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宿泊業はサステナブル投資を活用し事業発展を目指すべき

観光宿泊業から見た日本社会の未来 ―後編―

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観光まちづくり学部 教授 井門 隆夫

2024年5月15日更新

 社会や環境に配慮した投資や企業活動が重視されるようになってきたなか、宿泊業もまた、社会にポジティブなインパクトを残せるかどうかが問われているのではないか。井門隆夫・観光まちづくり学部観光まちづくり学科教授は、窮地に立たされている中小宿泊業の未来を、そうした世界的な潮流のなかでとらえている。

 日本の中小宿泊業の根本的な問題点にフォーカスしたインタビュー前編。その視点は、井門教授自身が旅行会社に身を置いて目の当たりにしてきた光景と結びついている。この後編では、自身の歩みを踏まえながら、現在進行形でおこなわれている地域社会の“実験”を紹介していく。

 

 日本の中小宿泊業に注力していくようになったのは、もともと私が旅行会社に勤めていた経験が大きく影響しています。大学卒業後、入社したのは1985年のことです。インタビューの前編で、資本金5,000万円以下の中小宿泊業の労働生産性が1993年から下がっていったという話をしましたが、その頃の私は国内旅行部という部署に所属しており、まさにその実態を目の当たりにしていました。

 ちょうどバブル崩壊の最中でした。その後、日本経済が「失われた30年」などといわれることになるとは思わず、いつか持ち直すだろうと信じながらも、一向に好転することのない状況に向かい合っていきました。

 旅行会社が価格を下げようとするために、宿泊業者の方々にもどうしてもしわ寄せがいってしまうということになっていきました。すると、宿の方々から「もっと私たちの“価値”を売ってほしい」という声が届くようになったのです。

 いまのように、宿の利用者やインターネットのユーザーが自由にレビューや評価を書き込むような時代が来る遥か前、これからインターネットが普及していく、という時期のことでした。勤めていた旅行会社では、旅館に泊まったお客様のアンケート調査を集計、データとして蓄積しながら、単に価格の安さだけを重視するのではなく、きちんとお客様の満足度の高いお宿を紹介していこう、というような地道な取り組みがおこなわれるようになっていきました。

 私としても、価格と満足度の因果関係などをデータから考えるような取り組みを進めていたところ、いくつかの宿やホテルからコンサルティングをしてくれないか、というお声がけをいただくようになりました。それが発端となり、社内起業をしてアンケート分析の専門企業をつくり、やがてそれは研究所として発展していくことになります。そうした会社員としての業務と共に、大学の客員教授もさせていただき、現在の研究者としての道につながってきたということなのです。

 2000年代に入り、不良債権化した旅館の事業再生、というようなことにも取り組んできました。全国津々浦々の宿を調査し、事業再生のための計画書をつくる、というような仕事を重ねていったのです。

 インタビュー前編で触れたような、中小宿泊業における「資本(所有)」と「運営」の分離、という課題にいきあたっていったのも、こうした現場での経験あってのことです。とはいえ、「資本(所有)」と「運営」をめぐる民法上の制度改革に、すぐさますべてを託すというわけにもいきません。中小宿泊業を再生するための方法を、さまざまに探っていく必要があります。

 実はそのヒントも、旅館の事業再生に取り組むような日々のなかで見つかっていきました。日本のバブル崩壊を他山の石としていたはずの世界経済もまた、2008年のリーマンショック以降、多大な影響を受けていきました。そうしたなか、特に欧米が着目していったのが、短期的にキャピタルゲインを得るような資本主義のかたちではない、持続可能(サステナブル)な経済のかたちでした。

 たとえば、サステナブル投資の手法のひとつとして、近年注目を浴びているのが環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の頭文字をとったESG投資です。上記の3要素に着目した投資であり、同時に財務的なリターンを求め、KPIをマイルストーンとして指標化しています。

 サステナブル投資のもうひとつの手法として、インパクト投資と呼ばれるものがあります。ここで注目されている「社会的インパクト」というのは、活動や投資を通じて社会や環境に与えていく変化のことを指しているのですが、インパクト投資とは、財務的リターンに加えて社会的リターンを求め、地域社会の維持・再生を目的としていく投資のかたちです。実際に、環境や社会面に大きくポジティブなインパクトを与え、逆にネガティブなインパクトを抑えていく企業活動へ向けた「ポジティブ・インパクト・ファイナンス」といった融資を、銀行が行うようになっています。

 日本の中小の宿泊業にとっても、こうした社会的インパクトを中心的な価値とした事業のあり方を、大いに発展させるべきだと私は考えています。海外においては富裕層を宿泊者として想定し、地域の自然環境の保護や、雇用を含めた地域社会への貢献などを目的とした、新エコロッジと呼ぶべき実践例もあります。日本でも、いろいろなかたちを模索しうるはずです。

 たとえば2021年、島根県沖・隠岐諸島の海士町にオープンしたのが、「Entô」です。隠岐ユネスコ世界ジオパークに指定された地に「泊まれる拠点施設」として、注目を浴びています。「Entô」は文字通り“遠島”、古くから遠流=島流しの地とされてきた場所において、むしろその「遠さ」にこそ価値を定めて、豊かな自然や生態系を体感できる施設をつくったのです。

 建築資材としての木材や、宿泊者向けの食材の調達も、地元を重視しておこなわれています。また移住者が多い土地でもあるのですが、海士町複業協同組合が「AMU WORK」という取り組みをしています。「AMU WORKER」と呼ばれる職員になると、たとえば夏場は宿泊業、冬は漁業といったように、季節に応じて組織横断的に、人手の足りないところで働くことができるというわけです。「島留学」という制度もありますし、さまざまなかたちで人びとの還流が起こしていって、持続可能な島の社会を築くべく、多くの取り組みがおこなわれているんです。私のゼミの学生も、夏にはみんなで隠岐を訪れています。

 インタビューの前編でもお話ししたように、宿泊業というのは社会資本です。だからこそ、社会に対してさまざまな貢献の仕方ができるはず。私自身もそうした実験の場に参加しながら、中小の宿泊業の未来を、考えていきたいと思います。

 

 

井門 隆夫

研究分野

観光イノベーション、宿泊業経営研究、観光・ツーリズム

論文

小規模宿泊業の資本のあり方に関する研究(2024/03/26)

小規模宿泊業の社会的インパクトに関する考察(2022/12/28)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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