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震災を契機とした輪島市の“新たな地域自治”とは

鍵は“水平的ネットワーク”と“キーパーソン”の存在

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國學院大學法学部准教授 稲垣浩

2016年9月13日更新

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石川県輪島市の上空からの眺め(2006年5月撮影)。Photo by Adam Kahtava, under CC BY 2.0.

少子高齢化や地方の過疎化により、かつての町内会や自治会といった「地域自治システム」が崩壊している自治体も少なくない。それらが招くのは、地震や豪雨といった災害時の防災や福祉分野への対応がおろそかになることだ。

いくつかの自治体では実際にそうした問題に直面し、対策に取り組んでいる。たとえば石川県輪島市では、震災の経験から、防災と福祉の分野で先進的な取り組みに着手し、成果を挙げつつある。失われた町内会や自治会を再生させるだけにとどまらない“新たな地域自治システム”の構築が始まっているのだ。

輪島市の地域自治システムの特徴は、病院や介護施設、NPOといった既存の施設や組織が巧みに連携していることである。そのシステムは、仕組みづくりをけん引するリーダーや、各機関の連携を担うコーディネーター、実際に動くプレイヤーといった“地域のキーパーソン”がいたからこそ実現することができた。

輪島市の取り組みとは、どんな内容なのか。行政学や地方自治論を専門とする國學院大學法学部の稲垣浩准教授の話を元に紹介したい。
制作:JBpress

profile
國學院大學法学部の稲垣浩准教授。東京都立大学大学院社会科学研究科政治学専攻博士課程単位修得退学。北海学園大学法学部講師を経て現職。博士(政治学)。主著に『戦後地方自治と組織編成–「不確実」な制度と地方の「自己制約」』(吉田書店)など。

震災から数日でシステムを立ち上げたキーパーソン

──石川県輪島市では、防災・福祉に関する地域自治システムが進んでいるとのこと。なぜこの地域で活発になったのでしょうか。

稲垣浩氏(以下、敬称略):輪島市は、もともと地震が少ない地域とされ、それまで防災に対する意識は決して強くありませんでした。しかし2007年に能登半島地震が発生したことが契機となり、キーパーソンによるシステム形成が行われ、それ以来、10年近くの間、継続的に継続・改善が行われています。

──なぜ輪島市では継続的にシステムの継続・改善を行えているのでしょうか。

稲垣:行政が上から垂直的に構築したのではなく、地域が水平的にネットワークを作ったことが理由の1つです。さらに、震災時から継続可能なシステムを想定し、人が変わっても運営できる形を意識していたのも大きな要因です。

──実際にどんな仕組みを作ったのですか。

稲垣:最も大きな取り組みは「福祉避難所*1」の設置・運営です。

災害が起きると、住民は全員が1次避難として「一般避難所」に入ります。ただ、要介護認定者や障がい者、妊産婦・乳幼児、高齢者といった災害弱者は、一定期間以降も避難が必要になります。そこで国は、阪神大震災以降、災害弱者が「2次避難」できる福祉避難所の設置を勧めていました。しかし、ほとんどの地域では行われていませんでした。

能登半島地震が起きたとき、輪島市にも福祉避難所のシステムはありませんでした。しかし、国からの要望もあって災害直後に構築が始まります。

リーダーとなったのは、当時、市の高齢者支援を担当していた河崎国幸さんです。数日で制度のプロトタイプをつくり、既存の高齢者施設と交渉して福祉避難所としたようです。当時用意された避難所は高齢者中心でしたが、その後改善を重ね、今では乳幼児や妊産婦、障がい者などの福祉避難所も確保されています。

*1=特別養護老人ホームやショートステイなどの社会福祉施設に入所するに至らない程度の者が利用する避難所を指す。一般的に、社会福祉施設へ入所する程度の方々(例:要介護認定者など)については、災害時の緊急措置として、当該施設への定員超過での利用が認められている。

継続的なシステムの中核を担った「連絡員」の存在

──先ほどおっしゃった「震災時から継続可能なシステムを想定していた」というのは、どういったことでしょうか。

稲垣:福祉避難所として指定するためには、平時の間に施設と受け入れ可否について交渉しておかなければなりません。しかし、施設は協力に二の足を踏むことになりがちなところがほとんどです。なぜなら災害時は施設からの物資やお金の持ち出しが曖昧になったり、いろいろな人を受け入れざるを得なくなり、施設の負担が増大したりするためです。

そこで河崎さんは、その対応として立ち上げ時から2つのことに力を入れました。「連絡員の設置」と「様式・マニュアルの作成」です。

──それはどういったものでしょうか。

稲垣:まず「連絡員の設置」ですが、福祉避難所が大変なのは、1次避難所からの受け渡しや、福祉避難所の設置・運営に関する経費の管理および指導、施設の介助員(プレイヤー)との連絡というマネジメントです。それを施設に丸投げせず、連絡員という専門のコーディネーターを設置し、市の職員がこのポジションを務めるようにしました。これで施設の負担を減らし、物資やお金のやりとりについても透明性を担保します。

