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『現代日本方言大辞典』の編纂を通じて、首都方言に関心を持った 久野マリ子先生

久野マリ子名誉教授 前編

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名誉教授 久野マリ子

2020年6月11日更新

  
 「首都圏方言」と聞いて、あんまり聞いたことがないと思う人も多いだろう。東京なのに方言?首都圏なのに方言? この不思議な感覚に、私たちが普段何気なく話している「言葉」の面白さ、人が一生をかけて突き詰めたくなるような魅力が潜んでいる。
 久野マリ子・名誉教授は今、この「首都圏方言」を探究している真っ最中。前後編にわたるインタビューではまず、日本各地の「方言」に魅せられていった日々を語ってもらった。方言によって動植物の名づけ方が違うということは、その方言によって表現される社会が違うということ──。ニコニコと笑顔を浮かべながら案内してくれた“言葉の森”は、瑞々しさに満ちている。
 
 
 
 
 私の現在の関心は「首都圏方言」というものです。ただ、実は当初から東京や首都圏の言葉というものに興味を抱いていたわけではなく、全国の言葉を調べるうちにたどり着いたテーマなんです。
 大学院を出た私は、國學院大學の日本文化研究所で働くようになりました。仕事は、その後平成4(1992)年に刊行された『現代日本方言大辞典』(平山輝男他編、明治書院)の編集とそれに付随する研究でした(註:同辞典は正確な発音とアクセントを記録し全国同一の項目で調査した画期的な辞典として毎日出版文化特別賞を受賞)。
 17年という歳月をかけた臨地調査によって23万語を収録した辞典です。私はこの調査表の2500くらいの項目の整理と補充調査、全国の研究者の先生に調査をお願いし、いただいたデータを整理する、ということをしていました。
 
 
 
 「この項目は、日本各地で何ていうのかしら……?」と項目を考え、採用されると、全国47都道府県の専門家の先生方からバーッとデータをよせて頂ける。しかも各地方言の意味は複雑で、たとえば「頭」という言葉を標準語で考えても、「頭が良い」と「頭が痛い」では、「頭」が意味するものが違いますよね。対象を全国の方言に広げれば、意味もアクセントも、文法の体系までもと枝葉が広がっていく。方言ごとの国語辞典をつくるに等しいような、大変ですが、とても面白い仕事でした。
 私自身は、日本文化研究所や文科省の科研費のプロジェクトで方言調査団を組んで方言基礎語彙の臨地調査に行きました。初めて行ったのは、奈良県の南半分くらいをしめる山深い地域である十津川村です。20日間くらいかけて、朝9時から夕方5時まで、たくさんのお年寄りにお会いして調査をしました。知らない土地に出かけて話者に頼んで長時間教えていただくというだけでも大変ですから、最初は思い通りの結果が得られず泣きそうになりましたが、やがて神様のような話者にであい、順調に調査が進んでいくと方言語彙研究の面白さにも気づいていったのです。
 それはつまり、そこで生活している人々の世界が、方言で表現されている ── 方言でこそ表現できる世界がある、ということです。初めに言葉ありき、ではないですが、名前の付け方、世界の切り取り方が違うんですね。
 たとえば、「スズメ」のことを何というのか尋ねたとき、話者のお年寄りは「スズメ」だとおっしゃる。ああ、標準語と同じなのだと思い、「窓の外あたりを飛んでいるあの鳥ですよね」というと、「いや、違う」と。
 「えっ、じゃあスズメは何のことなんですか」と聞くと、山に生息しているものを「スズメ」といい、家のそばを群れて飛んでいるのは「イタクラ」と呼ぶのだとおっしゃったんですね。日本には「スズメ」と「ニュウナイスズメ」の2種類のスズメが生息しているらしくて、都会ではスズメは1種類しか見かけないので「スズメ」だけですが、十津川村ではこの2種類を違う名前で言い分けていたわけです。
 頭の中ではそういうことはあるだろうとわかっていても、実際に目の前で聞くと、驚きますよね。この土地で暮らす人々は現地の方言体系の中で暮らし、動植物などを独自の基準で切り取って名前をつけ、表現していく。方言ごとに独特の世界というものがあるわけです。こうしてさらに、方言の世界にのめりこんでいくことになりました。
 
 
 
 
 それからも団体調査で、東北は秋田市、青森市と八戸市(これらを北奥羽方言とよぶ)、北琉球では徳之島や沖永良部島、南琉球では宮古諸島、波照間、与那国方言などを調べていきました。20年弱の時間をかけてようやく世に出た『現代日本方言大辞典』へと組み込んでいきつつ、そうした世界の途中で私自身の興味がわいてきて、自身の研究を深めていくようになっていったのでした。
 僻地や離島の方言を調査するとなると、集落にはだいたい数百人の方々が住んでいるわけですが、そのうち100人~200人ほどの方々にお話を伺えば、おおよその方言体系がわかってきます。方言調査の話者は調査項目によって向き不向きもありまして、語彙にかんしては物知りな方が向いていますし、一方で文法や音声の調査に適している方もいる。現地で生まれてご両親もその方言の話者である環境で育った“典型的な話し手”の方を探していきます。成果は後年、『日本方言基礎語彙の研究』(おうふう、2005年)にまとめました。
 そうやって地方をめぐっていくうちに、ハッと気づいたのです。東京には「東京方言」というものがあるけれど、それはどこからどこまでの地域に分布している言葉のことを指しているのだろう、典型的な東京方言の話し手はどこにいるのだろう……と。
 ここから私は一転、東京、そして首都圏の言葉に魅せられていくようになります。またとっても面白いテーマなのですけれど、それは後編でお話しいたしましょう(後編につづく)。
 
 
 
 
 
久野 マリ子
研究分野
日本語学、方言学、音声学
論文
高校生の「全員」「原因」「店員と定員」の発音と意識(2018/11/15)
首都のことば-新東京都言語地図から-(2018/08/10)
著書
日本のことばシリーズ33 岡山県のことば(2018/10/10)
新 東京都言語地図 音韻-平成初めの東京のことば-(2018/03/01)
 
 
 
 

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