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心理学から見る子どもとの関係性の築き方

子どもたちの遊びはどう作られるのか ―後編―

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人間開発学部 教授 結城 孝治

2024年5月1日更新

 子どもたちの遊びが成立していくプロセスは、その現場に身を置いていればリアルそのもの。しかし、その場を離れて第三者に共有しようとすれば、途端に困難が待ち構えている。いったい、どうやって伝えればいいのだろう?

 そんな難問に、ビデオカメラ片手に子どもたちの輪の中に飛び込み、文字通り体当たりで挑んできたのが結城孝治・人間開発学部子ども支援学科教授である。心理学を基盤に、現象をきちんと“可視化”し、検証可能なものとして共有していくこと。そうした分析の積み重ねは、決してドライなものではない。子どもたちとの関係性の只中に身を置いてきた、結城教授のリアリティが滲んでいる。

 

 子どもたちの間で遊びというものがどのように成立していくのか、その関係性と過程を見ていくことに関心があるというお話をインタビュー前編でしましたが、そうした興味を抱いている私の研究者としてのバックボーンにあるのは、心理学です。

 私は、心理学は“心”という目に見えないものを目に見えるようなかたちで“可視化”する学問だと考えています。もちろん心理学にもさまざまな立場がありまして、見えないものを見えないままに語りつくそうとするような手法もあるにはあります。ただ、はっきりと見えるかたちのデータがないのであれば、そのうえでの議論も確固たるものになりえず、「なぜそういうふうにいえるのか」という疑問が生まれてしまうと私は考えています。「いや、経験的にそういえるのだ」といわれても、そう信じられる人以外には議論を説得的に広げていくことができません。すくなくともかつて私が大学で学んだのは、見えないものを測る・測定して可視化する、という心理学でした。

 では、遊んでいる子どもたちの様子、そのプロセスというものをどのように可視化していくのか。1990年代半ばの頃でしょうか、指導教授の先生に指示されながら私たち学生が試していった手法というのは、子どもたちの遊びの輪の中に、ビデオカメラをもって入っていって撮り、記録するという方法をとりました。

 心理学の研究者たちのあいだでもまだやり方がまとまっていなかった時代でして、調査方法も含めて手探りでトライしていったところがあります。いまも私の研究室には、何百本という数のビデオテープが保管されています。

 現場でもメモ書きのようなものはとるのですが、それだけでは研究には足りませんから、ビデオテープの音声や映像を、目に見える形に起こしていく必要があります。私たちが現場で目の当たりにした子どもたちの遊びの展開の過程、そして人間関係がどうなっているのかということを、時間をかけて起こしていくわけです。

 だいたい、映像の記録時間の10倍ぐらいはかかるでしょうか。1分の映像をデータのかたちにしていくのに、10分かかる。一度保育園にいけば2時間くらいは観察しているので、その後の作業は20時間かかる計算になります。つまり、遅々としてすすまないのです(笑)。いまでこそAI(人工知能)による音声の起こしのソフトウェアなどはありますが、まだ技術的に不十分なところがあり、自分たち人間の手でやるほかはありません。

 それでもなんとか目に見えるかたちにしていくわけでして……いま手元にあるのは、担当する学生たちが卒業論文を書く参考になればと持参した、私が若い頃に書いた修士論文です。子どもたちのうち誰が遊びの中心部にいて、誰が周辺部にいて、それが時間の経過とともにどのように変化していくのか、といったことを共有可能なかたちで図にしています。たとえば、遊びの展開のキーになる発言を誰が行なって、それを誰が受けて引き継いだのか。なんで、この子はリーダーのように感じられるのだろう。そういったことが、遊びの展開のデータから見えてきます。それは、単に発言数が多いとかでは見えてこないんですね。発言を受け取る側がどういう対応をするかによって、キーとなる発言が活きたり、活かされなかったします。

 現場で子どもたちを観察していたときに抱いていた実感が、映像を“測定”可能なものに変換していったときにエビデンスとして見えてきたとき、つまり、現場で得た生の感覚が実証されたときには、独特の喜びがありますね。

 このようにして私は保育の現場での観察、そしてその場を記録した映像の分析を重ねてきたので、初めて会うお子さんたちの間に入っていったとしても、だいたい10分や15分ぐらいで、その場の人間関係というものが見て取れるというのが特技になっています(笑)。

 インタビューの前編で、子どもたちの集団のなかで「気になる子ども」をどうにかしてほしい、という相談を受けることがある、と述べました。そして、問題はその子にあるのではない、ということもお伝えしました。その子は「気になる子ども」ではなく、集団の関係性のなかで解決しなければいけない、と。

 「気になる子ども」とされているのがAさんだとすると、実際に私がその子も含めた子どもたちの集団に入っていくときは、いきなりAさんと仲良くしようとはしません。場の関係性を観察するなかで、Aさんが気にしていそうな別の子=Bさんと仲良くなる、ということからスタートしていきます。

 Aさんの問題の解決を相談してきた現場の保育者の方々は、よく私の行動をきょとんとした表情でご覧になっています(笑)。それはそうですよね、最初はまったくAさんにアプローチしないのですから。ただ、Bさんと遊びながら仲良くなるうちに、やがてAさんとも仲良くなり、そうした人間関係の再編成のなかで場の問題を解決していく、という方法を私はとっているんです。

 こうした方法は、研究者としての“測定”のみならず、かつて十年ほど障害児教育の巡回指導専門員の仕事をしていた、という経験にも大きく影響されています。どうしたら目の前の子どもたちと関係を紡ぐことができるだろう、と試行錯誤するなかで、培っていった方法でもあるのです。研究してきたことを、そうした実践の場にお返しする、それも単なる主観に陥らないよう、“測定”をもとに考えているところもあるかもしれません。

 関係性を規定することからは、人間関係は始められない、と私は思います。目の前のひとりの子に、いきなり仲良くなろうといったとしても、そう簡単に事は運ばない。むしろ、活動から関係ははじまるのではないでしょうか。場のなかで一緒に何か遊ぶなどしていくうちに、関係というものは生まれていくように思います。

 ですから、もし現場で「気になる子ども」に頭を悩ませている保育者の方がいらしたら、その場のなかで活動し、ともに遊びながら、子どもたちの間の関係性に緩やかな変化を起こしてほしいと思います。よく遊び慣れた子どもたち同士だと、遊びは急ピッチで展開していきますから、そこでひとりの子の理解が追いつかない、ということがある。そのときには先生が入って、他の子も入りやすいよう「活動の隙間」を作ってあげる。先生から、「いまの話、ちょっと先生はわからなかったな、こういうこと?」などと場を自然にスローダウンさせてあげる。そのような活動から、参加の機会が生まれ、そして、新しい関係というものは、紡がれていくのではないでしょうか。

 

 

結城 孝治

研究分野

臨床発達心理学、発達心理学

論文

幼児期における教育相談の意義についての一考察(2018/02/28)

保育実習事後指導が保育者効力感及び実習に対する不安に及ぼす影響(2017/02/28)

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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