ただし、連絡員の仕事が難しすぎるとうまくいきません。「なるべく誰でも連絡員をできる」のが理想です。そこで、「様式・マニュアルの作成」が行われました。災害時の物資調達や避難者に対する健康相談票、経過記録表などが用意され、連絡員はそれさえ見ればルーティン作業でまかなえる形にしたんです。

──なるべく誰でも行えるようにすることで、継続性を上げたんですね。

稲垣:さらに大きいのは、福祉避難所のシステムについて、毎年必ず訓練をしていることです。高齢者など実際の避難対象となる人に参加してもらって、マニュアル・様式通りに連絡員や避難所、介助員が実践。そこで改善点が見つかるとマニュアル・様式を修正します。訓練という形で平時から各機関や住民が話し合う環境を作り、認識を深めているのがポイントです。

地域の民生委員がつくり始めた「要援護者マップ」とは

──この他にも、輪島市で行われている取り組みはありますか。

稲垣:いくつかありますが、有名なのは「要援護者マップ」の作成です。

要援護者マップとは、要介護認定者の人や障がい者の方など、災害で援護が必要になる人の所在や病状等を地図上に落として一覧化したものです。ここで重要なのは、マップを作り始めたのが役所ではなく現地の民生委員や区長(平成8年の作成開始当時)だったということです。彼らがあくまで日常的な付き合いから知り得る範囲の情報や、各世帯の状況をマップに落とし込んでいったのです。つまり、要援護者マップを作り始める上でのキーパーソンは民生委員や区長になります。なお、現在では民生委員がこのマップを更新しています。

──そういった情報は、市や役所が統括して把握したほうがいいと思ってしまいますが・・・。

稲垣:輪島市は広域にわたり、しかも山間部で移動にも労を要します。その中で市の担当者が管理・統合できる情報には限界があるんですね。逆に、民生委員が個で把握する方が情報量としては多くなります。民生委員は自身も地域に暮らしていて、しかも公務員に準じる扱いを受ける特別職という異色の存在。個人的な付き合いもできるし、個人情報を扱う権利もあります。

要援護者マップも、民生委員と社会福祉協議会のみしか把握していません。市当局とは共有していないんです。住民寄りの民生委員が主体となったことが、システムの継続を生んでいます。

市民を“見守る”ため、市と業者が連携したサービス

──行政が垂直的に行うのではなく、まさに地域のさまざまな人が連携しているわけですね。

稲垣:その意味でもう1つ紹介したいのが、輪島市の「地域貢献みまもり事業」です。先ほど出てきた民生委員も、市全域の要介護者やその“予備軍”となる人たちを毎日見に行ったり、情報を入れたりすることはできません。

そこで輪島市は、日常的に住民と接触機会をもつ民間業者に“みまもり”の協力を依頼します。郵便局や電力会社、ガス会社、新聞配達、ヤクルトのような宅配サービス業者などですね。こちらも福祉避難所に尽力した河崎さんがキーパーソンとなって構築されました。

──どういった協力をしてもらうのでしょうか。

稲垣:これらの民間業者は、住民への配達や集金を日々行いますよね。その中で民家を訪ねた際、もしも「異変」に気づいた場合は、すぐ市の健康推進課に連絡してもらうようにしたのです。

──最近は、市が行ってきたサービスを民間業者に委託するケースも増えていますが、その一例といえるのでしょうか。

稲垣:そういったケースでは、市が業者に“丸投げ”して、サービスを市から切り離すことがほとんどです。一方、輪島市が異なるのは、あくまで市と業者が連携したことです。業者の方は、その家の中をわざわざ確認する必要はなく、「なんとなくおかしいぞ」と通常と違う雰囲気を感じ取った時点で、市に電話連絡するようにしてもらっているということです。ですから、「たまたま家にいなかっただけ」などの、いわゆる「空振り」の連絡であっても全然構わないわけです。

もしその場で過度に踏み込むと、仮に住人が亡くなっていれば現場検証などで業者が拘束されてしまいます。すると本来の業務に支障が出るので、協力してくれる民間業者から敬遠されることにつながり、このシステムは成り立ちません。非常に稀な発生率なら別ですが、高齢者の多い地域では決して少なくないのです。

キーパーソンたちが、既存の機関と水平的なネットワークを築いたこと。さらに、マニュアルを作ったり、それぞれの負担を最小限にしたりすることで、継続性をもたらしたこと。輪島市の事例には、そういった要素が見られます。

次回からも、さまざまな地域が取り組んでいる新たな地域自治の形をお伝えできればと思います。

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