価値観の多様化が進むいま、法学や政治学を学ぶ重要性は高まっている-。そう考えるのは、令和5(2023)年度から新たに法学部を率いることとなった國學院大學法学部の茢田真司学部長だ。同氏は「私たちが目指すのは、法律や政治の知識を学ぶだけの教育ではない」といい、本学部で学んだことは、法律や政治に直接関係する職業以外でも、社会のさまざまな場面で活用できるという。本学部が目指す教育について、茢田学部長が語った。
いまは1つの手法だけで解決できない「合意形成が難しい時代」
現代はグローバル化が進み、さまざまな人々の多様な価値観が混ざり合っています。多彩な国の人や文化が流入し、それらが共存することが求められている。こうした複雑化した社会では、何か1つの手法で課題が解決できることはほとんどないでしょう。見方を変えれば、合意形成が難しい社会といえます。
だからこそ、本学部が行う法学や政治学の研究・教育は重要性を増しています。多様化の進んだ社会でどういったルールが公正であるのか。あるいは、さまざまな意見を集約し、合意を作り上げていくプロセスとしてどんな手法が良いのか。価値観が対立する世界では、「こういうルールなのでそれに従ってください」だけでは解決しません。当事者の主張を聞き、その主張の根拠を提示し合い、お互いが納得する形を作る必要があります。
そもそも法学や政治学の根底にあるのは、人間の価値観は異なっているという事実です。法律という一定のルールがあるのもそのためですし、裁判も「利害の調停」を行うだけでなく、「価値観の対立」を調停する側面もあります。価値観の次元から一致しないことがしばしばある当事者の対立を、言葉で解決していくのが裁判であり、政治的な合意形成なのです。その意味で、価値観の相違は、むしろ法学や政治学の原点です。
学生のみなさんと話をしていると、物事には「1つの正解がある」と信じる傾向があるように思えます。たとえば私の専門領域は西洋政治思想であり、西洋世界におけるさまざまな政治思想を紹介していくのが講義の中心なのですが、そうすると「どの思想が1番良いのですか」と聞かれることがあります。さらに紹介した思想がそれぞれに欠点があり、完全なものではないと話すと、それらの思想を学んだことを「無駄」だと感じる人もいるようです。しかし、1つの思想、1つの考えだけでうまくいくことはこれまでもなかったですし、そうした多様な視点を持つことは、これからますます重要になってくると思います。
高校までの経験値を考えれば仕方ないとは思いますが、学生のみなさんは、自分が想像もつかない価値観を持つ人やそうした価値観に基づいて行動する文化があることをまだほとんど経験していません。本学部では、自分とは違う価値観に触れて、自分の価値観を相対化できるようになってほしいと思います。
目指す人材育成。対立を主体的に解決する人材とは
本学部が目指すのは、多様な価値観から生まれる対立を解決できる人材の育成です。それも主体的に問題と関わることを重視します。主体的とは、自分で積極的に議論に参加し、議論をまとめようとしたり、相手の意見に足りない部分があると感じたら指摘し反論する、あるいは、解決のプロセスを共同で考えるといった行動がとれることです。そのためには、自分の価値観や考え方にとらわれるのではなく、相手の価値観や考え方を理解しつつ、それとの共存を図ることのできる柔軟な思考が重要になってきます。
法学や政治学は、法曹や政治家などの専門家にしか関係しない学びだと思われがちです。 しかし、本学部が目指す「対立の解決」の能力は、決して専門職だけに必要なものではありません。対立や紛争は社会や日常の至るところに広がっています。地域での対立、企業での対立、組織での対立もありますし、近年では、家庭内においても、対等に意見を表明し、議論することの重要性が注目されています。そうした対立を主体的に解決することのできる人材は、企業でも社会でも地域でも求められています。
自分が持っている常識にとらわれることなく、相手の見解を理解しながら、公平な第三者の視点に立った解決策を提示することが必要ですし、そうした視点から具体的な判断を下すことが、対立の解決には重要なのです。
ここまでの発言でお気づきかと思いますが、そもそも本学部は法や政治の“知識を学ぶだけ”の教育をしようとは考えていません。知識の先にある判断力を磨くことを大切にしています。目指すのは、この判断力を用いた具体的な問題の解決能力を養成することであり、そのためにさまざまな知識を学んでもらうのです。本学部の卒業認定・学位授与方針を定めた「ディプロマ・ポリシー」にも、これらの思いを込めています。
——後編へ続く