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天然ものだからこそ、持ち主の生き様が刻まれる
“日本一高い靴磨き職人”が語る革靴の魅力
(みんなのアナログ VOL.10 )

靴磨き職人 長谷川裕也さん

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靴磨き職人  長谷川裕也さん

2020年7月30日更新

 渋谷界隈で活躍する皆さんに、ご自身が大切にする「アナログなもの」についてうかがう「みんなのアナログ」。
 今回は、「世界の足元に革命を」をモットーに、靴磨き業界を牽引する、「Brift H(ブリフトアッシュ)」の代表、長谷川裕也さんにお話をうかがいます。

 

軽妙な語り口でインタビューに応える長谷川さん。

 

 南青山五丁目交差点と都道412号「六本木通り」を結ぶ「骨董通り」。通りの一画に建つ雑居ビルの2階に「Brift H(ブリフトアッシュ)」はあります。平成20(2008)年オープンの靴磨き専門店。バーさながらに、カウンターを挟んだ対面形式で靴を磨くのが特長です。料金は一足4000円。靴磨き職人を指名すると2000円の追加料金が発生します。決して安いとはいえない価格帯ですが、予約があとを絶ちません。

 

――今から12年前、骨董通りにお店を構えた理由を教えてください。

 お店を出すなら、最先端の流行が生まれる南青山周辺と決めていたんですよ。従来の靴磨き職人のネガティブなイメージを払拭したかったからです。
 路上で靴磨きをしていたころ、お客様から「靴磨きで食っていけるの?」「俳優でも目指しているの?」と、何度も聞かれました。
 そもそも弁護士さんや会計士さんに「食べていけるの?」なんて、質問しませんよね。

――「靴磨き職人=生活に窮している人」という先入観があるのかもしれませんね。

 それがどうにも納得いかなくて。当時、アパレルショップを辞めて靴磨き一本で生きていこうと決意を固めた時期でもありました。ならば、自分自身がかっこいい靴磨き職人のロールモデルになればいい。そんな思いもあって、店の住所は絶対に南青山と決めていたのです。
  骨董通りは、アパレル店員時代の勤め先だったので馴染みもあります。靴屋が多いので、靴磨きのニーズも期待できました。

 

対面形式だけではなく、革靴を預けて磨いてもらうお客さんもいる。

 

――対面カウンターを採用したのはなぜですか?

 路上で、あるお客様の靴を磨いていたら、「その姿、かっこわるいよね」と指摘されたのです。私は、服装にはかなり気を遣う方で、靴磨きをするときも夏ならパナマハットと麻のシャツ、冬なら黒い革ジャンといった具合に、おしゃれしをていました。まわりの同業者よりもちょっとイケてるっていう自負があったから、その一言は余計に響きましたね。
 ただ、その意見ももっともで、お客様の足元にかがんで靴を磨く姿勢は、たしかに「かっこいい」には結びつかない。ネイリストみたいに対面式で磨くことも考えたのですが、路上の設備では限界がありました。
 転機になったのは、平成19(2007)年に開かれた横浜そごうのVIPパーティーでした。会場の一角で靴磨きをするよう依頼を受けたのですが、招待されるのはトレンドに敏感な上顧客ばかりです。これまでにないスタイリッシュな靴磨きを楽しんでもらおうと、以前からアイデアを温めていたカウンタースタイルを導入しました。職人が三つ揃いのスーツをバシっと決めて、バーテンダーのような立ち居振る舞いで靴を磨く。見映えがするし、お客様からも好評でした。このときの成功体験が現在のスタイルに受け継がれています。

 

路上で靴磨きをしていた頃の長谷川さん(京都)。

 

――お店を利用するのは常連客が多いですか?

