徳島県上勝町。地域自治システムに必要な3タイプの人材がかみ合った好例。
日本の人口減少は、切迫した状況になっている。2015(平成27)年の国勢調査(速報値)によれば、2010~2015年で人口増加した都道府県は8つのみ。その他はみな人口が減少した。少子高齢化も勢いを増している。特に地方では深刻な状況だ。
人口減少や少子高齢化の問題は、意外な部分に波及している。それは、かつての町内会や自治会といった「地域自治システム」の崩壊だ。
「地域自治システムの崩壊は、介護や福祉、防災や地方経済など、多方面に悪影響を及ぼします」
そう語るのは、行政学や地方自治論を専門とする國學院大學法学部の稲垣浩准教授。同氏は、「今後の暮らしのためには、これまでと違った新たな地域自治システムの構築が必要。そのために、住民を巻き込んだ“人づくり”が急務です」と指摘する。
「新たな地域自治システムの構築」とは、具体的にどのようなことなのか。さらにその上で、自治体に求められる「人づくり」とは何か。稲垣氏に話を聞いた。
制作:JBpress
國學院大學法学部の稲垣浩准教授。東京都立大学大学院社会科学研究科政治学専攻博士課程単位修得退学。北海学園大学法学部講師を経て現職。博士(政治学)。主著に『戦後地方自治と組織編成–「不確実」な制度と地方の「自己制約」』(吉田書店)など。
町内会がなくなると、「安全な暮らし」はおびやかされる
──かつての町内会や自治会といった地域自治システムが崩壊していると伺いました。それにより、どういった問題が憂慮されるでしょうか。
稲垣浩氏(以下、敬称略):もっとも怖いのは、地域防災がおろそかになることです。災害が起きた際に地域を統率する存在がいなくなりますし、農山漁村部の場合は、森林や休耕田を管理する者がおらず、荒廃が起きます。それは山の鉄砲水などといった災害につながります。それ以外にも、老人の孤独死や子どもの虐待は表出しにくくなるでしょう。これらはすでに現実化しています。
また、地域住民がまとまって何かを計画したり実施したりすることが少なくなるのも問題です。それにより、住民は「地域」というコミュニティを実感しなくなるでしょう。住んでいる地域に誇りを持ちにくくなるので、若い人の定住という面でも負のスパイラルに陥る危険性はあるかもしれません。
──そもそもなぜ、町内会や自治会といった地域自治システムが崩壊したのでしょうか。人口減少や少子高齢化と地域自治システムの崩壊には、どんな関連性がありますか。
稲垣:地方では自治会・町内会を運営する人材の高齢化や、なり手不足により、会そのものが衰退しました。それにより、住民のやる気も低下し、自治会を返上するケースが出ています。
都市部でも同様に崩壊が起きています。こちらは、人口は多いものの、個人情報の問題などで自治会への参加を好まない人が多い。そもそも都市部の住民は、地域のコミュニティに対する意識も希薄です。その結果、かつての地域自治システムは全国的に崩壊し、その役割をすべて行政が負担しなければならない状況が生まれています。
地域自治は、「住民主体」でやらなければ成功しない
──行政が地域自治システムのすべてを負担するのは難しいのでしょうか。
稲垣:地域自治は「住民主体」で行うことが大きなポイントになります。
東日本大震災を例に挙げましょう。震災の後、多数の地域で集団移転が行われましたよね。大抵の集団移転では、決められた移転先ではなく、親類の家や別の地域に引っ越す住民が一定数出てきました。そんな中、宮城県岩沼市の集団移転では、ほとんどの住民が計画された移転先に移り住んだのです。その一体感を生んだのは、行政が仕切らずに住民が主体的に移転の計画を立てたからでした。
一方、宮城県名取市閖上地区では、行政主導の再建計画が住民の反発を招き、混乱を生じました。この事例を見ても、行政の施策としてやるか、住民の施策としてやるかで、地域自治の円滑さに差が出ることが分かります。
また、人口減少による税収減少の影響で、行政の財政状況も停滞しています。財源を切り詰めている状態であり、行政がすべての自治をカバーするのは厳しいんですね。むしろ、「NPM(=New Public Management:行政サービスを民間企業に委託することなどで地方自治を活性化・効率化すること)」の考え方に基づいた、行政直営サービスの縮小が進んでいます。ですから、住民主体の地域自治システムを作り直すことが必須になってきます。
現代の地域自治システムは、「連携」がキーワード
