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「専門分野について語ることで、その研究者の人柄も見えてくるようなインタビュー、ですか」と、インタビューの冒頭で安西晋二・文学部日本文学科准教授は、笑いつつもすこしだけ戸惑いを見せた。「私の“人となり”が疑われるような内容にならないか、心配しながらお話しする次第なのですが……」 安西准教授の専門は、澁澤龍彥。戦後日本を代表する人気作家であり、その作品を手に取った読者がまるで世界の深淵を覗き込むような、そんなダークな世界観で知られる。その暗がりには、いったいどんな魅力が宿っているのだろうか? インタビュー前後編でお届けする。 |
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青春時代の作家澁澤龍彥との出会い
日本近現代文学、特に澁澤龍彥という、昭和30年代から60年代にかけて活躍した作家のことを研究しています。フランス文学を中心にした広く深い素養をもとに、たとえば『黒魔術の手帖』『毒薬の手帖』『世界悪女物語』などといった著作を執筆したり、一般的な道徳からはかけ離れた作風で知られるフランスの作家マルキ・ド・サドの小説を翻訳して国内に紹介したりした書き手です。
怪奇、恐怖、幻想、神秘、耽美、エロティシズムやオカルティズムなどさまざまなテーマを横断しながら、仄暗い世界へと読者を誘うその独特の筆致は、多くの読者を獲得してきました。三島由紀夫との交友関係でも知られている人ですね。
私は昭和51(1976年)生まれですが、特に同世代から上の人たちは、多大な影響を受けてきた澁澤ファンがかなりいるのではないでしょうか。私自身は幼い頃から妖怪や幽霊、UFOといった類のものが大好きで、物心ついてから澁澤に魅かれていったのも当然の流れだったと感じます。言葉を選ばずにいえば、いまの表現でいうところの「中二病」をこじらせた人、そうした感性のもとで青春時代を生きた人間ならば一度は手を伸ばすような著作を手がけていたのが澁澤だったのです。
アカデミズムでは評価されていなかった澁澤
澁澤の著作の多くはいまも河出文庫を中心に刊行されています。『下妻物語』などで知られる嶽本野ばらさんという人気作家が澁澤を敬愛しているということで、ゴシックなカルチャーなどが好きな女性読者から再評価もされてきました。近年では文豪を題材にしたアニメーションにも登場したようです。このような流れのなかで、若い世代の方でも、澁澤作品を手に取ったことがある人は多くいることでしょう。
しかし、平成12(2000)年に大学を卒業し、その後大学院に進んで研究の道を歩み出したとき、澁澤龍彥にかんして論文を書いている人はほとんど見当たりませんでした。完全にいないわけではなかったのですが、昭和62(1987)年の澁澤没後、文学研究において澁澤龍彥がその対象としてあまり認められていないような状況が長らく続いていました。
先ほど触れたようにサブカルチャー的な文脈では人気を保っていたのですが、アカデミズムの世界ではあまり評価されてこなかったのです。百歩譲って研究対象として認めている人であっても、たとえば日本文学の歴史のなかに澁澤龍彥を位置づけながら研究したいと思っていた私に対して、「フランス文学で論じればいいじゃないか」といった言葉をかけてくる人も、実際におりました。
それには、澁澤の公的なイメージも関係しているかもしれません。年配世代の人が澁澤龍彥という名前を聞いて最初に思い浮かべることは、いわゆる「サド裁判」の被告人であった、ということでしょう。これは現代思潮社という版元が昭和34(1959)年、澁澤が翻訳したマルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』を刊行したのに対し、発禁処分の後、猥褻文書にあたるとして刑法175条により翻訳者・出版者共に起訴され、後に有罪となったという出来事です。
「猥褻」をめぐる裁判に澁澤がどう向かい合ったのかということについては、私自身も論文を書いてきたようにさまざまな議論があるのですが、ひとまず世間のイメージの一部は「猥褻な文章を世の中に流布して有罪になった人」というものなのかもしれません。

日本の古典、海外の文献を自由に扱う澁澤の軽やかさ
実は私の恩師も、澁澤のことは大好きで、作品をよく読んでいらした人でした。しかし、それはあくまで文学の愛好者として。ご自身の息子さんが中学校の図書館で澁澤龍彥の全集を借りてきたと聞いたときは、「信じられない」と驚いていたのです。「安西や私が読んでいるのはいいけれども、息子が読むのはどうかと思う」と(笑)。年配の世代の方々が抱いていた澁澤イメージを考えれば、その距離感は理解できるものではあります。
いずれにしても、世の中では一定の人気があるけれども、アカデミズムの世界ではなかなか評価されない時期が長く続きました。幸い、近年では澁澤について論文を書く方も増えてきて、ようやく研究対象として認められるようになってきています。
日本文学の流れのなかに澁澤を位置づけられるのではないか、という話にかんしては、たとえば彼の遺作であり、現在は文春文庫で読むことができる長編小説『高丘親王航海記』を挙げるとわかりやすいかもしれません。平安時代初期に実在した人物・高丘親王をめぐる物語なのですが、澁澤が吸収してきた日本の古典も、そして海外の知識も、さまざまなものが投げ込まれた幻想譚になっています。
私が博士論文をまとめた『反復/変形の諸相 澁澤龍彥と近現代小説』(翰林書房、2016年)には、澁澤の「翻案・引用、方法としてのパロディ」を論じた箇所がありますが、澁澤は場合によっては剽窃と見まがうような、しかしそこにたしかな創造性を感じさせる「反復/変形」を施した文章を書いた人でした。明治以降の近代文学における、作家のオリジナリティをめぐる考え方にはあまりこだわらず、日本の古典や海外の文献も含めて自由に横断していくようなクリエイティビティが、そこにはある。澁澤を起点にすることで、近現代小説のひと味違う読み方を示唆できないかと思い、研究を進めています。
インタビューの後編では、そうしたなかで最近、改めて〈怪奇〉に魅かれていることについてお話しできればと思います。今、実話怪談もいろいろと流行っていますよね。そうしたなかで近年、澁澤と〈怪奇〉ということについて、改めて考えているんです。
後編は 「怪奇を考える。実話怪談から見える可能性」>>
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安西 晋二
研究分野
日本近現代文学
論文
岡本起泉『恨瀬戸恋神奈川』論―明治初期草双紙における虚実の一例―(2025/05/15)
〈怪奇〉を語る澁澤龍彥―非人間的存在への志向―(2025/03/20)
