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アジアを駆け巡る「鼠」

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文学部准教授(特別専任) 服部 比呂美

2020年1月21日更新

 十二支の最初の「子(ね)」は鼠とされている。鼠と人間との関係は、日本では『古事記』に特別な動物として登場する。それは、白鼠が大国主に地下の空洞を教えて救う物語である。一方、口承の文芸として庶民に伝えられた昔話「鼠浄土」では、地下の鼠の浄土に団子を追いかけて入った正直爺に鼠が財宝を与えている。こうした物語からは、日本人にとって鼠は害獣ではなく、地下世界に住む霊力を持つ動物であると信じられていたことがわかる。

 鼠をヨモノ、ヨメサマ、ウェンチュ(上の人)などの忌み言葉で呼ぶ習俗は各地にあった。柳田国男は「鼠の浄土」(『海上の道』所収)の中で、沖縄では鼠が海の彼方にある「ニライカナイ」にいる「テダの神」の子(孫)であると考えられ、このことが鼠を忌み言葉で呼ぶ背景にあることを指摘する。ここでも鼠は神秘的な「ニライカナイ」の存在となっている。

 白鼠が吉祥として朝廷に献上されていたことは、『続日本紀』をはじめとする史書にも見えるが、江戸時代には、鼠が擬人化された出版物が無数に作られるようになった。中でも見合いから結婚、さらに出産までを描いた「鼠の嫁入」は、赤本、黄表紙、黒本・青本などのさまざまな草紙類に登場している。このことは18世紀前半に江戸の町で大流行する大黒天の信仰ともつながり、鼠は大黒様の使者として福をもたらすものとなっていった。

 ところで、中国では鼠は「老鼠」と呼ばれている。鼠は大晦日の晩に嫁入りするものと信じられ、子どもたちは「早く寝ないと老鼠倣親(鼠の嫁入)が出来ない」と寝かしつけられた。また旧暦の1月15日の晩は、大晦日の晩に結婚した鼠の聟を迎える日であった。新年用の版画「年画」にも「鼠の嫁入」は好んで描かれていることから、中国でも鼠は祝儀性の高い動物と考えられていたようである。ベトナムの旧正月の縁起物として欠かせないバクニン省の「ドンホー版画」にも「鼠の嫁入」の画題があり、ここには行列を邪魔する猫に貢ぎ物をする鼠が描かれている=写真

『TRANH DÂN GIA DÔNG HÔ‘ DONGHO’S FOLK PAINTINGS』より

 さらにインドでは、鼠はヒンズー教で財宝を守る神であるガネーシャ(歓喜天)の乗り物であり、隠れた宝を探し出す役割を担っている。

 このように、アジアでは福の要素を強く持った鼠はのびのびと駆け回っているように感じられる。

 

 

 

服部 比呂美

研究分野

民俗学

論文

「「郷土食」から「共感食」へ 山形県内の笹巻と民俗から」(2023/07/10)

「粽と柏餅」(2019/11/01)

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