──町内会や自治会のような旧来の地域自治システムを復活させるということでしょうか。
稲垣:いえ、そうではありません。
先述のように、少子高齢化や人材不足で厳しい現状があります。そこで、地域の病院やPTA、子ども会やNPO、さらには地元企業といった既存のものを連携させ相互に補完させる仕組みを構築するべきではないでしょうか。
すでに全国でも、「地域振興協議会」といった新たな仕組みを構築している自治体が見られます。たとえば、大阪府狭山市では、「まちづくり円卓会議」と称して、地域のさまざまな機関が一堂に会し、町づくりについて話し合う場を設けています。愛知県豊田市でも、似た形の「地域会議」という取り組みを行っています。このように、今後の地域自治システムは、地域の各機関・各団体をつなぐネットワークのような役割を持つものになるでしょう。
──そういった試みをする自治体は、増えているのでしょうか。
稲垣:増えてはいるものの、きちんとできている自治体とできていない自治体の差が激しいのが現状です。何より、こういったシステムの構築で大切なのは、行政の関わり方です。行政が主導してシステムを構築すると、住民が行政に頼り切りになるパターナリズムに陥ってしまい、「住民主体の自治」という基本概念が保たれません。かといって、住民にすべてを預けると、システムを再構築しようという動きが生まれにくくなります。
そこで行政は、地域自治システムを住民主体で再構築してもらうために、その前段階として、システム再構築を担う「人づくり」に着手しています。住民の中から地域自治システムをつくり、運営していけるような人材の教育・確保に乗り出しているのです。
行政が取り組む「人づくり」:求められる3つのタイプ
──具体的にどのような人材を生んでいくべきなのでしょうか。
稲垣:理想の人材像は、3タイプあると考えています。1つ目は、地域の中でリーダーシップをとって、自治のキーパーソンとなれる人。2つ目は、住民や各機関との調整を行い、連携を築けるコーディネーターの人。そして3つ目は、彼らのやることを理解し、協力をする構成員の人です。
──こういったタイプの人材がかみ合って、地域が活気づいた例はあるのでしょうか。
稲垣:有名な例として、徳島県上勝町が挙げられます。高齢化の激しかった上勝町では、刺身の“つまもの”などに使われる葉っぱを地元のおばあさんが収穫し、全国に販売する独自のビジネスモデルを作りました。中には、年収1000万円を稼ぐおばあさんもいるほどです。
このビジネスを思いついたのが、当時農協職員だった横石知二さんという方。彼が「キーパーソン」となって住民を統率し、おばあさんたちが「構成員」として協力しました。もちろん、各機関と連携し、仕組みづくりを担った「コーディネーター」もいたでしょう。このような3タイプの人材を住民の中につくっていけると、地域自治システムの構築が見えると考えます。
座学では得られない能力を、どうやって養うか
──とはいえ、人づくりをするのは簡単なことではなさそうですね。
稲垣:その通りです。先に挙げた3タイプの人材は、単純な座学によって育てられるものではありません。そのため、行政には非常に難しいスキルが求められます。まずは住民のやる気を喚起し、3タイプに合うような人を生み出していくわけですから。
また、たとえその人にやる気があっても、適性がなければ地域を混乱させてしまうだけ。どうしても属人的な能力が求められます。それだけの人材を、継続して生み続けなければなりません。
──人づくりのシステムとして、すでに行われている施策にはどのようなものがあるのでしょうか。
稲垣:大規模なものでは、京都で進められている「地域公共人材大学連携事業」があります。大学と京都府・京都市などが連携して、地域のための人材育成に取り組んでいます。
特徴的なのは、「地域公共政策士」という資格を与えることで、参加者の充実感やプライドを刺激。「自分もやりたい」と思う人が次々に現れるようにしていることですね。
これ以外にも、全国の自治体ではいろいろな「人づくり」の施策が始まっています。今後、そういった自治体に赴き、取り組みを調査していく予定です。フィールドワークを通じて、地域の人づくりにおける今後の展望や、課題を明らかにしていければと考えています。
稲垣 浩
研究分野
行政学・地方自治論
論文
自治体のウクライナ避難民支援における音声翻訳システムの使用に関する考察(2024/03/25)
セメントと味噌蔵 地域における開発政策と地方政治の構造(2021/12/10)