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アラブの大富豪はいつまでその生活を続けられるのか

産油国経済のしくみと実情(第2回)

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経済学部教授 細井長

2015年12月24日更新

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アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開幕したドバイ航空ショーで、エアバスの新型機A350の展示飛行を見る人たち(2015年11月8日撮影)。© AFP/MARWAN NAAMANI〔AFPBB News〕

日本は石油のほぼすべてを海外から輸入している。そのうち、中東からの輸入の割合は8割以上に達する(「化石エネルギーの動向」資源エネルギー庁)。

それだけ私たちの生活は中東の石油に依存しているのに、私たちは石油産出国のことをどれだけ理解しているだろうか。

例えば、石油産出国はどのような政治・経済システムで成り立っているのか。またアラブには「石油王」と呼ばれる大富豪がいるというが、どれくらい大金持ちなのか。そして、「石油王」に供給され続けている莫大なオイルマネーは未来永劫続くのか。

国家が持つ天然資源を国王が管理し、国民に利益を分配するシステムを持つ国を「レンティア国家」という。中東の石油産出国は典型的なレンティア国家である。

レンティア国家は、石油需要が低下していく世界の到来に危機感を抱いている。国学院大学経済学部の細井長(ほそい・たける)教授は「レンティア国家がどうやって生き延びてくのかは、日本の経済を考えていくうえでも極めて重要」だという。それによって日本政府の石油政策や日本企業のビジネスが大きく左右されてくるからだ。

細井氏に、知られざるレンティア国家の仕組みと国民の暮らし、そしてレンティア国家の今後について教えてもらった。
制作・JBpress

(第1回はこちら「実は持ちつ持たれつ、サウジとアメリカの微妙な関係」

病院も教育もすべて無償

ーレンティア国家の基本的な経済システムについて教えてください。

細井長氏(以下、敬称略):普通の国は政府が国民から税金を徴収します。その税金を使っていろいろな経済活動を回していく。一方、レンティア国家では石油収入を政府が、つまり王族が得て国民に分配していきます。

ーどのように分配するのですか。

細井:まず、福祉です。国民は医療を無償で受けられます。自分の国では治らない病気を外国に行って治してもらう場合も、付添いの人の旅費も含めて全部国が出してくれます。教育も無償です。学校、大学まで全部授業料はただ。留学費用も国が出してくれます。

また、電気代や水道料金などの公共料金がものすごく安い。ガソリン代はサウジアラビアだとリッター20円くらいですね。

ー至れり尽くせりなんですね。

細井:さらに、分配方法の1つとして、国民を公務員として雇うんです。給料がいいから、国民はみんな公務員になりたがります。

ーそんなに給料がいいのですか。

細井:例えば、UAE(アラブ首長国連邦)で、連邦政府のトップ層では初任給が月給200万円を超える人もいます。そこまででなくとも、日本人よりは相当多いことは確かです。

朝7~8時から働いて、午後3時ぐらいで仕事は終わり。ちゃんと秘書がいて、夏には1カ月ぐらいのバカンスを取ります。月給が200万円レベルだと高級車に乗るのは当たり前で、ボートやヨットを所有するレベルになってくる。

UAEでは土地を所有することができませんが、家を建てるときには国から無償で土地を貸してもらえます。自己負担するのは建物代だけです。だから豪邸のような家に住んでいます。しかも結婚すると、家を建てるための補助金が出るんです。住宅ローンもほぼゼロ金利で借りられます。

恩恵を受けられる「国民」は一部だけ

ーうらやましい限りですね。

細井:ただし、そういう国では選挙がありません。レンティア国家では王様の権力は絶対です。金をやるから、政治に文句を言うな、口を出すなということです。

profile
細井長(ほそい・たける)氏。國學院大學経済学部教授。2004年立命館大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。主著に『中東の経済開発戦略』、『アラブ首長国連邦(UAE)を知るための60章』。

