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成長期にあって、不況下の現在にないもの

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経済学部教授 橋元秀一

2014年12月22日更新

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健全な市場経済を実現するために重要な労働組合の役割

市場経済とは、生産活動と消費活動が市場によって調和されている経済です。生産活動は企業が労働者に賃金を支払って行います。企業からの賃金が労働者の所得となり、消費活動が行われます。当然ながら企業は安い賃金で労働力を調達しようとしますが、消費活動は労働者の所得の範囲内でしか行えないため、賃金が安いと消費量は減少します。

これでは生産活動と消費活動は発展せず、拡大された調和が実現しません。企業の経営者が労働者の賃金を上げることに熱心であればいいのですが、残念ながらそうではありません。労使で適正な賃金になるよう調整するには、労働組合による賃上げ要求が必要となります。労働者の所得が上がれば消費が増えます。労働組合は、企業がコスト削減や生産性だけを考えて自らの首を絞めることを抑制し、健全な市場経済を実現させる重要な役割を担っているのです。

日本には、労働組合による賃上げ要求の仕組みとして年1回の春闘(春季賃上げ闘争)があります。他国にはない独自の方式です。1955(昭和30)年に5つの産業別組合が統一闘争を組んだことに始まり、現在は各労働組合が歩調を合わせ取り組んでいます。アメリカやイギリスなどでは各労働組合が個別に賃上げ要求を行います。企業によっては企業内に複数の労働組合が存在することもあり、経営者が年中賃上げ要求に対応せざるをえなくなるときもありました。

高度経済成長を支えた春闘形式

春闘は産業別統一闘争であり、産業別組織単位で統一要求、統一スケジュールで交渉、統一水準での妥結を行うものです。まず大企業が賃上げ要求を行い、中小企業が後を追います。公務員はこの結果をみて人事院勧告により賃金が調整されます。統一闘争を行うことで、日本の経済発展における成果を社会全体に広げていく日本独自の仕組みです。よって、賃上げ率の上昇を目指すだけでなく、時には自ら自粛することもあります。

春闘形式の特長を物語る例があります。第1次オイルショックの影響で消費者物価指数が23%も上昇した1974年、賃上げ率が32.9%*1と最大値を記録しました。このとき、コスト・プッシュ・インフレーション *2 が進むことに危機感を抱いた日経連 *3 は翌年、ガイドラインを出します。賃上げ幅を生産性向上の範囲内にとどめるよう労働組合に協力を求めたのです。

基本的に賃上げ要求は自身の生活を向上させたいという、生活欲求に基づくものです。アメリカやイギリスでは生活要求の方が上で、経営側の都合で賃上げ幅が抑制されることなどをなかなか認めません。しかし、日本の労働組合は理解し受け入れました。日本経済の発展を考え、生活要求から生産性を重視した賃上げ要求方式に移行したのです。

経済発展の原動力だった良好な労使関係はどこに行ったのか

このように、戦後の混乱を経て1950年代から20年かけてつくり出した日本の労使関係の中には、一緒に会社を発展させるという思いがありました。特に生産性を重視した賃上げ要求形式になってからは、企業と労働組合が翌年度の設備投資や要員計画などについて一緒に議論する土壌が生成されました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と世界的に称賛された日本の経済成長は、良好な労使関係が生み出したと言っても過言ではありません。

しかし、弊害も生じました。1990年代に不況に陥ると、生産性を重視する労働組合は賃上げを要求することができなくなりました。成果主義導入の名の下に始まった人員削減の流れを受けて、雇用の安定を図る守りの姿勢になったのです。

証券市場では4半期ごとに経営内容を公表することを求められ、経営者は短期的な財務諸表を重視するようになりました。その結果、任期後に成果が出る将来的な投資には消極的になり、安い労働力を調達するために国内人員を削減し国外に現地法人を作る流れが生まれました。今では、日本的経営の三種の神器と呼ばれた中の一つ、終身雇用は崩壊していると見る人もいます。

今や3人に1人が非正規雇用という状況です。流通業に関しては9割が非正規です。終身雇用とまでいわずとも長期雇用が前提でないと、労働者は自分の職業人生と会社発展と重ね合わせながら考えることはできません。いつ解雇されるか分からない状況で、自らの首を絞めるかもしれない生産性の向上に取り組むことはできないのです。

日本は「欧米に追い付け追い越せ」の時代は終わり経済大国となっています。欧米にはない新しい価値を生み出さなければいけません。日本発の新しい商品・サービスを生み出し不況から脱却するためにも、労働者の能力や意欲を引き出す必要があります。再び日本経済が発展をとり戻すためには、労働者目線に立った取り組みが必要です。そして労働者目線で企業側に交渉できるのが労働組合であり、春闘なのです。かつて経済発展の原動力となった良好な労使関係を取り戻すために不可欠の社会的なインフラだと考えています。


*1)厚生労働省「平成24年 民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」
*2)労働者の賃金、原材料などの生産コスト上昇に起因するインフレーション
*3)日本経済団体連合会。当時は日経連と経団連(経済団体連合会)に分かれており、日経連が財界労務部を担当していた

 

 

 

橋元 秀一

研究分野

労働経済学、社会政策、労務管理論、日本経済論

論文

書評 青木宏之 著『日本の経営・労働システム─鉄鋼業における歴史的展開』(2022/12/25)

組合員の個別賃金決定に労働組合はどう関わっているのか(2020/09/01)

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