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グローバル時代に日本文化を学ぶ価値とは?

“日本”を学びたい人が、真っ先に選ぶ大学でありたい

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國學院大學 学長 赤井益久

2017年3月30日更新

いま、日本でもグローバル化が急速に進み、各企業は世界で活躍できる若者や、将来を支えるリーダーを求めています。そのため、大学もそれらの人材を輩出するべく、国際的な目線でカリキュラムを構築し、教育を行っています。

しかし日本における最大のグローバル化は、幕末から明治維新の時代とも言われています。そして1882年(明治15年)の創立当初から国際化を見据えて、学生の育成に励んできた國學院大學は、いま「慮い(おもい)」「標(しるべ)」などの言葉を掲げています。あまり馴染みのない漢字だけに、一見、どういう意味があるのかと不思議に思うかもしれません。それらの漢字に込めた思いとは? そして、國學院大學が考えるグローバル化とは? 赤井益久学長にお聞きしました。

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「神社ってなに?」の問いかけに答えられますか? 自分の国を知ることがグローバル化につながる

―近年、大学の「グローバル化」というキーワードをよく耳にするようになりました。学長はこの変化をどのようにお考えですか?

赤井益久学長(以下、赤井):最近、グローバル化についての考え方が一人歩きしていて、大学もそれに翻弄されていると思います。グローバルの意味を、「積極的に海外に出ていくこと」や、「ある特定の世界基準や規範にみんなが合わせること」と考えるかもしれません。

しかし、それだけでは不十分です。あくまでも世界はローカル、つまり「地域」の集合によって成り立っているからです。それぞれの国や地域の価値観が集まることで、多様性が生じ、グローバルという新しい価値観が生まれます。つまり、ローカルとローカルを構築したうえで、グローバルという概念が成り立っているのです。そう考えると、自分の国の価値観を知らずに世界との関係を築くことはできませんし、真の意味でのグローバルにはなりえません。

―日本の大学が取り入れている「グローバル化」は、たとえば外国語科目の充実や、海外の企業・大学との共同研究などを盛んに行うことを指していると思います。國學院大學の取り組みは、それとは少し違うということですか?

赤井:もちろん、英語を勉強したり、異文化を理解したりすることは大事ですので、國學院大學でも、それらに力を入れています。しかし、異文化を学ぶ前にまずはローカルである母国語をきちんと話し、読み、書けることが重要です。海外で現地の人と交流すると、自分の国の文化について質問される機会が多いでしょう? そのとき、「神社ってなに?」「なんで日本人は生の魚を食べるの?」といった質問に答えられないようでは、真の国際・異文化交流は成り立ちません。

―そもそも「グローバル化」とはなにか、私自身もわかっていませんでした。國學院大學において、それは自分を知ることで他者との関わりを模索するということなのですね。

赤井:海外での活躍を目指すのは、もちろん良いことだと思います。実際、政府が号令をかけるまでもなく、多くの企業はすでに海外に進出しているわけです。だからこそ、海外の言葉や異文化だけでなく、自分の国についてよく知ることが、本当の意味でのグローバリゼーションだと私は考えています。

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国法・国文などの研究教育機関として始まった國學院が、人文・社会科学系の「標」となる

―國學院大學の「研究教育計画(中期計画)」には、「標(しるべ)」と「大人(おとな)」という2つの言葉がありますね。これにはどのような意味があるのでしょうか?

赤井:5年に一度、本学では中期計画・中期目標を定めた「21世紀研究教育計画」を公表しています。これを決める学内会議が昨年行われたのですが、そこでは「世界をリードする大学」、「大学のリーダー」などのキーワードが挙がりました。しかし私は、国史・国文・国法の研究教育機関として始まった國學院らしく、伝統のある和語を使いたいと思いました。

「リード」という言葉は日本語で「導く」「指標」という意味です。ただ、「導く」だといささか自慢気ですし、「指標」だと具体的な数値目標を指し示すように感じてしまう。そのため理念として大学全体で共有しやすいように、抽象的ですが「慮い(おもい)」や「基い(もとい)」と調和する言葉を探しました。そこでぴったりだと考えたのが、「標」です。

―なるほど。では、もう一つの「大人」に関してはいかがですか。

赤井:大学は有為な人材を養成することを求められています。そのため、「國學院大學の卒業生はどのような人材ですか?」と聞かれたときに、一言で答えられるものを探していました。本学が創立から135年以上にわたって目指してきたのが、「自立し、主体性をもった日本人」を輩出することです。そこをヒントにして考えついたのが「大人」です。これは生物学的な意味ではなく、日本人としての教養を身につけ、日本人としての分別をわきまえた人を「大人」と考え、定義しました。

