ARTICLE

大分県臼杵市はなぜ地域包括ケアを実現できるのか

カギとなるのは、連携を担う「新たな地域自治システム」の誕生

  • 法学部
  • 在学生
  • 受験生
  • 卒業生
  • 企業・一般
  • 政治経済
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

國學院大學法学部准教授 稲垣浩

2016年9月27日更新

img_01
「うすき石仏ネット」の名前の由来になった臼杵石仏(磨崖仏)。 Photo by TANAKA Juuyoh, under CC BY 2.0.

少子高齢化は、高齢の入院患者や要介護者の増加を招き、病院や介護施設の不足を生んでいる。結果、これまでのように特定の施設で1人のケアをすべて行うのは難しくなりつつある。

一方、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で適切な医療や介護、生活支援などのサービスを受けながら、いかにして自立して生活することができるかが重要なポイントとなってきた。そこで、地域の行政機関や医療機関、介護福祉施設など、関係する様々な機関が連携して医療や介護を行う「地域包括ケア」の必要性が叫ばれている。

ただし、高齢者が自立して生活するためには、そうしたケアのみでは必ずしも十分ではない。高齢者が地域の人々と交流し、また地域が高齢者を支え合う仕組みも必要である。しかし、少子高齢化はこうした支え合いの基盤であった、町内会や自治会といった既存の「地域自治システム」の消滅を招いている。

そんな逆風の中、地域の人が主体となって連携の新しい仕組みづくりに成功した場所がある。大分県臼杵市だ。行政と医師会のキーパーソンたちが中心となって、医療・福祉において、あらゆる機関が連携したネットワークを構築した。また、地縁にもとづく新たな支え合いの仕組みを作り出すことで、高齢者が住民に見守られながら生き生きと生活することのできる環境を生み出したのだ。

臼杵市の取り組みとは、どんなものなのか。行政学や地方自治論を専門とする國學院大學法学部の稲垣浩准教授の話を元に紹介したい。
制作:JBpress

profile
國學院大學法学部の稲垣浩准教授。東京都立大学大学院社会科学研究科政治学専攻博士課程単位修得退学。北海学園大学法学部講師を経て現職。博士(政治学)。主著に『戦後地方自治と組織編成–「不確実」な制度と地方の「自己制約」』(吉田書店)など。

「日本の20年先を行く」臼杵市

──臼杵市では、行政と福祉、医療などの機関が連携し、新たなネットワークを構築したと聞きます。まずは、なぜこのような動きが起きたのか、背景から教えてください。

稲垣浩氏(以下、敬称略):大分県は、高齢化率が県平均で28.6%と高い地域です。その中でも臼杵市は、高齢化率が34.4%と非常に高く、2024年には41.4%に達すると予想されています。このような理由から、高齢化社会において「日本の20年先を行っている」と言われるほどの状況でした。

そこで問題となるのが、病棟ベッドの不足です。

──どういったことでしょうか。

稲垣:高齢者が増えれば、入院患者も増加します。その結果、臼杵市はすでに病棟ベッドが足りない状況となっていました。そうなると、病院が福祉や行政のいろいろな機関と連携して、1人の患者がさまざまな形で医療を受けられる体制を構築しなければなりません。

これは数年前から、日本全体が取り組むべき課題とされてきました。臼杵市は早い段階で、「地域包括ケア」のシステムづくりに着手したのです。

──それが“新たなネットワーク”ということでしょうか。

稲垣:そうですね。従来、地域の医療機関と自治体、あるいは福祉と医療などの間の連携が取れていない自治体は多く見られてきました。例えば高齢者の介護は、病院施設という枠組みの中で行われる分に大きな問題はありませんが、自宅での介護など、枠組みがなくなれば関係機関の連携がカギになります。いかに行政と医療・福祉が連携し、情報を共有できるか。そこで、ネットワークを作るべきという機運が高まったのです。

毎週の「ケア会議」が生む、ジャンルを超えた情報共有

──そのネットワークの仕組みを教えてください。

稲垣:核となるのは、「地域ケア会議」の実施です。週に1回、各機関から関係者が集まり、対象となる患者について、今後のケア方針を話し合います。

出席する関係者は幅広く、理学・作業療法士から管理栄養士、歯科衛生士、保健所、市役所、介護施設などのサービス事業所、ケアマネージャー、包括支援センターまで含まれます。そして、対象の患者1人につき30分ずつ、全員で現状を共有し、今後の計画を議論します。1回の会議で3~5人について話し合うようです。こうして連携を可能にします。

──これにより、どんな成果が出ているのでしょうか。

稲垣:包括的なケアのお陰で健康な身体を取り戻し、要支援から脱する人が増加したり、要介護の付かない高齢者が増えたりと、実績は出ています。また、ケアマネージャーなどからすれば、医療関係者と接する機会は貴重で、関係者の認識も変わってきているようです。

──新たな地域自治システムを生むには「既存の機関と連携することが大切」と稲垣先生はおっしゃっていました。まさにこれはその一例だと思います。ただ、その連携を生む作業は簡単ではありません。なぜ臼杵市は成功したのでしょうか。

稲垣:1つは、臼杵市の行政と医師会の関係がもともと良好で、連携を取りやすかったこと。加えて、やはり以前話したように、システム構築の「キーパーソン」がいたことです。

