教授

宮内 靖彦

ミヤウチ ヤスヒコ

専門分野
国際法、国際組織法、安全保障
本学就任
1993年04月01日
担当教科
国際法の基礎、国際紛争処理法、国際人権・人道法、演習(4)、国際法研究(講義)

著書・論文紹介

2001年に採択された「国家責任条文」で規定された「対抗措置」の概念が現実の国際社会でどのような現実的な機能を求められているのかを、国際司法裁判所の武力行使の合法性が問題となった判例に照らして考察し、国連の努力にもかかわらず、現実の国際社会では、武力行使を伴う対抗措置が必ずしも全く禁止されているとは考えられていないこと、および、そのことを前提にした方が実効的な国際法の解釈適用となることを主張している。

21世紀に入り、非国家的行為体の暴力行為が国家の安全保障をも脅かすに至る状況が頻発するのに対し、国家実行上は非国家的行為体の暴力行為に対する自衛権の行使を認めるべきことが主張されるようになってきたが、国際司法裁判所は最近の武力行使関係の3件の判例・勧告的意見においても、ニカラグア判決で示した武力行使の分類と自衛権の発動条件を維持し続けてきている。それは、裁判所の現実不適応を意味せず、これら非国家的行為体が実はいずれかの国家の統治・支配下で活動しているのであり、その所在国の実効的支配が問題とされていること、従って、非国家的行為体とその所在国に対する武力行使の正当化は、非国家的行為体に対する自衛権としてではなく、「均衡する対抗措置」としての武力行使と解する方が、現状を適切に説明できることを主張する。

2001年の同時多発テロ事件以後、続発する破壊的テロ事件や武装集団によるゲリラ攻撃の被害が無視できない事態となってきた状況を受けて、国家実行上は、テロ集団や武装集団等の非国家的行為体の暴力行為に対する自衛権の行使を認めるべきことが主張されるようになってきた。しかし、国際司法裁判所はニカラグア事件判決以来の武力行使の分類と自衛権の発動条件を維持し続け、そのような主張を認めてこなかったため、裁判所のそのような判断の意味が問題となる。しかし、これは裁判所が現実に対応できないのではなく、これら非国家的行為体が実はいずれかの国家の統治・支配下で活動しているのであり、その活動の拠点とする領域国の実効的支配の問題が無視できない問題であることを明らかにした。

一国が、外国の軍事力によって、その領土保全を犯された場合にとりうる国際法上の対応と、かかる国際法上の対応をとる際に、特に日本が国内法に基づいていかなる措置をとりうるかを検討。一言で「武力行使」といっても、もはや国家間の正規軍同士の衝突のみでなく、より低強度の実力行使への対応も求められる現代において、日本は、領土侵犯に対処する際にも、現行の「武器の使用」による定型的対応のみでなく、「『武力攻撃』に至らざる実力行使」による侵犯に柔軟に対応しうる国内法の整備が必要であることを指摘する。

2001年9月11日の米国同時多発テロ事件に対する米国の武力行使の適法性や意義は様々に議論されているが、これまでの国連決議や国際司法裁判所の判決をふまえて、問題のテロ行為が「武力行使」か「武力攻撃」かという性質規定が重要な問題となる。同事件の航空機突入行為は、重大性の点で「武力攻撃」にも比すべき国際テロ行為の出現と、かかるテロ攻撃の破綻国家による国際社会への拡散・放置という状況が国際安全保障に正面から課題を突きつけていることを認識した上で、国際法・国内法の解釈または整備を進めるべきである。

1998年のアフガン・スーダン爆撃を素材として、国際テロ行為に対する報復爆撃が現代の政治的軍事的環境を反映して、テロという個人の実力行使に対する国家のリアクションの一環であり、既存の国連憲章所定の武力行使の規制のための従来の枠組み・解釈では十分に扱いきれないこと、そこに国際法の欠缺があるのであり、報復爆撃は「自衛」の衣を被りつつも「武力による対抗措置」としての実質を備え、国際社会による国際法の強制のための法制度の整備を促していることを論証しようとしたもの。

国連で審議された諸事件を、武力攻撃、武力攻撃に至らない武力行使、武力行使に至らない措置の枠組の中で検討し分類整理する。

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教授からのメッセージ

この世を去る時、「我が一生に一片の悔いなし」と言えるように。

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