データを用いてスポーツにおける戦略をサポートするというならば、いまはAIをフル活用できるのではないか。それは当然の考えに見える。しかし、事はそう簡単ではないらしい。試合映像のデータ化がどんどん容易になり、AIに学習させるデータの量がどんどん増えていても、やはりどんなデータを学習させるのかが問われるというのだ。もちろん、データを裏切るアスリートたちの駆け引きもある。スポーツとテクノロジーは、簡単に解決しないからこそ面白い、刺激的な関係を結んでいる。
渡辺啓太・人間開発学部健康体育学科准教授へのインタビュー後編では、こうした先端技術とのかかわりから、大学という場で学生たちとスポーツ情報戦略について考えることの意義まで語ってもらった。その話に耳を傾けていると、一気に発展してきたスポーツ情報戦略という領域が、成熟の時代を迎えつつあるように聞こえてくる。
スポーツ情報戦略は、さまざまな場面で活用されています。自分たちの映像を分析することによって、普段の練習、つまりは強化や育成において役立てることができますし、試合前に対戦相手のデータを分析することで戦い方のプランを想定していくことができます。
そして試合中におけるリアルタイムでのコーチングの可否は、それぞれのスポーツの競技規則やルールによって異なります。バレーボールにおいては許可されているため、目の前でおこなわれている試合の展開を即座にデータとして記録し、分析して即フィードバックしていきます。これを可能にするのは、ソフトに試合状況を入力していく高速のタイピング技術であり、現在においてもここは手入力、つまりは人力でおこなっているんです。
既に終了している試合の撮影データに関しては、インドに作業拠点がある専門の会社に依頼し、ビデオファイルから“データ起こし”をしてもらいます。このデータ起こしというのは、映像を分析可能なデータの形にする作業で、たとえばこのインタビューの音声を文字に置き換えていくテープ起こしのようなものだと考えてください。そうした作業を専門の業者さんが、ときにテクノロジーの力も借りつつ人力で短時間のうちにデータ起こししてくれ、私たちはそのデータをもとに分析を進めることができるわけです。
昔はこの映像のデータ起こしをすべて自分たちでやらなければなりませんでした。自チームの試合映像のみならず、対戦相手の映像もすべていちから見てデータにしていかなければいけない。その作業の負担がとても大きいのは、ご想像いただけると思います。
いまでも試合中のデータ入力が大変なのは先述したとおりです。ただ、既に収録されている映像のデータ起こしに関してはアウトソーシングできるようになってきているので、そのぶん空いたリソースを、取得したデータを用いた分析に重点的にあてていくことが可能になっています。
データの活用の仕方も、だんだんと変わってきました。以前ですと、指導者が考えている仮説を検証し、戦術に反映させていくためにデータを用いるということが多かったのですが、いまはアウトソーシングによって大量の情報を取得しやすくなっているため、そのデータのなかから何か新しい発見ができるのか試みていく──いわゆる発掘・探索型のアプローチでデータ分析をおこなうことが多くなってきています。データの山から、いかにお宝を発見できるか。スポーツ情報戦略は、既にそうしたフェーズへ入っているとも言えます。
一方で、インタビュー前編でも少し触れましたが、AIの活用についてはまだまだ発展途上です。私自身、かれこれ10年ほど、AIをもちいたデータ分析の可能性を模索しています。バレーボールの選手や指導者にヒアリングすると多く聞かれる声として、「相手のセッターが次にどこにトスを上げてくるのかがわかれば、とても助かる」という話が挙がります。スポーツデータ分析の専門家としてこの要望を引き受けるとすれば、いかにセッターの頭の中を覗けるかということになり、AIの活用も、こうした文脈において探究しているわけです。
とはいえ、機械学習させるデータの与え方に、課題があるように考えています。たとえば相手チームに、普段多くの得点をとっているエースのアタッカーがいるならば、セッターがその選手に多くのトスを上げるだろう、というように人間であれば一定のバイアスと共に分析をしていきます。しかしAIに対してフラットにデータを与えると、良くも悪くもこうした人間にはバイアスとなっている前提条件を抜きにして分析してしまうことがあります。
AIに正解を与えない学習のさせ方を「教師なし学習」、正解を与える学習のさせ方を「教師あり学習」と呼ぶことはご存じの方もいらっしゃると思います。バレーボールの情報戦略に今後AIをより援用していくには「教師なし学習」では限界があり、「教師あり学習」に用いるデータをどのように用意していくのか、そこを考えていく必要がありそうです。優れたコーチの方が予測できたプレーがあるとしたら、そこに含まれている暗黙知をどのようにデータに落とし込んでいくのか、ということですね。
スポーツ情報戦略は、さまざまな競技レベルや場で役立ててもらえるということを、改めて実感しています。たとえばトップレベルの選手や指導者の方々に、試合中にボールが動いている時間はどれくらいか質問すると、試合時間の半分ぐらいではないかといった答えをいただくことが多いのですが、データを見ると5分の1程度だったんです。つまり、試合中8割方の時間はプレーしていないということが見えてきて、するとその時間の使い方に対する意識が変化していき、可能な準備、振り返り、コミュニケーションなどを重視して考えていくことができます。
一方、いま本学で授業をしていると、さまざまな競技に関心をもつ学生が集うので、いろんなスポーツおよびそのゲーム構造を分析し、みんなで学び合うことができます。これはバレーボールの指導や分析にのみ従事している場合は得られない体験で、とても刺激的です。そして、ひとつの競技に特化するだけではない、横断的に活躍するスポーツアナリストが生まれていくような、そんな人材の流動性につながっていけばという思いもあります。
また教職志望の学生が多いということもありまして、スポーツ情報戦略の知見を将来、それぞれの教育実践の場で生かしてもらえれば、とも感じています。たとえば中学校や高校で部活動を指導する場合でも、データを活用することは教員自体の助けにもなりますし、問題視されるようないきすぎた指導を防ぐことにもつながるかもしれません。
トップアスリートの助けとなるだけでなく、よりいろんな方々に対象を広げていくスポーツ情報戦略の活用──スポーツ界特有の勝ち・負けだけでなく、スポーツ情報戦略を活用することで生まれる新たなスポーツの価値を追求し、社会に広がっていくその可能性の根っこを形づくることに、やりがいを感じています。
渡辺 啓太
論文
スポーツ現場における国内情報戦略専門スタッフの実態調査(2023/04/03)
サイドアウト率とブレイク率による勝率の予測 南部勝率:バレーボール版ピタゴラス勝率の導入の試み(2023/07/)