市側(行政)のキーパーソンとしては、厚労省から出向していた西岡隆さんらが、地域包括ケアの発起やプラン作りを進めました。さらにもう1人は、医師会の事務局員であり、市に出向していた石井義恭さん。行政も医師会も知る石井さんの存在が、関係者間のネットワークづくりに大きな役割を果たしました。

──一方の医師会も、キーパーソンによる積極的な動きがあったのでしょうか。

稲垣:はい。臼杵市には唯一の大型病院となる医師会病院がありますが、そこに勤務されている舛友一洋先生が積極的に地域と医療の連携を進め、中部保健所の医師であった藤内修二さんが地域ケア会議の設置や運営に中心的な働きをされました。

「うすき石仏ネット」で、住民の医療情報をクラウド化

──こういった臼杵市のネットワークづくりは、さらに発展を見せているのでしょうか。

稲垣:地域ケア会議の場合は、「すでに介護を受けている人」の情報を共有するものです。臼杵市ではさらに、今まだ在宅にいる人、いわば“予備軍”となる人の情報も共有し、在宅医療を充実させる「プロジェクトZ」を進めています。

──それはどういったものなのでしょうか。

稲垣:「うすき石仏ねっと」というシステムを構築し、地域住民の医療状況や生活状況をネット上で共有できるようにしました。病院や歯科医院などの医療機関から、介護施設や消防署、さらには調剤薬局などまでが、住民の個人データを共有します。「石仏カード」を提示すると、対象住民の情報を見られるようになっています。

──個人情報の連携では、セキュリティの管理もポイントとなりそうですが・・・。

稲垣:その通りです。ですので、インターネットではなく、地元ケーブルテレビの地域イントラネットを使用することで、情報の流出を防いでいます。また、津波の届かない安全な場所にサーバーを置くことで、データの消失を防いでいます。

また、かかりつけ医の医師と住民の信頼関係で着実に登録者を伸ばし、今年に入って1万人に到達しました。市民の4分の1が参加するこうしたネットワークは、全国でも類を見ないと思います。ただし、あくまでも住民の同意が必須の取り組みであり、今後、若い世代に参加を呼び掛けていくことなどが課題です。

──あくまで住民の同意や登録がないと、システムは成熟しないということですね。

稲垣:そこが課題ともいえます。

いかに住民を巻き込んで連携できるか

──ここまでに出た臼杵市の施策は、医療や福祉の関係者同士が連携したネットワークといえます。その連携を広げて、住民や地域を巻き込むのは難しいのでしょうか。

稲垣:連携を住民にまで広げることは非常に重要で、臼杵市はその点でも先進的な取り組みを行っています。たとえば、認知症対策を通じた地域連携。認知症サポーター養成講座を開き、認知症になった人を支えるノウハウなどを住民に学んでもらったり、講演会をやったりしています。

──やはり認知症対策が高齢社会の地域づくりでは主要なんですね。

稲垣:認知症対策は、「もしかしたら自分や家族もなるかもしれない」といった住民の危機感が強く、参加率が上がりやすいんです。他のテーマだと参加率が思うように上がらず、地域住民をなかなか巻き込めない。そういった面もあります。

もう1つ着目すべき取り組みが、「安心生活お守りキット」というもの。災害時の救助で必要となる個人情報や医療状況を書き込む用紙を、あらかじめ高齢者に配って、記入してもらいます。加えて、プラスチック容器も一緒に配布し、その中に用紙を封入。そしてこのプラスチック容器は、必ず家庭の冷蔵庫で保管してもらいます。

──なぜ冷蔵庫なんですか?

稲垣:冷蔵庫はどんな家庭にもあり、しかも災害時に壊れにくく、救助隊員が見つけやすいからです。

さらに、キットを配る際に、用紙に書き込むような個人情報を登録していいか確認します。これをやるのは地域の区長や民生委員ですね。そのやり取りの中で、地域住民をネットワークに巻き込んでいくのです。70歳以上の人が対象ですが、約9割の人が参加して、災害時要援護者リストの作成にもつながっています。

──これも連携をつくる一環になっているんですね。工夫が見て取れます。

稲垣:これらに加えて臼杵市では、新たに「地域振興協議会」を住民主導で設置しました。地域振興協議会は、様々な活動を通じて、高齢化しつつある既存の自治会を補完し、個々の住民やPTAなど地域の関係団体間の連携を強化する役割を担っています。

特に、避難訓練を始めとした地域防災の核となるとともに、世代間交流イベントの開催や、住民による高齢者の見守りや声掛けなどを通じ、地域全体で高齢者を支えあう仕組みづくりをしています。こちらも、市内18の旧小学校区のうち15の地区で設置され、最近では、協議会同士が連携するなど活動の幅が広がっています。

高齢化の波は、どの市町村にも襲いかかる問題です。その中で、地域包括ケアのような連携は急速に求められてきます。臼杵市は、関係機関同士のネットワークと、地域住民を巻き込んだネットワークを両方やっている地域といえるでしょう。

高齢化率40%は、50年後の日本全体で起こってしまう、受け入れざるを得ない現象です。全国各地で臼杵市のような地域づくりができれば、持続可能だといえます。

新たな地域自治の形は、臼杵市の他にもたくさん生まれています。引き続き、それらを紹介していきたいと思います。

 

 

 

研究分野

行政学・地方自治論

論文

自治体のウクライナ避難民支援における音声翻訳システムの使用に関する考察(2024/03/25)

セメントと味噌蔵 地域における開発政策と地方政治の構造(2021/12/10)

MENU