅力を感じる。スポーツツーリズムは起爆剤になりえる可能性を持っていますが、誰のためのなのか、想像力を膨らませて考えてほしい。スポーツツーリズムは、地域のための処方箋でもあるんですよね」前編はこちら
 
 
 
 

 

備前 嘉文

研究分野

スポーツマネジメント

論文

都市型市民マラソンにおけるスポーツ消費者行動 : コロナ禍でマラソン大会参加者はなぜ減ったのか?(2023/06/20)

Exploring the Effects of COVID-19 on Motorcycle Riding Patterns and its Importance(2023/01/30)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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