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近世の新嘗祭を図入りで描いた貴重な資料

「新嘗祭」神嘉殿図(神道文化学部所蔵)

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研究開発推進機構PD研究員 木村大樹

2019年12月22日更新

 本年11月14・15日、皇居東御苑にて大嘗祭の悠紀殿供饌の儀、主基殿供饌の儀が執り行われた。大嘗祭とは天皇が皇祖の天照大神に対して、即位後に初めて自ら神饌を供える祭祀である。これは一代に一度限り行われる祭祀であるが、翌年以降の毎年同日(明治6〈1873〉年以降は大嘗祭の斎行とは異なる11月23日)には新嘗祭が行われこととなる。

「新嘗祭」神嘉殿図(神道文化学部所蔵、図下側が北)※無断転載を禁じます

 古代以来の新嘗祭は後花園天皇の寛正4(1463)年から280年近く中絶した。新嘗祭としての本格的な再興は、近世の桜町天皇の元文5(1740)年に果たされている。

 今回紹介する神道文化学部所蔵「新嘗祭」は、近世の新嘗祭における、主に当日の次第について記された資料である。冒頭には、寛政3(1791)年に再建された神嘉殿の内部の設えを描いた右図を含め、清涼殿や紫宸殿など計4点の彩色図が載せられる。本図の神嘉殿は、宮内庁書陵部所蔵「新嘗祭神嘉殿敷設図」などの資料と概ね同様の構造を示しており、東西の間数などの構造や用法が平安時代以来の神嘉殿とは若干異なっている。

 大嘗祭と比べて、新嘗祭に関する絵図が描かれた資料はそこまで多く残されているわけではない。正確な成立年代は不明であるが、彩色図や朱筆が施された本資料は、新嘗祭の次第の理解に有用といえよう。学報連載コラム「未来へつなぐ学術資産研究ノート」(第7回)

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