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古典を通じた歴史的経済学者との対話から見えてくる経済問題の本質

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経済学部教授・学部長 尾近裕幸

2014年12月4日更新

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財政出動を推奨するケインジアンに対峙するハイエキアンの考え方

大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略を3本の矢として第2次安倍政権の下で進められている「アベノミクス」。11月18日、安倍総理は「来年10月の消費税引き上げの18カ月間の延期」、そしてアベノミクスの信任を争点に掲げて、衆議院を解散し総選挙を行うことで国民の信を問うことを決意しました。

今回の消費再増税問題に関し、安倍首相は40名の有識者に意見を聞きました。2008年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカのポール・クルーグマンもその中の一人です。彼のアドバイスは「消費税増税は行うべきではない」「財政出動をもっと行い景気を刺激すべき」という、ケインジアン特有の考え方です。ケインジアンとは、1936年に公表した『雇用・利子および貨幣の一般理論』によってその後の経済学と経済思想に大きな影響を与えたイギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズの考えを支持する学者たちを指す言葉です。

ケインジアンに対峙するのはハイエキアンと呼ばれる学者たちです。1974年にノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエクの考えを支持しています。「資本主義は不安定なので政府が手を差し伸べなければいけない」と唱えたケインズに対しハイエクは、「経済には強力な自己調整力が作用している」とし、市場への政府介入が引き起こす弊害を指摘します。

ハイエクは「借金ありきのケインジアン的発想は本末転倒で、そもそも借金をできるだけ作らない方法で経済を成長させるべき」と主張したのです。ハイエクは、経済を思うようにコントロールできるという考えは「致命的な思い上がり」だと断言しています。

古典を通じた偉大な経済学者との対話による思考の深化

日本銀行が異次元の金融緩和を行いながらも2%の物価目標達成に苦戦しています。そもそも物価をコントロールすることはできるのでしょうか。「政府は経済をコントロールできない」と唱えたハイエクが生きていたら、アベノミクスをどのように評価するでしょうか。それに対しケインズはどう反論するでしょうか。とても興味深いと思います。

私たちは日本の経済が抱える問題を正しく理解し、評価せねばなりません。短期的な景気の良し悪しや賃上げの有無という問題も重要ですが、20年30年先の日本社会の姿を考えることも大事です。残念ながらハイエクやケインズといった偉大な経済学者の声を実際に聞くことはできません。しかし、彼らが遺し、「時間という厳しい審判者の裁定をくぐり抜けて」生き続ける古典を読むことで対話し考えを深めていくことができます。

経済学の古典の多くに書かれているのは、当時の重要問題に関する著者の持論です。この意味で問題自体は、私たちが生きる時代とは異なるかもしれません。しかし多くの経済問題は時代を超えて繰り返されるということも確かです。時代背景が異なるので、古典に答えを見出せないかもしれません。とはいえ、偉大な経済者がどのように問題の本質を見抜き、思考したのかを知ることは、現代の問題を考える私たちの指針となるはずです。

古典を踏まえ、ベストではなく、よりベターな社会を構想する

経済学の古典の代表は、経済学の基礎を築いたアダム・スミスの『国富論』です。経済学者なら必ず読みます。含蓄が多く、何度読み返しても新しい発見がある点でアイディアの宝庫です。

TPP(環太平洋経済連携協定)など国家間の経済的協力関係の構築とそれを通じた国際平和の実現という重要な問題を考えるときに読み返したいのが、デヴィッド・リカードの『経済学および課税の原理』です。自由貿易と保護貿易の本質について理解できるはずです。

マルクスの『資本論』も古典です。マルクスの盟友エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』と一緒に読むと、労働者をどう理解していけばいいか、例えば派遣法の改正があったときに個別の非正規労働者の問題だけでなく、経済の中で労働者はどうあるべきなのかなど、深く考えることができます。

古典というと難解なイメージがつきものです。かつては格式高い日本語での翻訳が、古典へのアクセスをかえって困難にするということもあったと思います。しかし最近は翻訳家によるこなれた日本語での翻訳が出版され、古典も随分と読みやすくなりました。

また、経済学は社会経験が大事な学問です。この意味で、仕事を含め具体的な社会経験をもつ社会人こそ古典をより深く読み込むことができると思います。

経済学の歴史にはさまざまな対立軸が存在します。経済学は真理の発見ではなく、時々の問題を理解するための材料を提供するものだと思います。どんな政策にも良い面と悪い面があります。私たちがやるべきことは、それらを慎重に評価してベストではなくよりベターな社会を深く考えていくことではないでしょうか。そのためにも、ぜひ古典を読み、偉大な経済学者の考え方を理解しつつ、時には反論し、ゆっくりと対話しながら、ご自身の考えを深めていってもらえればと思います。

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