“鶏むね肉”を積極的に食べれば、体づくりはバッチリ──。そんなイメージを抱き、実際にそうした食生活を送っている人は、少なくないのではないだろうか。しかし、あまりに偏った食事を摂ることは問題なのではないかと警鐘を鳴らすのが、小林唯・人間開発学部健康体育学科准教授だ。
一見意識的な食事が、むしろ健康を害してしまいかねない。そんな時代に生きる私たちにとって、スポーツ栄養学の知見がもたらしてくれるものは、きっと大きい。小林准教授の歩みを語ってもらったインタビューの前編を踏まえ、この後編では、誰にとっても身近な食事の世界に、より深くフォーカスしてみたい。
このインタビューをご覧いただいている方々のなかにも、食事の中心を鶏むね肉にしている、という方がいらっしゃるかもしれません。スポーツに取り組んでいたり、ダイエット中であったりするなかで、高たんぱく質、ローファットな食材である鶏むね肉を積極的に摂取して、他の脂質を極力避けているという方は多いのではないでしょうか。動画メディアを含めたSNSなどでも、そうした食事を肯定的に扱う情報を見聞きしたこともあるかと思います。
しかし、その食事を習慣化することはちょっと危ういのではないかと、スポーツ栄養学の専門家としては考えます。というより、スポーツ栄養をめぐる知見が、半ば誤って活用されているのではないかとさえ感じている次第なんです。
スポーツ栄養学といえば、高たんぱく質・ローファットな食事を摂り、トレーニングを重ねていくための学門……もしかしたら、そんなイメージが流布しているかもしれません。しかし、栄養学というものは「健康」であることがすべてのベースにあるんです。学生たちに向けた授業でも、この点は口を酸っぱくして伝えています。スポーツ栄養学においても、健康を度外視しては、パフォーマンスは上がらないというのは常識です。
鶏むね肉を積極的に食べる人は、脂質を毛嫌いしているわけですが、しかし最低でも、摂取するエネルギー量全体の20%は脂質を確保しなければなりません。仮に体脂肪を落としたいという場合でも、脂質を適量摂取しないと、たとえば脂溶性のビタミンの吸収が極端に落ちてしまうなどして、体が健康的な状態にならない。脂質にはさまざまに大事な役割があり、そこを極端に制限してしまうと、かえって代謝が落ちてしまい、脂質を摂取しないことでむしろトレーニング効果が得られない、ということさえ起こりえます。
決して、鶏むね肉を摂るなといっているわけではないんです。食べる食品を限定しすぎてしまうと、摂取できる栄養素に偏りが生じます。そこが、一番危惧されるところです。スポーツ栄養学においてもさまざまな食事の方法はあり、たとえば持久的な試合前には糖質に偏った食事を摂る、ということはあります。しかし、普段から偏った食事をし続けることで、健康を損なってしまっては、元も子もありません。だからこそ、鶏むね肉ばかり食べているような人には、脂質が少なくなりすぎないように注意してもらいたいです。時には、他のタンパク源をとるようにし、良質な油をティースプーン1杯分でもいいから摂取してほしい、そのほうが身体組成がよくなるから、とアドバイスするんです。
世に溢れる情報を見ていると、どうしてもインパクトのある食事方法が目に留まりがちで、そうした食事を日常的に続けてしまう人が後を絶ちません。しかし、スポーツ栄養学の見地においては、そうしたインパクトのある食事はここぞというときに機会が限定されています。
脂質は悪ではありません。体をつくるうえでとても大事な要素です。何よりも食事は健康のために摂るもの。何か工夫をするときでも、何のためにするのかという、正確なスポーツ栄養学の知識が必要です。専門家としてはできるだけわかりやすく、そうした専門的な知識を伝えることができれば、と思っています。
と同時に、そのアドバイスは、強制的ではないように気をつけています。選手ときちんとコミュニケーションをとることが大事ですし、そのうえでいくつかの選択肢を提示する、ということに私は重きを置いているんです。
コミュニケーションのなかですこしずつ距離を縮めながら、選手自らが目指す目標に向かって、スモールステップを設定していく。やがて選手本人が納得できるような体づくりができた、その晴れやかな姿をみることができるのは、私にとってひとつのモチベーションになっています。
近年、改めて関心を抱いているのは、ユース世代の選手たちへの栄養指導です。インタビュー前編で、国内のプロバスケットボールリーグ・Bリーグのチームであるアルバルク東京の栄養アドバイザーを務めていること、トップチームの選手だけでなくユースの選手たちにもかかわっていることについて触れました。
成長期のアスリートに、どのようにアプローチしていったらいいのか。どうすればより効果的に、成長期を支えることができるのか。継続的にユース世代に携わるようになるなかで、日々模索を続けています。
トップチームの選手は「仕事」ですから、食事にも強い関心を抱いています。しかし、私たちが十代のときのことを思い出していただきたいのですが、必ずしも食事に対する興味を強く抱いているとは限りません。お腹が減ったら何かを食べる、くらいの意識であることも珍しくありませんし、実際にスポーツ栄養学のレクチャーをしても、すこし経ったら忘れてしまっていて、もう一度ゼロからアドバイスするということもあります(笑)。
けれども、きちんと食事を摂らないと、たとえば疲労骨折のリスクが高まってしまったり、成長期のなかでしっかり体をつくることができなかったりする。大事な時期だからこそ、じっくりと並走していきたいと感じています。
自分で知識をもち、自分で選択して、能力を伸ばしていくことができる。そんなユース選手を育成できるよう、長い目でアプローチしていく。そんな新しい取り組みに、いま向き合っているところです。
小林 唯
研究分野
栄養学、スポーツ栄養学
論文
Influence of AMY1 gene copy number on salivary amylase activity changes induced by exercise in young adults(2024/10/25)
「ホルター心電計を用いた活動代謝量および睡眠の自動算出に関する研究」(2004/03/01)