「標」もそうですが、「大人」もこのように少し説明しなければわかりにくい言葉かもしれません。しかし、それもじつは狙いの一つでした。あまりにもわかりやすい言葉だと、意味を考えてもらえない。そこであえて引っかかってもらおうと考えたのです。「大人ってどういうことだろう?」と。

―「大人」という言葉を再定義することで、新たな価値をつくっているのですね。そして近年、「国公立大学の文系学部は必要ないのでは」という議論がありました。國學院大學は文系学部に特化した大学ですが、これについてどのように思いますか?

赤井:2015年6月、当時の文部科学大臣が、国公立大学の全学長に「国公立大学は目的養成系だけにするとよい」とも捉えられる内容を通知しましたね。目的養成系というのは、たとえば医学、福祉、看護、教育など、卒業後に資格が取れて、職業に直接結びつく教育課程をもつ学部のことです。

そこには属さない哲学・文学・歴史・宗教学・倫理学といった文系の学科は不要と見なされるようになり、2016年だけでも25の国公立大学が人文科学系学部の縮小などの改組を計り、統廃合しました。しかし「文系の知」は理系の仕事にも活かされるはずです。医師が生命倫理のことを知らなくていいのでしょうか? 教育者が文学のよさを知らなくていいのでしょうか? そんなはずはないですよね。

とはいえ、少子化によって学生の確保が難しいいま、国公立大学には文系を展開していく余裕がない。そうであれば、哲学・歴史・教育・文学・宗教学・民俗などの研究教育を135年あまり培ってきた本学がそれを担っていこう。そのような理由で私たちは、人文・社会科学系の「標」となる存在であろうとしているのです。

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日本文化を重んじる大学だからこそ、グローバルに対応できる人材を育成できる

―その考えは、2008年に國學院大學が発表した基本方針の「3つの慮い(おもい)」にある「伝統と創造の調和」「個性と共生の調和」「地域性と国際性の調和」にもつながっていくのでしょうか?

赤井:はい。「3つの慮い」は私が副学長に就任した2007年に考案したのですが、まさにいまお話しした考えと関連しています。この「慮い」は配慮の慮という字です。そもそも神道には、相手の立場を慮り(おもんぱかり)ながら自分の立場を調和していくという考えが基本にあります。つまり、すべては「慮る」ことから始まるのですね。「おもう」という字は「思う」や「想う」と表すのが一般的ですが、「慮」という字を使うことにしたのは、そのような意図があります。

「3つの慮い」はそれぞれ異なる意味をもちますが、すべてに通底しているのが、この考えです。神道系である國學院大學だからこそ、相手のことを慮る人材を輩出することができると考えています。そして、そのような人材は、グローバル化した世界においても非常に必要とされるはずです。

―自己主張するだけでもなく、相手の話を傾聴するだけでもなく、相手の立場をわかったうえで自分の立場もきちんと主張するということですね。

赤井:日本の伝統的な文化や考え方、学問的成果を継承していくのが、國學院大學の使命です。そして文化継承に新たな価値を創造していくのが、「3つの慮い」の1つ目「伝統と創造の調和」です。2つ目の「個性と共生の調和」は、本学の母体である皇典講究所初代総裁・有栖川宮幟仁親王の告諭にあります、「人間にはそれぞれ生まれもった個性がある。そしてその役割を果たすことが人それぞれの使命である」という建学の精神に由来します。人は一人では生きていけません。誰もが人と関わりながら、共同体のなかで生きています。そして最後の「地域性と国際性の調和」とは、まさにグローバル化についての話なのです。

神道系大学として、世界最先端のジャパノロジーを目指す

―それでは「グローバル化」はローカルの上に成り立っていると提唱する学長は、いまの社会と教育の場をどのように見ていますか。

赤井:1991年に文部科学省が「大学設置基準」の大綱化(規制緩和のこと)を行い、私立大学や学部の数が急増しました。しかし厚生労働省の人口動態調査でも報じられているとおり、18歳人口は年々減っていきます。現在、日本の国公私立大学は700校近くあり、なにもしなければ学生を確保できない状況で、大学間競争が激化しています。

