日本の文化やほこりの根幹にある、普遍的な存在。

2018年6月4日更新

諏訪大社 奉職(勤務)[取材時]  遠山 赳さん

私の実家は神社ではありません。私が神職を目指したのは、自分が生まれ育った長野県の南信濃地区に伝わる「霜月祭り(しもつきまつり)」を守るためです。霜月祭りは釜に沸かした湯を神々に捧げて魂の再生を祈る素朴な祭りですが、近年は過疎化により継承者の育成が滞りつつありました。私は、愛着ある祭りを絶やしたくない一心で自ら神道文化学科への入学を決意。その経緯があっただけに、茂木栄先生の「日本宗教文化論」で霜月祭りが「民俗学的に貴重な祭祀」と紹介されたときの感激はひとしおでした。また、全国の祭りを映像を通して考察するこの授業は、私の転換点となっています。自分にとっての霜月祭りと同じく、日本のいたるところに存在する地域の文化や住民の心の拠り所となる祭りの在り方を知ることで、以降の私は祭りという存在を広い視点で捉えられるようになりました。
神職は、地域の核を守り継ぐ存在です。現在奉職(勤務)している諏訪大社では、「御柱祭(おんばしらさい)」と称され、巨木の切り出しで知られる「式年造営御柱大祭(しきねんぞうえいみはしらたいさい)」をはじめ多くの神事が行われます。7年に1度の御柱祭は、ふるさとの誇り。平成28年の御柱祭では伐採や曳き出し出発のお祓いから警備まで、さまざまなことを任せていただきました。20万人の氏子と神職がこの規模で一つになって祭りをつくり上げる神社は他にないと自負しています。「地元の近くで経験を積みたい」と諏訪大社に奉職しましたが、学ぶことは尽きません。地域の核として尊敬される神職になれるよう日々研鑽を重ねています。

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