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「フランド特許紛争」の日本裁きに世界が注目する理由とは?

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法学部教授 中山一郎

2014年7月8日更新

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特許紛争の裏に潜む「フランド特許」

本年(2014年)5月16日、知的財産高等裁判所で下された判決・決定に大きな注目が集まりました。世界中の法律家や産業界が頭を悩ませている「フランド特許」の根本的な問題に対して、日本の裁判所が一歩踏み出したからです。

「フランド特許」とは、正確には「フランド宣言された標準必須特許」を指します。米国・アップル社(以下、アップル)と、韓国・サムスン電子社(以下、サムスン)との間に起こった日本での特許紛争。一般的には「スマートデバイスの壮絶なシェア争い」にフォーカスされやすいのですが、実は「フランド特許」問題を巡っての議論が巻き起こっていたのです。

さて、一般的にはなじみのない「フランド」という用語が出てきました。「フランド」とは、アルファベットで、「FRAND」とつづります。Fair(公正)Reasonable(合理的)and Non-Discriminatory(非差別的)の頭文字をとった用語です。

特許権というのはご存じの通り、発明すなわち技術的なアイデアを第三者が勝手に利用することを排除できる権利です。侵害者に対しては、差止請求権や損害賠償請求権を行使することができます。

仮に、あなたが特許を受けた技術が業界の標準規格に採用されたらどうなるでしょうか。標準規格とは、製品やサービスを提供するために統一された技術的な決まり、ルールのことです。

例えば、今日のIT機器は、多数の部品から組み立てられ、また、ネットワークを介して相互に接続可能です。これは、技術的な規格が統一され、部品の交換や機器間の通信が可能になっているということです。別の言い方をすれば、標準化により、互換性や相互接続性が確保されているのです。

さて、あなたが特許を受けた技術が標準規格に採用された場合、その特許は、「標準必須特許」と呼ばれます。標準規格に準拠した製品・サービスを提供する上で避けることができない必須の特許、ということです。

標準の世界の論理からすれば、標準規格に採用した技術は誰でも利用できる必要があります。誰でも利用できるからこそ統一化が可能であり、その結果、標準が普及し、我々消費者もそのメリットを受けることができるわけです。よって、あなたの「標準必須特許」に対しても、その技術を開放して欲しい、というニーズが生じるでしょう。

特許の論理と標準の論理が交錯する標準必須特許

しかし、「標準必須特許」も「特許」です。特許権者のあなたは、法律により認められた「他者を排除する」権利を有しています。

仮に、他者が後戻りできないタイミング、例えば工場を作り生産を開始するという状況で、不当に高いライセンス料を請求し、相手が応じなければ、生産をストップさせる「差止請求権」を行使するぞ、といえば相手も従わざるを得ないでしょう。このような状況を「ホールド・アップ」といいます。

これでは他者は安心して生産することができません。そこで、標準技術を決める団体は、あなたに「標準技術に採用する代わりにフランド宣言を」と求めます。

フランド宣言。つまりあなたの特許技術を「公正で合理的、非差別的なライセンス料で他社にも利用させる用意があります」という宣言です。

他者を排除する権利である「特許」の論理と、皆に使用させる標準の論理との相克を「フランド宣言」により解消させようというのです。

さて、あなたと他者との契約交渉がこのままきれいに進めば良いのですが、「フランド宣言」の根本的な問題に阻まれることがあります。

実は、「フランド宣言」をした段階では、あなたが具体的なライセンス料を提示する必要はありません。「公正で合理的、非差別的なライセンス料」は他者との交渉に委ねられます。当然、「高い」「安い」の応酬となるでしょう。他者は、低い金額を提示して交渉を長引かせ、製品を作り続ける「ホールド・アウト」という手法をとるかもしれません。

「フランド宣言」だけでは問題は解決しないのです。

「フランド宣言」の根本的な問題に踏み込んだ知財高裁

話を元に戻しますが、アップルとサムスンの紛争はまさに「フランド宣言」を巡るものです。

サムスンは、携帯電話などの通信時にデータサイズを減少させる技術の特許権者です。その技術は、第3世代の移動通信システムの標準規格として採用されたため、サムスンも「フランド宣言」をしていました。

一方、アップルは、標準規格に準拠したスマートフォンなどの製品を提供していました。

そこで両者は、ライセンス交渉に臨みましたが、交渉はまとまらず、訴訟に至りました。アップル側に言わせれば、サムスンの要求は不当であって、権利を濫用しているのだから、差止めや損害賠償を請求することは許されない、というわけです。これに対し、サムスンは、アップルが支払ってもよいという金額が低すぎるのであって、差止めや損害賠償を請求することは許される、と反論しています。

知財高裁の判決・決定では、他者に使用を認める用意があると「フランド宣言」をしている以上、サムスンが、アップルの行為を差し止めることは、権利の濫用だから許されないけれども、「フランド」条件に相当するライセンス料を得る権利はあるので、損害賠償請求権は認める、つまり「アップルはサムスンの技術を使って製品を製造販売することについてお金を支払う必要があります」となりました。

さらに、知財高裁は、「フランド宣言」の根本的な問題を解決すべく「公正で合理的、非差別的なライセンス料を算出しました。裁判所が金額まで示した事例は世界的にも例が少なく、しかも世界中の法律家や産業界が頭を悩ませている問題だけあって、海外からも注目されるでしょう。

金額の算出方法には議論の余地があるかもしれませんが、国内のみならず海外で起きている「フランド特許」を巡る紛争の行方を左右する重要な判決です。ネットワーク機器だけでなく電気自動車など、世界で国際標準化を狙う日本企業にも、大きな影響を与える判決です。

今や先端技術開発の世界とは切っても切れない「フランド特許」問題。皆さんも今後の動向にぜひ着目してほしいと思います。

 

 

 

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