一方、企業が近年、新卒社員に求めるようになったのは、「社会人基礎力」や「コミュニケーション力」です。その二方向からの要請により、大学はいかなる個性と独自性を有するのかを社会に対して説明する責任があり、そのための組織のあり方を明確に打ち出す必要があるのです。

―國學院大學には、日本の伝統を受け継いでいくという道筋が明確にありますが、それはほかにはない個性ですよね。

赤井:いま世界には、日本の文化などを研究する「ジャパノロジー」という学問があります。國學院大學はこれまで日本の伝統や文化を継承し、学術として研究・教育してきました。ですから、「ジャパノロジーといえば國學院」という存在価値をもち、日本文化を勉強したい海外の人が、真っ先に選んでくれるような大学でありたいですね。

―学生や卒業生のみなさんは、「國學院らしさ」を理解されているのでしょうか?

赤井:いま、40歳前後の卒業生に國學院大學についてアンケートを取っているのですが、そこでは、卒業したあとに大学のよさを知る人が多いという結果が出ています。在学中は同年代ばかりですが、卒業するといろいろな人と関わります。そこで、在学中に神道や日本文化を習得したことが社会の役に立っていることを実感し、大学のよさを知るわけです。実際、答えてくれた多くの卒業生は「いままでどおりの國學院であり続けてくれ」と言ってくださいます。

―すぐに成果の出る目的養成系の学部とは違う、人文・社会科学系のよさですね。卒業後の進路といえば、國學院大學は「就職率が上昇した大学ベスト100」で1位を獲得(2013年)したとか。なにか特別な取り組みをされているのですか。

赤井:2016年から、200社以上の優良企業の採用担当者をお招きし、2か月間に渡る業界セミナーを開催しています。本学の学生のみに向けて会社説明会をしてもらっているのです。

優良企業というのは規模の大小では判断できません。小さくても、何百年と続く企業はあります。現在、本学の就職率は94.7%と高いスコアを示していますが、それ以上に大切なことがあります。それは、学生が就職した後に満足しているかどうかです。マッチングの質向上に取り組むことで、数字には表れない「満足のいく就職」ができるはずです。今後はさらにその質を向上させたいと思っています。

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学長はただの経営者になってはいけない。「教える」の意味を忘れないために教壇に立つ

―先ほど和語についてお話しされていましたが、学長は中国学会・中国古典学会の理事も務めていらっしゃいますよね。学生時代から古典に興味があったのですか?

赤井:高校時代の私は古典、とりわけ漢文が好きでした。異色ですよね(笑)。世界史にも登場する中国最初の歴史書『史記』など、漢文の作品に興味をもちやすかったのです。大学では東洋文化を専攻しました。

―学生のときは将来について考えることはありましたか?

赤井:大学院を修了してすぐに、國學院大學文学部の非常勤講師から専任講師となりましたので、比較的若い頃から大学で教える立場にいました。学長に就任してからもう長い間、大学経営に携わっていますが、じつはいまでも週に1回、大学院で「中国文学研究」という授業を担当しています。

もちろん学長は授業をやる必要はありません。けれども、授業をしなくなった途端に、教える立場の気持ちを忘れてしまい、ただの経営者になってしまう。現場を知ることは教育機関の責任者である限り大事なことだと思います。それに、自分も教員であるからこそ、ほかの教員に対して、ときには厳しく指導ができるわけです。

―学長自身もプレイヤーであるからこそ理解できること、指導できることがある、ということですね。

赤井:そうです。現場の人たちも「教員として現場を知っている人から言われるのであれば」と感じるのではないかと思います。上意下達の論理だけで動いているように見える組織でも、根幹には人間対人間の気持ちの交差があります。教育機関というのは、そもそも人間を直接相手にする場。指導、運営する側も相手のことを考える、慮ることが一番必要なことです。経営合理主義だけではうまくいかないものです。

そして大学というのは、学生や教職員、研究員などが集まってそれぞれが相手を慮ることでつくられている組織です。時代によって社会や学生の環境が変化するなかでも、われわれは常に高い次元を目指していかなければならない。この考えはいつの時代も変わらないものであり、建学以来のミッションでもあると思っています。

赤井 益久

1950年9月6日生まれ。國學院大學学長・國學院大學文学部教授、博士(文学)。1976年に早稲田大学第二文学部東洋文化専修卒業後、1983年に國學院大學大学院文学研究科博士課程後期満期退学。2011年4月に國學院大學学長に就任し、現在に至る。本学以外では中国古典学会理事、日本中国学会理事も務めている。

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