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日本で発祥し独自に発展を遂げた「駅伝」

~スポーツ、その日本のルーツを探る~

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人間開発学部 教授 大森俊夫

2017年12月15日更新

 日本においては、2019年ラグビーワールドカップ、2020年は東京オリンピック・パラリンピックと、スポーツのビッグイベントが続きます。さまざまな競技がある中、日本におけるその競技の伝統や起源を探っていくことで、グローバルなスポーツの中の「日本」を紹介いたします。(※画面の右上のLanguageでEnglishを選択すると、英文がご覧いただけます This article has an English version page.) 

~駅伝~

JN駅伝①

◆駅伝の始まり

 駅伝とは、数名の選手がチームを作り、長距離をリレー形式で走り、その時間を競う陸上競技です。大きな特徴は、区間を走り終えるごとに前の走者から受け継いだ「襷」を次の走者に託すことにあります。

 駅伝という言葉の根源は古く、「日本書紀」にもその痕跡を見ることができます。律令時代に唐の制度にならい取り入れられた「伝馬」や「駅馬」の制度がそれにあたります。馬を使い中継所となる駅を行き来し各地と情報のやり取りをしていました。鎌倉時代から整備をされている現在の郵便制度にあたる「飛脚」の制度などはそのなごりといえるかもしれません。

 日本で最初に競技として行われた駅伝は、1917(大正6)年に行われた「東京奠都(てんと)記念東海道駅伝徒歩競走」で、全23区516kmのコースで行われました。この時はじめて「駅伝」と名づけられており、今年がちょうど駅伝発祥100年を迎えたことになります。実はこの大会、当初は「マラソン・リレー」として告知されていましたが、開催前には「駅伝競走」に変更されています。マラソンを意識した名称から、東海道五十三次の「駅」を伝うという日本的な名称です。命名は神宮皇學館(現皇學館大學)の館長だった武田千代三郎によるものです。この大会が評判となり、その3年後(大正9年)にあの「箱根駅伝」が誕生します。

JN(駅伝)④

 

◆日本で発祥し独自に発展を遂げた「駅伝」

 駅伝を英語で言えば「Long Distance Relay」となります。しかし、ほとんど海外では通じません。なぜならば駅伝競技は、日本で発祥し、独自に発展を遂げた陸上競技だからです。

日本で駅伝が広まったのは日本における「マラソンの父」と称される金栗四三の尽力がありました。日本の長距離選手の底上げを図るために始められ、選手層を厚くするという意味で大きな成果がありました。

 一時は日本中で数多くの駅伝大会がありましたが、現在は大会数がかなり減っています。その大きな原因は公道を走るため、交通規制が年々難しくなっていることです。1951年にはじまった東日本縦断駅伝(通称:青東駅伝)は、青森県青森市から東京都まで55区間・759kmを7日間で走破する最大規模の大会でした。しかし、交通事情の変動等の課題により2002年大会を最後に開催されておらず、大きな駅伝大会も中止せざるを得なくなっています。

JN駅伝②

 

◆日本人らしさを表す「駅伝」

 現在行われている主な駅伝は都道府県対抗駅伝、全国の中学・高校駅伝など公的な意味合いの強いものが中心ですが、異彩を放っているのが今年度で94回目を迎える関東地区の駅伝大会である箱根駅伝をはじめとする3つの大学駅伝です。

 「三大駅伝」とは、「出雲全日本大学選抜駅伝競走」(通称:出雲駅伝)、「秩父宮賜盃全日本大学駅伝対抗選手権大会」(通称:全日本大学駅伝)、そして2018年には本学も出走する「東京箱根間往復大学駅伝競走」(通称:箱根駅伝)です。

 この「三大駅伝」が行われる出雲、伊勢、富士山を目指す箱根は、すべて日本の歴史的に重要な土地です。特に、出雲大社や伊勢神宮といった神話の世界を疾走する特徴があり、見る人の心を捉えて離しません。

 駅伝には、また、各区間を1人で走る自分との戦いでありつつ、チーム一丸となり、「襷」を繋ぐため、体調が悪くなった場合でも必死で各区を走り抜けます。他人を傷つけることなく、1人1人がチームのために励む姿が、日本人の心の琴線に触れ、心を掴んでいるのでしょう。

JN(駅伝)③

 

※画面の右上のLanguageでEnglishを選択すると、英文がご覧いただけます This article has an English version page.

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