 定期的に予約を入れてくれるお客様も少なくありません。一方、この12年間で離れていったお客様もいらっしゃいます。二度の料金改定がその一因になっています。
 開業当初の料金は、松・竹・梅のグレードに分けて、それぞれ一足1500円、3500円、6000円に設定しました。「ホテルオークラ」で靴を磨くレジェンドの職人ですら一足1200円。ということは、うちが日本で一番高い靴磨きになるわけです。
 この価格設定には意味があって、ビジネスにおける「松竹梅の法則」にならうと、日本人は真ん中の「竹」を選ぶ傾向にあるそうです。だから「梅」は、ある意味オマケみたいなもの。ところが依頼の9割が「梅」に集中しちゃって。「梅」といっても一足40分くらいかけて仕上げるので、やればやるほどジリ貧になるんですよ。読みを外したのはかなり痛かったですね。

 

 

――時給換算すると、パートやアルバイトとそれほど変わりませんね。

 それでも3年ほど続けていたのですが、黒字化できずに値上げせざるをえない状況に陥りました。一律2400円にしたところ、馴染みのお客様からも不満の声が上がり、売り上げはがくんと落ちました。今の価格になったのは4年前から。「たかが靴磨きで」と思う方もいるかもしれませんが、値段相応の価値は提供しています。たとえば、マッサージ屋さんだって10分の施術で安くとも1000円はかかりますし。一足4000円でも利用してくれるお客様は、うちの方針に理解を示し技術を評価していただいているのだと思います。

――お客さんは年配の方が多いですか?

 客層は30半ばから50代の男性が中心になります。じつは最近、20代のお客様も増えてきたんですよ。今までスニーカーを履いてきた若者たちのこだわりが革靴へとシフトしているのでしょう。10年前には考えられないことです。

――革靴を愛用するのは、もっと大人の男性だと思っていました。

 新卒社会人で20万円くらいの革靴を履いていたりします。私たちの時代は、まず「リーガル」(明治35年設立の株式会社リーガルコーポレーションが展開するシューズブランド)の数万円の靴から始まり、30代くらいから徐々にこだわりが出てきて、「ポール・スミス」(イギリス発祥のファッションブランド)といったハイブランドに手をつけはじめるじゃないですか。それが新卒でいきなり何十万円の靴を履いてしまう。
 若者が高価な革靴を履くようになったのは、インターネットの普及も関係していると思います。すこし調べたら、革靴の情報がたくさん出てきますからね。いいデザイン、いい素材の靴を調べていくうちに、高級モデルに行き着くわけです。
 しかも、靴は価格的にも若者が手をだしやすい。「革靴の王様」ともいわれる「ジョン・ロブ」(王室御用達のイギリスの靴ブランド)でも、高いもので一足20〜30万円ほど。同じように愛好家の多い時計の場合だと、数百万円もする最高級品がザラにあります。

 

「磨くときの所作やふるまいにも気を配っています」と長谷川さん。

 

――革靴が人を惹きつける理由を教えてください。

 なんといっても自分で“育てる”楽しみです。たしかにスニーカーはかっこいい。けれど、買った当初が一番綺麗な状態でどんどん痛んでいくんですよ。一方の革靴はどうでしょうか。スニーカーと比べて重たいし、履きはじめは革も固くて足が痛くなることもある。それでも、使いこむほど足になじんでいき、アンティークのような艶が増していく。長い年月をかけて刻まれた履きじわからは、ベテラン俳優の笑いじわのような風格すら漂います。これこそ、天然ものでしか出せない魅力ですよね。

 

ブリフトアッシュの靴ブラシ。公式オンラインショップで月に一度販売される。

 

――靴を磨くのにも責任を感じますね。

 そうですね。お客様のなかには、靴を輝かせることだけが目的ではなく、様々な思いを抱いて来店する方もいらっしゃいます。たとえば「転職活動のために気合を入れたい」とか「ピカピカの靴で彼女にプロポーズしたい」とか。とくに印象に残っているのは、30年以上履き続けた靴を磨いたとき。持ち主は50代の男性で、来店の理由を尋ねたら「買い換えようと思っているから、最後くらいピカピカにして処分したい」と。人生をともに歩んできた靴なわけです。こちらは「死に化粧」を施す気分。“一足入魂”とばかりに、見違えるくらい磨かせてもらいました。そうしたら、受け渡しのときに一言。「あ、まだ履けるね」って(笑)。
 そんなオチがつきますが、あのときの衝撃を超える経験は未だにありません。

