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社会科学の理論はどのようなメカニズムで変化しているのか 社会科学と社会のつながりの歩みを紐解く

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法学部 教授 茢田真司

2019年4月30日更新

 普段の仕事やビジネスの現場で、「データを示せ」「エビデンスは?」と問われた経験を持つ人は少なくないだろう。しかし、その「科学的」な立ち位置自体がどのように成り立っているのか、あるいは、そうした“ものの見方”が取りこぼしてしまうものがあるのかどうか、といった話は、なかなか議論されることはないはずだ。19世紀以降のアメリカの社会科学、という分野を研究のひとつとする茢田真司・法学部教授は、“ものの見方”の成り立ちそのものをじっくりと考えている。自然科学的な意味での「科学」であることを目指したアメリカの社会科学をめぐる議論は、私たちの日常における“ものの見方”を根底から揺さぶってくれる。

 

 

 ビジネスの現場では、エビデンスもない机上の空論を戦わせるような議論をしていても仕方ありません。ですから、データが必要とされることもよくわかります。一方で、エビデンス重視の議論にかからない要素もいろいろとあり、むしろそれらもきちんとすくい取ってあげないと、実はビジネスとしてうまくいかないこともあるでしょう。切り落とされてしまうものをすくい上げる“ものの見方”、そうしたものについての議論も必要なはずです。

 政治学の世界ではいま、数量分析が大きなひとつの潮流となっています。もちろん政治の動きが客観的な形で示されることには重要な意味があります。しかし、それだけで政治が理解できるようになるわけではないことも明らかです。たとえば現代の政治学で非常に大きな比重を占めるのは選挙分析なのですが、確かに選挙は数量的な手法が取りやすく、そういった分析により理解が進むという面はあります。

 

 しかし、有権者や政治家にとっての選挙が持っている意味や、ひとつの選挙の歴史的な位置づけは、数量的な分析の中から自動的に出てくるわけではありません。データにこだわり、それを「科学的」に分析する方法にこだわるということは、他方でそうした視座にかからないものを無視してしまうという側面もあります。では、なぜこうした「科学的」な分析が社会科学の中心になっていくのでしょうか。
 

 私が研究テーマのひとつとしているアメリカの社会科学では、第二次世界大戦後に、自然科学的な意味での「科学」として社会科学――政治学や社会学、経済学といった学問を位置づける動きが一大潮流となります。たとえば政治学では「行動論」という考え方が出てきて、それまでの法律などの制度の問題をめぐる議論や、政治に関する哲学的な思考というものは時代遅れであり、人間の行動を経験的な方法、すなわち数量的な方法によって分析し、そこに法則性を見出していくべきだ、という議論が出てきます。経済学もこうした議論が次 第に大きな力を得るようになってきます。
 

 アメリカの社会科学が出発した19世紀においては、貧困などが社会的な問題として大きかった時代ですので、社会科学は、どの分野においてもどのように社会を改革していけばいいのか、という関心が強かったのですが、だんだんと自然科学的な意味での「科学」の信奉へと関心が移っていきます。

 こうした変化の重要な背景として、19世紀後半から20世紀はじめが、アメリカで大学制度が成立する時期であった、ということがあるのではないかと私は考えています。

 自然科学の世界では、アリストテレス的な世界観からニュートン的な世界観への転換を「第一次科学革命」と呼び、19世紀中ごろから、自然科学者の社会的な位置が変わる――つまり、科学者が専門家として認められ、職業になっていくことを「第二次科学革命」というのですが、そうした制度的な転換が、19世紀後半からアメリカでも進行していきます。ちょうどそのただ中で、アメリカの社会科学は成立し、展開していくのです。
 

 制度化されていく大学の中で、いかに自分たちを「科学」の専門家として、職業として位置づけるかが問われたわけですね。他方で、同じ時期に、文学も含めた思想の潮流の中で、リアリズム=現実主義が重視されるようにもなり、現実を理解する方法としての「科学」に対する楽観的な信頼が強まっていきます。その結果、社会科学が「科学」へのこだわりを強めていくことになるのです。
 

 その意味で、社会科学が自然科学的な意味においての「科学」でなくてはならないという主張には、あまり必然的な根拠はなく、むしろ時代の偶然によって成立してきた、といえる面があります。

 これまでの社会科学の諸分野で行われてきた歴史研究は、それぞれの分野のなかで、どういう理論が発展してきたかという学説史が主でした。しかも、その分野で標準的とされる理解がどのように発展してきたかをたどる場合がほとんどでした。私は、その理解自体が歴史の中でどのように形成され、再生産されていったのか、という社会科学の理論の変化のメカニズムを、外的な条件から理解してみたいと思っています。
 

 社会科学の歴史を考えることで、もう一つ伝えたいと思っていることは、社会科学者はもう一度、社会自体との結びつきをもたなければいけないということです。今、社会科学はどの分野でも専門化が進行して、分野の外にいる人に自分たちの議論の意味が伝わりにくくなっているように思います。それは、社会科学にとっては、不健全なことではないかと思うのです。ビジネスでも、外の世界とのつながりをもたない仲間内だけの議論は、きっとよい結果をもたらさないでしょう?
 

 19世紀、生まれたての社会科学の議論は、社会的な問題と結びついていました。専門的な社会科学者が制度的に成立する以前には、多様な分野の知識人と社会運動家、あるいは実際に現場で仕事をしている人などが寄り集まって議論をしていたのが、歴史的に見た社会科学の原風景です。そうした事象を掘り起こすことは、現代の社会科学に対しても、一定の意味を持っていると思います。
 

 社会科学は、社会を対象にする学問です。だからこそ、社会とどうつながっていくのかということを、いま改めて考えなくてはいけないとも感じているのです。

 

 

 

苅田 真司

研究分野

政治思想史、政治哲学、政治理論

論文

「宗教」・「世俗」・「多元主義」―タラル・アサドと政治理論―(2018/03/10)

「『応用社会学序説』再読-ラザスフェルドの社会科学観をめぐって-」(2015/03/10)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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