
※このインタビューは令和6(2024)年に実施されたインタビューの内容をもとに制作しています。
法学部法律学科政治専攻で地方自治を学ぶ渥美翔さん(法4(取材時は3年生))。学業のかたわら、持てる時間と体力のほぼすべてを注ぎ、地元のさいたま市で多様な活動に取り組んでいる。その驚くべき活動範囲と、活動に向かう思いや今後の夢などについて話をきいた。
若者と政治をつなげる活動を高校時代から
さいたま市に生まれ育った渥美翔さん。現在、同市の市民活動推進委員会委員、消防団、高校生ファシリテーター会議代表など、地元で様々な活動に取り組んでいる。一体どうやって時間を捻出しているのかと思うほどの充実ぶりだが、その始まりは中学時代まで遡る。中高一貫校で中学、高校ともに生徒会長を務めるなど、課外活動に注力するなかで、担任の先生から学外にも多様な活動の場があることを教えてもらう。なかでも、高校1年生の冬に、先生に勧められて参加した高校生向けの議員インターンシップが、渥美さんにとって大きな転機となった。
「若者と政治をつなげる活動をしているNPO法人I-CAS(アイカス)が主催しているインターンシップで、コロナ禍のためオンラインでの実施でしたが、初めて政治に触れることになりました。高校も休校続きで時間を持て余していたところに、I-CASがスタッフを募集していると聞き、すぐに参加を決意。所属後は、全国の地方議会議員さんとお話する機会が増えたのですが、議員のみなさんは若者に政治参加を促す方法に苦慮していました。どうしたら若者が政治に興味を持つのか、一緒に考えるうちに、大学では政治学を学ぼうと思うようになりました」
高校3年生の時、さいたま市長選挙があり、2名が立候補した。その際にI-CASとけんみん会議などの団体が協力し、オンラインで公開討論会を実施。候補者も協力的で、幅広い年齢層の市民が参加し意義のある催しになった。
「現在の日本では、政治とカネの問題など、金銭感覚を含め、政治家とは住む世界が違うと感じてしまっても仕方がない状況にあると思います。しかし、実際に地方議会議員の方と話してみると、意外に身近な存在であることに気づく参加者が多かったんです」
政治のリアルに触れられる機会は重要だ。個人ではなかなか見つけられない接点を、渥美さんたちは提供してきた。議員インターンシップに参加した後、I-CASのスタッフとして活動を続ける高校生も増えており、政治を自分事として考える貴重なきっかけになっている。

タブレットを使って、ファシリテーション講習会の様子を説明してくれる渥美さん。インタビューのために、活動内容や報道記事などの資料を大量に持参してくれた。
出会いから、新たに広がる世界
好奇心から様々な活動に参加し、そこでの出会いがまた新たな出会いを呼ぶ。市長選の時に出会った人から、ファシリテーションの講習会があると教わり参加した渥美さん。今ではその代表を務めている。参加した当初は高校生限定の講習会だったが、参加できる年齢層を大きく広げた。
「講習会では、小中高生から大学生までが5人ほどのグループになり、1つのテーマで自由に考えます。まずは各自の意見を一色の付箋に書いて模造紙に貼っていき、それを読んでアイデアが浮かんだら別の色の付箋に書いて貼る。次々に意見を出す人もいれば、イラストを書き込む人もいたり、2~3時間で素晴らしい1枚に仕上がります。小学生でも大学生と対等に、楽しそうに意見し合っていて、思いがけない発想が生まれてきたり、テーマからの関連で地域のことを考えるようになる参加者もいたり。話し合いの雰囲気づくりであるファシリテーション技術って本当にすごいと思いますね」
市との協働事業であるため、市役所職員の方と仕事をする中で気づくことも多い。市役所の知られざる仕事に触れたり、広報力や信頼性に助けられたりした。ボランティアを行う上で、協働というあり方の大切さを実感することができた。
今最も力を入れているのは消防団の活動。高校生の時から3回も救急救命の場面に遭遇し、「自分は何もできない」という事実に打ちのめされたことが背景にある。まずは知識を得ようと、消防局と日本赤十字主催の応急手当てや救命講習会に参加し、最終的に資格まで取得。講習会に参加している中で地元の消防団の存在を知り、入団を決めた。イベントや毎月の設備点検など活動は多い上に、訓練もある。放水訓練のほか、応急手当て訓練、チェーンソーの使い方や土嚢の作り方など、災害時に役立つスキルもしっかりと修得する。
「無力さから学んだ経験を踏まえ、できることがあるはずだと思った」
消防団で知り合った人に紹介されて、公立中学校で放課後に勉強を教えるチャレンジスクールの講師も務めることになった。さらに、市民活動の調査・審査を行うと同時に市長の諮問委員会的な役割を持つ、さいたま市市民活動推進委員会の委員でもある。世界はどんどん広がっていく。

渥美さんがいちばん注力している地元消防団の活動。応急手当ての知識や災害時に役立つスキルなどを真摯に学び、身につけている。
地域のために。その時々の居場所で責任を果たす
この多岐にわたる活動は、決して自らの「可能性探し」ではない。
地域のために––。
ただその思いを起点に、まわりからの紹介や好奇心に導かれるまま、チャレンジしてきた。ある組織では代表を務め、ある組織では若手のホープと期待される。その時々の居場所で役割や責任があり、新たに学ばなくてはならないことも山積する。
「未熟さを痛感することもあるのですが、時間を作ろうと思えば作れる学生だからこそ、学べることも非常に多い。若さは武器なのだと思います。勧められたら、迷わず飛び込んでみることができる。興味を感じたら、追究することもできる。さらに大学で学んでいる知識を活かしつつ地域で実践する、この両輪で学びを深めていける状況には手応えを感じています」
現場でしか見えてこない課題もあるだろう。大学では、地方自治のゼミに属し、ゼミ論では「さいたま市役所の移転問題」をテーマに、調査・分析を重ねた。大学での学びも地元に寄せる。そもそも地域をここまで思うようになったことには何か理由があるのだろうか。
「さいたまは『翔んで埼玉』(平成31(2019)年公開)という映画もありましたし、どうも面白おかしく扱われることが多くて、それに対する反発心も混じった地元愛、という感じでしょうか(笑)。さいたまにはこんなに良いところがあるんだぞってアピールしたいんですよね」
これまでの取り組みを活かし、将来はさいたまの地方自治をなんらかの形で支えるような役割を果たしたいと考えている渥美さん。しかし、そのゴールまでに何をどうやっていくかは、まだ決められないと呟く。
「教職も取っており、学校と地域をつなげるような仕事も面白そうだなと思いますし、公務員もやりがいがある。残された時間はあまりありませんが、もう少し悩んでみます」
未来への選択肢の多さは、数多くの活動の成果だ。どのような方向に進むにせよ、渥美さんはきっと、地域のために、新しいムーブメントを起こしていくことだろう。
