渋谷界隈で活躍するみなさんに、ご自身が大切にする「アナログなもの」についてうかがう「みんなのアナログ」。今回は、創業100年を越える超舗銭湯「改良湯」の4代目、大和伸晃さんと慶子さんご夫妻にお話をうかがいます。
銭湯への思いを語ってくださった慶子さん(左)と伸晃さん(右)。
渋谷と恵比寿のほぼ真ん中。明治通りから一本裏手に入ると喧騒から一転、下町の風情が広がります。その一角にあるのが、大正5(1916)年の創業以来、この地に根付き、家族や親戚一同で経営されてきた「改良湯」です。
まず目に飛び込むのは、黒の漆喰で塗られたシックな外観にひときわ映える、壁一面に描かれた壮大なクジラの絵。平成30(2018)年12月、「人・文化が交差する銭湯」としてリニューアルした改良湯には、時代に合わせて変化する自由で新しい感性がありました。
銭湯らしからぬ斬新な壁画は、アーティストのemi tanajiさんによるもの。
ーー4代目として、ご夫婦で改良湯を継がれた経緯を教えてください。
慶子さん:改良湯は、曽祖父が始めました。継いだのは10年前のことです。夫は飲食業、私は専業主婦で、もともとまったく継ぐ気はなく、父も「自分の代で終わりかな」と思っていたようです。ただ日々通ってくださる地元の常連さんの存在もあり、「二人でできることからやってみよう」と。
伸晃さん:「100年続いた銭湯を守りたい」という気持ちはあったものの、二人ともそこまで「銭湯が好き」というわけではなくて(笑)。だからこそ、肩に力が入ることなく、目の前のことに素直に向き合うことができたのかなと思っています。
黒の漆喰塗りの壁に、白いのれんが映える。
ーーリニューアルのきっかけは何だったのでしょうか。
慶子さん:どこかが壊れるたびに修繕していたから、見た目がつぎはぎだらけになってきてしまって………。自分たちもこの空間にワクワクできなくなっていたのです。それなら、いっそのこと全面リニューアルしようということになりました。
銭湯らしい和の雰囲気を一掃した浴室。アートユニット「Gravityfree」によって「渋谷の昔と今」をテーマに描かれた壁絵が、インパクトを放つ。
ーーまず、外壁の巨大なアートペインティングに、クリエイティブな渋谷らしさを感じます。
伸晃さん:大通りから歩いてきて、パッと目について足を止めてもらえるように、単なる看板ではなく、インパクトのある絵を掲げたかった。絵師さんを募集して、40組ほどの中から選ばせていただきました。
ーー内装では、浴室内の照明の明るさを抑えたり、洗い場と湯船の間に目隠し用の壁をつくったりと、細部のこだわりが光ります。人目を気にせずリラックスできる空間が実現していますね。
慶子さん:二人とも気になるところは結構あったので、それを一つひとつ改善していきました。また女性のお客さんが圧倒的に少なかったので、来たいと思ってもらえる銭湯の形を追求しました。照明については、リニューアル直後に常連のおじいちゃんから「浴室が暗くなった」と言われましたが、今では「こっちの方が落ち着く」と言っていただいています。
黒と白でシンプルにまとめられた脱衣所。洗面台に仕切りを設け、隣を気にせずに利用できる配慮も。
ーー機能面も充実しました。その一つがお湯へのこだわりですね。
伸晃さん:温泉に近い成分にしようと、水道水を軟水に変えたことで、保水性にすぐれた、肌にやさしいお湯になりました。炭酸泉は38度というぬるめの温度に設定しているので、お子さんも長く浸かっていられますよ。
ーー“サウナー”の要望もあって、水風呂の水温がグンと下がったそうですね。
慶子さん:““サウナー”に、常に心地よい水風呂に入っていただくために、「チラー」という水を冷やす機械を導入しました。これまでは地下水のかけ流しで温度が安定しなかったのですが、水温が調整されるようになりました。
木の香りに癒される遠赤外線サウナは、サウナーたちの人気スポットに。
ーーリニューアル後、お客さんの層に変化はありましたか?