ー民主主義はないということですね。

細井:また、全員が石油の恩恵を受けられるわけではないんです。すごくいい暮らしをしているのは、国籍を持っている「自国民」だけ。自国民と外国人では水道料金も電気料金も値段が違うんですよ。自国民しか恩恵を受けられない。

ー自国民の割合はどれくらいですか。

細井:例えばUAEだと自国民は1割ほどしかいません。あとは外国人、つまり移民です。

ーなぜそんなに外国人が多いのですか。

細井:1970年代に湾岸諸国は急激に豊かになって経済活動が活発になりました。そのとき自国民だけではやっていけないので、労働資源として移民をどんどん受け入れたんです。そうした外国人労働者のおかげで湾岸諸国は発展していったという背景があります。

国民にお金を分配できないとデモ、反乱が起きる

細井:レンティア国家が抱える問題はそれだけではりません。昔は産油国が石油価格をコントロールできましたが、今はそれができにくくなっています。

国を支配している王族としては、できるだけ石油収入を増やして「支配の正当性」の源を確保したい。なので、いかに石油収入を得るかというのは死活問題なわけです。

石油価格が低下すると、国民への分け前の原資が減ってくる。国民に対して高福祉を提供できなくなる。さあ、困ったということになります。

ーどのように解決するのですか。

細井:サウジやクウェートなどは石油収入を全部国民に分け与えるのではなく、一部を政府が運用しています。運用して、石油価格が下がったときにそれを取り崩すようにしている。

ここ1~2年で石油価格が下がっているので、実際に取り崩す状況になっています。現在、所有している日本株の売却が始まっていて、日本の株式市場に与える影響も小さくはありません。

また、UAEは最近ガソリンの値段を上げました。リッターで今70円ぐらい。その前が40円ぐらいでしたから結構上がっています。自国民にとっては大した額ではないけど、かつかつの生活をしている外国人にとってはものすごく痛いですよね。

ーもっとお金がなくなってしまうとどうなりますか。

細井:デモ、反乱が起きるでしょうね。例えば2011~2012年にアフリカ・中東諸国で「アラブの春」と言われる一連の反政府活動が起きました。

バーレーンで大規模なデモが起きたとき、隣国のサウジは軍を派遣して沈静化を図っています。何としてもサウジ国内に伝播することを避けたかったということでしょう。

分配の仕組みを維持するための2つの方向性

ー政府が石油収入を得て国民に分配していくという仕組みはいつまで続けられるのでしょうか。

細井:その仕組みをどう維持していくのかは、産油国が共通して抱える大きな課題です。方向性としては2つあります。1つは従来の形のままレンティア国家を何とかして維持していこうという方向。代表的なのがサウジやクウェートです。これまでと変わらない形で石油収入を得て、それを分配する。

ーもう1つの方向性は?

細井:石油だけに頼らない新しい分配の仕組みをつくっていこうという方向です。ドバイやカタールなどがこれに当たります。

ドバイは、もともと貿易拠点として発展した国なので、海運業や物流業などが盛んです。また、外国企業を優遇措置で誘致して、中東ビジネスの拠点として集積する政策をとっています。

「フリーゾーン」と呼ばれる経済特区で、土地やオフィスビルなどを外国企業に貸して賃料を取るんです。元々ドバイは石油収入が少なかったのでこうした路線を取らざるを得なかったという側面もあります。

本当はサウジも2つ目の方向に行きたいんでしょう。けれども人口が多くて国が大きいので小回りが利かないんですよ。また、メッカとメディナがあるイスラム教の聖地ということもあって、イスラム教の戒律が非常に厳しいんです。お酒も飲めません。外国人の駐在環境としては厳しく、多くの企業が進出に二の足を踏んでいる状況があります。

ーレンティア国家の仕組みと課題がよく分かりました。どうもありがとうございました。

 

 
 

 
 

 

 

 

細井 長

研究分野

国際経済学、中東地域経済

論文

カタール危機の経済的影響-貿易面から見た経済制裁の成否-(2023/09/30)

湾岸諸国における産業政策としての政府系企業育成(2020/03/25)

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