ARTICLE

「たばこ規制」がもたらす喫煙者に寛容的な社会

  • 法学部
  • 在学生
  • 受験生
  • 卒業生
  • 企業・一般
  • 国際
  • 政治経済
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

法学部教授 捧 剛

2014年12月16日更新

img_01

日本とは異なる概念で進む他国の受動喫煙防止

2020年の東京オリンピックに向けて、開催都市・東京都が「受動喫煙防止条例」を制定する可能性があります。国際オリンピック委員会(IOC)は1988年から、禁煙方針を採択し、会場の禁煙化とたばこ産業からのスポンサーシップ拒否を行っています。1992年のバルセロナオリンピック以降、夏の開催国はすべて受動喫煙を防止する罰則付きの法律や条例を整備しているのです。

世界的な動きとしても、2003年5月の第56回世界保健機構(WHO)総会では、たばこ規制に関する世界保健機構枠組条約(WHO Framework Convention on Tobacco Control)が採択され、契約国に対して、たばこの供給と需要を減らすための制度整備や、非喫煙者を受動喫煙から保護するための制度整備を行うことを求めています。

このような流れの中で東京都がどう動くかは注目したいところですが、政治的な側面があるので静観しつつ、今回は「受動喫煙防止」に対する他国と日本との考え方の違いについてお話ししようと思います。他国の法律や規制内容を見ると、日本とは異なる概念の下に整備が進んでいるからです。

「たばこ規制」という喫煙者には一見非寛容的に見える法整備が、実は寛容的であるという側面が見えてきます。

「煙から逃れることができるか」受動喫煙に対するイギリスの考え方

イギリスでは、労働党が1997年の総選挙で勝利すると、総合的なたばこ規制政策をマニフェストに掲げていたこともあり、2002年たばこ広告および販売促進活動規制法、2006年保健法および2009年保健法などの国内法を制定し、「たばこ規制」を大きく進展させてきました。「たばこ規制」に関するEU指令の達成率は加盟国の中で最も高い水準にあります。

しかし、ロンドンの街を歩くと繁華街の路上やビルの入り口で堂々と喫煙している人を見かけます。イギリスではパブやカフェなどの飲食店内を含め、屋内は完全禁煙ですが、屋外においてはスタジアム、プラットフォーム、屋根付きのバス停などを除いて喫煙規制がありません。イギリスでは「たばこの煙から逃れることができるか」を基準に法が整備されているからです。

屋外での喫煙に関しては、そこを避けて通行することで煙から逃れることができるので喫煙が可能です。ただし、スタジアムやバス停などは屋外でも非喫煙者が煙から逃れることができないので禁煙になります。同様に、屋内では分煙したとしても、そこで働く従業員は煙から逃れることができません。よって、完全禁煙と規制されています。

「たばこ規制」を推進するにしても、法的に未成年者を除き、喫煙の権利まではく奪することはできません。「たばこの煙から逃れることができるか」という基準を設けることで喫煙者と非喫煙者との利害を調整し、喫煙者の権利も保護しているのです。ちなみにイギリスでは、プライベートスペースとなる宿泊施設に対しては、一定の割合で喫煙可能な部屋を設けることが求められています。

ギスギスした社会を調整するのが立法の役割

日本では、神奈川県が「受動喫煙防止条例」を2010年4月1日に施行したり、自治体レベルでガイドラインを設けたりするなど、さまざまな取り組みが行われてはいますが、法的に受動喫煙を完全に防止するには至らず、喫煙者と非喫煙者の道徳観に任せている部分が多分にあります。しかし、それでは当然ながら価値観の差異により衝突が生じ社会がギスギスします。

例えば喫煙を可とする飲食店で喫煙者と妊婦が隣り合う席に座ったとしましょう。妊婦が、喫煙可能な場所と知りながら、胎児の健康を考えて喫煙を遠慮してほしいと隣の席の喫煙者にお願いする一方で、喫煙者の方は、喫煙可能な場所である以上は喫煙させてほしいと、それに応えるということが起こる可能性があります。喫煙をよしとしない今の社会的風潮からすると、この喫煙者は相当な道徳的非難を受けることでしょう。しかしそうなると、喫煙者の側も、喫煙は個人の嗜好であり、法によって認められたものなのに、禁止されていない場所でなぜ喫煙してはいけないのかと主張したくなるでしょう。これでは、喫煙者も非喫煙者も、どちらも嫌な思いをしますし、喫煙問題をめぐって社会がますます非寛容になっていくだけです。

ですから、こと喫煙問題に関しては、イギリスのように一歩踏み込んだ明確な「たばこ規制」を敷いた方が、喫煙者にとっても非喫煙者にとっても満足のいく社会がつくられるとも考えられます。とはいえ、「たばこ規制」には、政治的・経済的な利害が密接に絡んでいますから、誰もが過ごしやすい社会の実現のためには、イギリスのように強い政治的リーダーシップが発揮されることが必要でしょう。

 

 

 

捧 剛

研究分野

英米法、イギリス法制史

論文

イギリスにおけるたばこ規制 -新たな動き (その3・完)(2016/03/10)

イギリスにおけるたばこ規制 -新たな動き (その2)(2015/09/10)

MENU