慶子さん:お子さん連れのお母さんや、若い女性が増えました。SNSも始めたので、それを見て遠方からいらっしゃるお客さまも多いですね。入った瞬間から、「わあ、すごい!」という歓声が聞こえてくることも多く、リニューアルしてよかったなと思っています。
伸晃さん:遠くから足を運んでくださる方々は、とくに「渋谷らしさ」を楽しんでくださっているのかなと思います。あと、近隣の大学生も増えましたね。常連の学生さんが友だちを連れて来てくれて、銭湯デビューを果たす、ということも多いようです。
ーー銭湯文化が、若い世代に見直されつつあるようですね。
伸晃さん:“サウナー”だけではなく、銭湯にはまる若い女性が増えたなと感じます。今までは家のお風呂で楽しんでいたけど、たまには銭湯に行ってみようという方が増えているのでしょう。
慶子さん:昔はどの町にもあったのですが、時代とともに忘れられた存在になっていました。リニューアルによって、多くの方々に銭湯の魅力を再発見してもらえたのは大きいですね。
伸晃さん:デジタルの世界から離れてリフレッシュする、デジタルデトックスで活用される方もいらっしゃいますね。IT企業が集まる渋谷ならでは、かもしれません。
他ではあまり見かけない“地サイダー”など、ドリンクも充実。
ーー地元の人たちが通う昭和の銭湯が、劇的に変化を遂げました。
伸晃さん:銭湯=コミュニティの場として、若い世代とも融合できる場所にしたいという思いがありました。というのも、銭湯って地元のおじいちゃん、おばあちゃんの拠り所と思われがちで、若い人は入りづらい。だから敷居を下げるためにも、「銭湯っぽくないものにしたい」と考えました。カフェやホテルなどを参考に、自分たちが「居心地がいい」と思える要素をちょっとずつ取り入れていきました。
慶子さん:もともと一部の銭湯好きな方には知られていたものの、渋谷という立地にありながら、ほとんど知られていなくて。せっかくリニューアルするなら、いろいろな方に来てもらいたい。そのためには単にお湯に浸かるための場所ではなく、「リラックスできる場所」を目指しました。
ーー誰もがリラックスできる場所で、自然とコミュニケーションも生まれたようですね。
慶子さん:いつも同じ時間帯に来て、顔見知りになって、名前までは知らないけど、ちょこちょこっと仕事の話をするということがあるようです。年配の方と学生さんという組み合わせもあります。
伸晃さん:ある学生さんが有名な社長さんと一緒になって、その場で就活の相談ができた、とSNSに投稿されていたのを見たこともあります。
ーーコミュニケーションの場として、銭湯の可能性をどう捉えていますか?
伸晃さん:銭湯という場所は、浴室に一歩入るとアナログの世界が広がっているので、より人間らしく会話ができるのかなと感じています。普段背負っている肩書きを取っ払って、素の自分でそこに居る人と向き合えるような気がするんです。
慶子さん:やっぱり裸になると、普段会話をしている時よりも感覚が敏感になって、繊細にいろんなことを感じとる、というのはありますよね。
伸晃さん:その時の気分で、誰かと話したり話さなかったり。お客さん同士で顔見知りになったとしても、交わす言葉はあいさつ程度という時もある。その適度な距離感が心地いいのかもしれません。
ーーまさにリニューアルのテーマである「渋谷クロッシング」というところでしょうか。
伸晃さん:「渋谷クロッシング」には、年齢も職業も多様な人たちが行き交う渋谷にある銭湯として、さまざまな人や文化が交差する場所にしたいという思いを込めています。
慶子さん:その一環として、多くの人が利用できるオープンな場をつくろうと、脱衣所のロッカーを可動式にして、イベントスペースとして利用できるようにもしました。
ーーこれまでどんなイベントを開催してきましたか?
伸晃さん:サイレントディスコ、落語、コンサート、銭湯に関連する映画の上映会など、昨年は月に一度のペースで開催していました。いずれも改良湯の自主企画ではなく、開かれたスペースを地域の方々に利用してもらおうというスタンスです。
慶子さん:銭湯好きなクリエイターさんによる「湯沸かし市」が開かれた時は、開店前からお客さんの列ができるほどの大盛況でした。
改良湯のロゴが入ったオリジナルグッズも販売。
ーーウイズコロナと言われる時代に、大事にしていきたいことはありますか。
伸晃さん:先の見えない状況ですが、どんなに時代は変わっても、銭湯が持つアナログの良さはなくしてはいけないと思っています。コミュニティの場という基本のスタンスは変わらず、大事にしていきます。
慶子さん:お客さん同士、また私たちとお客さんの間で、お互いを気遣いながらやっていくことが大事ですね。10年前に銭湯を継ぎ、試行錯誤を繰り返すうちに、銭湯の楽しさを実感できるようになりました。常連さんからは、「続けてくれてありがたい」という励ましや感謝の言葉をたくさんいただいたので、恩返しできたらなと。
伸晃さん:まだ先にはなりますが、落ち着いたらイベントも再開したいですね。これからも地域に根ざしながら、世代を超えたコミュニケーションの場、そしてリラックスできる場であり続けたいです。
改良湯
住所:東京都渋谷区東2-19-9
電話:03-3400-5782
営業時間:月曜日~金曜日15:00~24:00、日曜日・祝日13:00~23:00
※最終入場は閉店の30分前まで
定休日:土曜日
https://kairyou-yu.com/
取材・文:中里篤美 撮影:七咲友梨 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學