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台湾と日本の「七夕」の違い

五感体感、日本。~留学生の日本フィールドワーク~

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文学部教授 小川直之

2016年8月8日更新

 

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國學院大學で学ぶ留学生たちは、大学で行われたイベント「和装デー」で日本の七夕を体験しました。そこで生じた留学生の疑問に、本学教員が回答します。

 

Q.台湾では七夕はバレンタインデーと同じように「恋人の日」とされていますが、日本ではそうではないのですか?

A.「恋人の日」と竹飾りの七夕のつながりは。

 旧暦7月7日の七夕は、今年は新暦の8月9日。本来の七夕は、梅雨が明けて、暑い盛りの立秋をやや過ぎた時期の行事です。この七夕は古い歴史をもっています。天の川を挟んで離れている牽牛と織女が、年1回この日に逢えるという七夕の恋物語は、すでに中国では3世紀初めの文献に見ることができます。この物語は日本にも7世紀末か8世紀初めには伝わり、『万葉集』には牽牛・織女の恋や逢瀬を詠った七夕歌が約130首も収められています。 七夕の牽牛と織女の恋物語は古くに東アジア圏に広がり、中国や台湾ではこの物語をもとに、男性が恋する女性に贈り物をする「情人節」(「恋人の日」)の行事が2000年代になってコマーシャリズムのなかで生まれ、若者たちの間に広がりました。

 日本では、牽牛・織女の物語とは別に、奈良時代に中国から七夕行事として、女性たちが紡績や機織、裁縫、歌と音曲の上達を願う「乞巧奠」(きこうでん)が伝来しています。この行事がもとになり、1700年代後半から1800年代初めに、七夕の歌を書いた短冊を竹に付けて牽牛・織女星に捧げることが、寺子屋などを通じて民間に広がりました。これが現在の竹飾りで、七夕は星に願いをかける行事となっているのです。

 

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2016年8月8日付け、The Japan News掲載広告から

 

 

 

 

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