 

オリジナルの靴クリーム。革の寿命を延ばし、上品な光沢を生む。

 

独自に調合した油性ワックス(左)と、鏡面磨きに欠かせない磨き布(右)。

 

――お客さんと向き合って、靴を磨く姿はまるでカウンセラーのようですね。

 「どんな風に仕上げますか?」とうかがっても、すぐに返答できなかったりするものです。会話のなかから、それとなくお客様のご要望を探るのが腕の見せどころ。どんなときに履く靴なのか、どんな思い入れがあるのか。あとは表情や喋り方、服装からも、好みの仕上がりが見えてくることもあるんですよ。
 お客様にとってはなんとか工面した一時間かもしれません。それが「想像とちがうな」と思わせてしまっては、台無しですよね。ストレスのない時間と最高の仕上がりを両立させることが理想です。

――今年1月には、虎ノ門に系列店の「ザ シューシャイン&バー」をオープンしましたね。

 こちらは、バー併設型の靴磨き専門店になります。靴磨き職人とバーテンダーが常駐していて、靴を磨いている間、お客様はウイスキーやカクテルといったアルコールメニューが楽しめます。このごろは、オフィスカジュアルを取り入れている企業も増えてきたので、レザースニーカーの靴磨きも受け付けています。
 趣味人が多く訪れる「ブリフトアッシュ」に対して、「ザ シューシャイン&バー」は前線でバリバリ働くビジネスパーソンが多い印象を受けます。ロケーションも違えば、訪れるお客様の顔ぶれも違う。それがおもしろいですね。

 

 

――事務所を大磯に移すそうですね。

 南青山には、「ブリフトアッシュ」の店舗だけを残して、事務所兼工房を大磯に移す予定です。理由はふたつあって、まずひとつは経費削減のため。もうひとつは市場開拓のため。これまで都心で一心不乱に働いてきましたが、ある程度方向性が見えてきました。このあたりでちょっと気分を変えて、スローな環境に拠点を移してみようかな、と。いまは工房の開業に向けて工事を進めている段階です。

――そこでも靴磨きをされるのですか?

 たとえば、リゾート目的で湘南を訪れたビジネスパーソンをターゲットにしてみるとか。靴磨きに限らず、周辺に住むクリエイターとコラボ商品をつくったり、フリーマーケットを開催したり。そこでしかできないことにチャンレンジしたいんです。あっ! ブルワリーを開くのもおもしろいかもしれませんね。

――靴磨き業界を先導するプレッシャーもあるのでは?

 めちゃくちゃありますよ! それは靴磨きをはじめたころから感じていたことです。60代、70代の職人が中心になっている業界に20代の若者が飛びこんだわけですからね。誰かの背中を追いかけるというよりは、業界の新しい価値観をつくりあげるようなものです。
 いち靴磨き職人として、また経営者としてこれからも業界を盛り上げていきますよ。

 

ブリフトアッシュ店内。内装の一部は長谷川さんやスタッフがDIYしたもの。

 

長谷川裕也(はせがわ・ゆうや)

昭和59(1984)年生まれ、千葉県出身。靴磨き職人。靴磨き専門店Brift H(ブリフトアッシュ)代表。高校卒業後、製鉄所、英会話学校のセールスマンを経て、平成16(2004)年に路上で「靴磨き」をはじめる。平成18(2006)年には、靴磨き専門サイト「靴磨き.com」を設立。平成20(2008)年6月、南青山にカウンタースタイルの靴磨き専門店「Brift H」を開店。平成25(2017)年5月、イギリスで行われた「ワールドチャンピオンシップ・オブ・シューシャイニング」で優勝し、「靴磨き世界一」の称号を得る。令和2(2020)年7月、東京・大塚に、靴修理店「MAKE_SENSE_OTSUKA」をオープン。

公式サイト:https://brift-h.com/

 

 

取材・文:名嘉山直哉 撮影:押尾健太郎 編集:篠宮奈々子(DECO) 企画制作:國學院大學

 

 

このページに対するお問い合せ先: 広報課

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